
──日本をアップデートするのは、企業の中から生まれる新規事業だ。 近年、伝統的な日本企業の中から事業が続々と生まれ、自社のアセットを最大限に活用し、一気に社会実装を進める。そんなダイナミックな変革が起きつつある。 新規事業と社内起業家(イントラプレナー)を表彰する「日本新規事業大賞」が、2026年に第3回を迎えた。本連載では、最終審査のピッチの模様を集中連載で届ける。 今回紹介するのは、アサヒグループジャパン株式会社・畠徳望博氏のプレゼン。ビールでおなじみのアサヒが、なぜ非動物性ミルクを開発したのか。酵母技術という自社アセットを最大限に活かした「LIKE MILK」の誕生秘話と、フードダイバーシティへの思いをお届けする。
世界初、非動物性の酵母ミルク
LIKE MILK(ライクミルク)は、アサヒグループジャパンが開発した「酵母ミルク」だ。牛乳・乳飲料ではなく、世界初(※1) の「酵母でできた新しい非動物性ミルク」と定義している。
※1 主原料が酵母のミルク製品(液体)として、先行技術調査およびMintel社データベース(GNPD)を用いた自社調べ(2025年9月)
「LIKE MILKは牛乳のような動物性ミルクではなければ、豆乳、アーモンドミルクなどの植物性ミルクでもありません。ビールやパンなどの発酵を促す酵母を主原料とする、ミルクのようなテクスチャーのドリンクです」
お腹ゴロゴロの原因となる乳糖をはじめ、アレルギーの原因となる原材料もない。一方、栄養面では高い機能性を見せる。
「たんぱく質、カルシウムは牛乳(※2)と同程度。さらに牛乳にはない食物繊維、亜鉛なども豊富に含んでいます。さらにコレステロールゼロで、脂質も控えめ。味わいはクセがなく、ゴクゴクと飲めます。料理やスイーツ、カフェラテなど幅広い活用ができます」
※2 普通牛乳(日本食品標準成分表(八訂)増補2023年より)
製造工程は、糖の発酵過程で増殖した酵母をパウダー状に加工し、その他の原料と混合して仕上げる。シリアルやプロテインへの活用、料理・製菓など、牛乳と同様の使い方ができる点も特徴といえる。

開発のきっかけは、アレルギーに悩む子どもたち
ビールでおなじみのアサヒが、なぜ非動物性ミルクを開発したのか。畠氏はこう語る。
「きっかけは『こどもアレルギー学会』というイベントで、9歳の女の子と出会ったことでした。乳アレルギーを持つその子は、アレルギー物質を少しずつ摂取して耐性をつけていく『食物経口負荷試験』のため、毎月、自宅のある山口から大阪の病院まで片道3時間かけて通っていました」
努力の末、女の子は5mℓの牛乳を飲めるようになった。わずかな量ではあるが、それでも食生活が大きく変わることを、畠氏は知った。
「5mlの牛乳を飲めるようになると、クッキーやケーキなど、いろいろなお菓子を食べることができるようになります。その子ははじめてお菓子を食べて、本当に美味しかったと話していて……感動して涙が止まらなくなりました。
食品メーカーとして、アレルギーの課題に貢献したい、そう強く思いました」
牛乳は、食物アレルギーの原因物質の第3位。飲み物としてだけでなく、さまざまな料理やお菓子に使われている。乳アレルギーがあると食事に大きな制限がかかり、発育に必要なカルシウムなどの栄養素も摂りづらくなってしまう。同様の悩みを持つ人々へのヒアリングを重ねた畠氏は、次のビジョンを打ち立てた。
「体質、嗜好、思想を問わず、誰もが同じ食卓を囲み、自由に食を楽しめるフードダイバーシティを実現したい」

アサヒグループ独自の研究力と、現場のニーズがつながった
課題はある、ビジョンもある。しかし、解決は難しい。手法を模索し続けていた畠氏はある日、同社グループが長年研究を続けてきた「酵母の技術」と「粉ミルクの技術」の知見をもつメンバーの存在を知り、共同で商品開発することに。
その結果、世界初(※1)となる「酵母ミルク」が誕生した。
「LIKE MILKは、主に酵母の細胞壁の部分からできています。これは水に溶かすと沈殿してしまうため、ミルクのようなテクスチャーにすることが極めて困難です。
社内の研究とつながったことは、偶然です。ゼロから開発しようとすると、長い時間がかかっていただろうと思います」
この技術は現在特許申請中。同社の技術力が際立つ新規事業となった。
「はじめてのフルーチェ、おいしい!」ユーザーの声から得た手応え
世界初(※1)の商品とあり、リリース直後から多くのメディアで取り上げられた。畠氏が本当に手応えを得たのは、本事業のきっかけとなった「こどもアレルギー学会」に再び足を運び、アレルギーを持つ子どもたちに「LIKE MILK」を飲んでもらった、その時の反応だった。

「みんな、めっちゃ喜んでくれたんですよ。
その時、LIKE MILKと一緒にハウスさんの『フルーチェ』を持参しました。フルーチェは、カルシウムが多くないと固まらないため、豆乳やアーモンドミルクなどでは難しかったんです。
そのため、乳アレルギーを持つ子は、フルーチェを食べたことがない。
イベントの会場で、LIKE MILKでつくって食べてもらいました。するとみんな楽しそうに『面白い!固まる!』『おいしい!』って。
それを見てまた泣いてしまって……私、会社員24年目になりますが、本当にアサヒで新規事業をやってよかったです」
プリンやアイスクリーム、料理ならグラタンやポタージュなど、LIKE MILKで実現できるメニューの先には、多くの子どもたちの笑顔が見える。
目標の700%を達成
市場の反応も想像以上だった。まずはクラウドファンディングで販売したところ、目標の700%を記録。
小売店で約4カ月にわたる販売検証したところ、類似商品としての位置づけの植物性カテゴリーの200ml容量のおいて、売上1位という結果を、即叩き出した。2026年の5月からは販路を拡大していく。
「将来的には、LIKE MILKのBtoBでの展開も目指しています。また、ドリンクだけでなく他の食材の開発にもチャレンジして、社会全体にもっともっと笑顔を広げていけたらと思っています」
審査員との質疑応答
Q:販売価格をお教えください。
A: 1本(200ml)、170円から180円ぐらいかなと。まだ小ロットとあり、どうしても原価が高い状態です。生産量を増やすことで販売価格を下げつつ、製造・流通の各プレーヤーも収益が得られる状態を目指しています。
Q:「ミルク」という言葉の定義についてお教えください。
A:オーツミルクもアーモンドミルクもライスミルクも、「乳っぽいテクスチャー」はミルクと表現できます。ここには私の思いもあります。何か新しい飲み物としてではなく「ミルクとして使ってほしい」のです。グラタン、シチュー、プリンなど、牛乳でなければできなかったところに、ぜひLIKE MILKを使ってほしい。それによって食事の楽しみが広がってほしいと考えています。
酵母の活用を通して、体質、嗜好、思想を問わず、全ての人がおいしさを共感できる「フードダイバーシティ」の実現を目指しています。
photographs by Kohta Nunokawa
