
2025年9月、ベネッセコーポレーションが提供する学校向け学習ソフト「ミライシード」上で、「企業コラボコンテンツ」の配信がスタートした。 仕掛けたのは、同社の社内提案制度に挑んだ、岡部優さんと安藤さゆりさんを中心とするチーム。「企業と学校をつなぐ」をコンセプトとした新サービスは、なんと事業化決定の前に「売れてしまった」という逸話を持つ。 教育ビジネスの巨人であるベネッセから生まれた新規事業の誕生ストーリーを追う。

岡部優
株式会社ベネッセコーポレーション 学校カンパニー 小中学校事業本部 教育DX推進課 課長

安藤さゆり
株式会社ベネッセコーポレーション 東京本部 新宿オフィス 小中学校営業部 マーケティング・新規事業開発課 課長

大久保敬太(インタビュアー)
Ambitions編集長
ミライシード 企業・団体コラボコンテンツ
全国の公立小中学校の3校に1校(※)を超える10,200校以上で導入されているICT学習ソフトミライシードを通じて、企業と学校をつなぐビジネス。企業の取り組みを題材とした教材コンテンツを開発し、ミライシード上で配信する。
学校側は、タブレット上での無償利用が可能。教科書に学びを閉じず、教科学習の中で実社会に開かれた学びを実践できる。学習指導要領に紐づけた内容になっているため、日常の授業の中で取り入れられ、授業準備の負荷軽減にもなる。
企業側は、サステナブルな取り組みや社会課題解決に向けた活動・商品を、小中学校、そしてその先の保護者に向けて発信・PRできる。また自治体・教育委員会を巻き込んだイベント実施もでき、メディア露出も可能。
※2025年3月時点
学校現場の課題と、企業をつなげる
──新規事業「ミライシード 企業・団体コラボコンテンツ」は、社内提案制度「B-STAGE」から誕生したと伺いました。まずは事業の背景をお教えください。
岡部:私は現在、小中学校向けのサービスを販売する部門におり、教育委員会や学校に対するカスタマーサクセスの活動を行っています。
学校現場を見ていて感じていたのは、学校というのは「小さな社会」であり、先生も児童生徒もその中で生活しているということ。教科書で学ぶべき内容はたくさんあるのですが、世の中で起きている社会課題がなかなか自分ごと化されにくいという課題があります。
教科書に閉じず、社会に開かれた学びを実践したい。そのニーズは確かにあるのですが、現場の先生からすると、企業とのつながりはなく、目の前の校務で精一杯の状況です。

岡部:ベネッセが提供している「ミライシード」は小中学校の3校に1校以上に提供しており、業界でも高いシェアを誇る商品です。
この小中学校の生徒との接点を使えば、学校と社会をつなぐことができます。
企業にとっても、自分たちの活動を子どもたちに知ってほしいというニーズがあることは知っていました。双方をうまくマッチングしていくことは、社会的に考えても意義が大きいと思ったんです。
──教科書外の学びと、企業のPR支援がつながるのですね。
岡部:はい。ちょうど新規事業の社内提案制度(※)がスタートしたので応募してみたところ、書類審査が通っちゃって。慌てて同僚の安藤さんを誘ったんです。
※社内提案制度「B-STAGE」。書類審査通過後は一定期間検証を重ね、プレゼンテーションの二次審査、最終審査へ進む。AlphaDriveが制度・メンタリングを支援。
※2024年度まで。

安藤:アイデアマンですよね、岡部さんは。
私は、年次は岡部さんより上ですが、今の部門では後輩になります。入社してからは15年近く進研ゼミなどのBtoCマーケティングをやってきました。
──あの、漫画の。
安藤:ですです、あれをやっていました。
その後、学校現場という事業の本流に迫ってみたいと思い、3年前に今の部門への異動希望を出しました。
マーケティングの理論が通用しない世界で、自治体ごと、学校ごとに提案する業務は新鮮でした。しかしその中で、ビジネスが硬直化していると感じていたんですね。
毎年、自治体に対しフィールドセールスを中心としたハイタッチでの営業活動を行っていました。売上も商品も安定しているのですが、既存商品以外の新しいビジネスチャンスは本当にないのか、考えるようになったんです。
岡部さんの事業案を聞いて、面白そうだな、と。新しいビジネスモデルにチャレンジしたいし、(新規事業を)ガチでやるんだったら、今しかない。すごくいい機会だと思いました。

岡部:事業コンセプトは「企業と学校をつなぐ」。さらに徳田と風岡というメンバーを加えた4名チームで、企業を巡ってPoC(概念実証)をスタートしました。

検証中に「売れちゃった」、驚きのニーズ
──社内提案制度では、検証期間の後に最終審査があり、それをクリアした案が事業化に進みます。しかし「ミライシード 企業・団体コラボコンテンツ」では、まだ検証期間中に「受注」したと伺いました。
そんなこと、あるのですね。
安藤:そう(笑)、売れちゃったんですよ。
岡部:それも一社じゃなく、三社くらい売れたんですよね。

──「売れる=サービス提供の契約」ですので、会社としてやらざるを得ないことになりますよね。大丈夫なのでしょうか?
岡部:もちろん上司に相談しましたよ。「本当に売れちゃいそうなんですけど、売っちゃっていいですか?」って。
その時、部署として腹を括ろう、という話になりました。たとえ審査結果がダメでも、部署としてやろう。そう応援してくれたんです。
──どのようなところが刺さったとお考えですか?
岡部:「企業と学校をつなぐ」という基本コンセプトに共感いただけたことが大きかったです。
多くの企業は、自社のイメージの向上に取り組みたいと思っています。特に最初の数社は、教育現場で信頼を得ているベネッセと新しい取り組みを一緒にやりたいと思っていただいているのだと感じました。

数値で示すことで、PR予算が動き出す
安藤:最初に売れたとはいえ、マネタイズは苦戦しました。
サービスの売り先は、エンタープライズ企業のCSR・サステナビリティの部門、または広報部門です。自社の社会的な活動を知ってもらうPR文脈です。企業のPR部門は、「効果」に納得できなければ、なかなか予算を確保できないのです。

岡部:事業の説明に行くと、コンセプト自体を否定されることはほとんどないんですよ。しかし、社内で決裁を得るには、費用対効果がどの程度見込めるのかという「説得材料」が求められます。
──その壁を、どのようにクリアされたのでしょうか?
安藤:仮説だけでは進まないので、実際に測定しました。興味を持ってくださった企業さんの教育コンテンツを試験的につくり、ミライシードで配信。そして、価格に対して、実際にどの程度の活用数があったのか、継続して数字にしました。Web広告のCPAと同じです。
──安藤さんが長く在籍されていた、マーケティングの世界ですね。
安藤:そうです、マーケティングと同じロジックで説得できるんです。
PoC期間は何十社も企業を回ったのですが、数字を示すと反応が変わります。それまではこの事業に予算化する企業は少ないという意見が多かったのですが、まるでオセロがひっくり返っていくみたいで……新規開拓していく瞬間は本当にやりがいを感じましたね。

最終審査で指摘された、構造的な問題
──検証を重ね、2024年の冬に行われた社内の最終審査で、見事「優秀賞」を獲得。2025年の事業化につながりました。

岡部:「最優秀賞」を獲りたかったんですよ……悔しかったです。
でも、実際の事業になったら、絶対に負けません。
安藤:一番覚えているのは、審査員だったAlphaDriveの麻生要一さんからのフィードバックです。
学校には学習指導要項があり、単元には限界がある。企業側のニーズがあって最初は売れたとしても、学校が探究学習に充てられる枠を網羅したら、それがビジネスの限界なのではないか、というものでした。
正直、ハッとさせられました。
エリア戦略に活路。走りながらブレイクスルーを探る
安藤:最終審査で事業化は決まったものの、プレゼン時に受けた指摘はクリティカルでした。
その後、すぐに小中学校の単元数を調べました。
小学校だけでも単元数は3,000単元以上あり、単元ごとの重複がなければ単純計算で3000企業(コンテンツ)は実装可能ということがわかりました。次に大切なのは、同一業種内で単元の重複・偏りがないようにコントロールすること。
例えば、同じ自動車産業で取引した場合、A社は「自動車の製造過程」、B社は「脱炭素の次世代カー(SDGsの取り組み)」という形で、企業で単元重複がないように、コンテンツ提案をするようにしています。
いずれにしても、学校現場の先生方に監修に入っていただきながら、「自分だったらどの教科・単元で授業したいと思うか?」を伺いながら、進行することを大切にしています。
「地域教育」に可能性を見出す
安藤:また、この事業は「エリア」に可能性があると感じています。
実際に岡山県警察さまと共同開発もしているのですが、官公庁や地域に根付いたスポーツチームなどは、全国に広く届けることよりも、地元の学校の生徒たちに深く届けたいというケースも多いんです。
そして地域の成功事例は、他のエリアでも展開できます。
岡部:学習集指導要領は数年スパンで更新されるのですが、次のタイミングは2030年です。現在行われている議論では「余白」というキーワードが出てきており、これまでの画一的な指導ではなく、地域や学校が裁量を持って、それこそ地域に根ざした探究学習などが増えると見ています。
私たちの事業としては、ここにビジネスチャンスがある。
地元の学校と、地元の企業がつながり、その地域ならではの教育を行う──その媒介者になっていけるんじゃないかと考えています。

初年度目標達成。その手応えは正反対
──2025年、正式にローンチした「ミライシード 企業・団体コラボコンテンツ」事業。初年度は目標達成と伺いました。手応えを教えてください。
岡部:「いい」と思います。今は安藤さんがメインで事業を推進されているのですが、突破力がすごく発揮されているな、と。
安藤:……私は「苦しい」なと思っています。
──正反対ですね。
安藤:目標も甘く見てもらっていますし、既存事業の商品に比べたら売り上げも小さいなか、もがいているところです。
──最後に、タイプもキャリアも異なるお二人を中心に新規事業を立ち上げられた、これまでの軌跡の感想を教えてください。
安藤:岡部さんは年次としては後輩にあたるのですが、入社してこれまで、こんなに後輩と深く議論したことはなかったです。
もちろん意見の合わないこともたくさんあります。だけど2人とも「絶対にやるべきだ」という事業に向けて、何度も何度も話して、一緒に検証に行って、検証期間の濃度は本当にすごかったです。
大変だったけど、めちゃくちゃ、超、楽しかったです。

岡部:今、エドテックの世界はどんどんプレーヤーが乱立してきています。彼らは一点突破の価値で戦っているため、そこが世の中に評価されると一気に市場が変わると見ています。
大企業だからこの市場で勝てるということはなく、揺らぐ可能性も十分にあるという危機感があります。だからこそ、常に新しい価値を出し続けてなければいけない。
そういう思いで、新規事業に取り組んできました。
二人で本当に忙しかったのですが、なんというか尊かったです。たとえ失敗しても、社会人人生の中で絶対にあってよかったと思える経験でした。

岡部:もうひとつ、社内のいろいろな人が声をかけてくれたのが印象的でした。
社内には直接仕事をしたことない人も多くいるのですが、皆アプローチ先を紹介してくれるなど応援してくれました。法務や経理の方も、事業を立ち上げる上で必要かつ、私たちに知見がないところをたくさんサポートしてくれました。
安藤:法務の方なんかは「B-STAGE見ましたよ」って声かけてくれて……これまでは社内ルール以外の動きをすると怒られる、ちょっと怖い存在だと思っていたのですが(笑)、うちの会社はこんなに温かいんだって気づきました。
皆さんの応援を力に変えて、これからもこの事業を大きく育ててみせます!
▼編集後記
ベネッセーコーポレーションの新規事業 社内提案制度「B-STAGE」の制度設計と伴走支援には、新規事業開発支援を行うAlphaDrive(本メディアのグループ会社)が携わっています。
今回の記事のメインテーマではないため触れてはいないのですが、審査開始から最終審査まで、チームに伴走しながら事業の壁打ちを行なっています。
「(AlphaDriveのメンタリング担当者)髙橋さんは、的確なアドバイスをしてくれるだけじゃなく、私たちの考えにやビジネスを深く理解し、本当に丁寧に支援してもらいました。
直接の支援は最終審査までなのですが、その後も『プレスリリース見ましたよ』と連絡をくれるなど、まるで実家の親が見守ってくれているみたいでした(笑)」(安藤さん)
記事中では掲載できなかったのですが、安藤さん、岡部さんからメッセージとして預かりましたので、ここに記します。
photographs by Kohta Nunokawa
