
──日本をアップデートするのは、企業の中から生まれる新規事業だ。 近年、伝統的な日本企業の中から事業が続々と生まれ、自社のアセットを最大限に活用し、一気に社会実装を進める。そんなダイナミックな変革が起きつつある。 新規事業と社内起業家(イントラプレナー)を表彰する「日本新規事業大賞」が、2026年に第3回を迎えた。本連載では、最終審査のピッチの模様を集中シリーズで届ける。 新設された「グロース部門」では、0→1から拡大へ、大企業の新規事業ならではのダイナミックな成長戦略が明かされる。 今回紹介するのは、ソフトバンク株式会社・上原郁磨氏のプレゼンだ。「産業革命を本気でやる」と宣言し、日本のチーム力を核とした長期記憶AIとガバナンス機能の仕組みで、世界の競合との差別化を図る自律型AIエージェントプラットフォーム「AGENTIC STAR」を推進。 大企業の中から生まれた挑戦が、どのようにして500億円規模(※)の事業へと育ちつつあるのか。
※関連事業の売上含む
社内28本部を歩き回って見つけた、「原石」の存在
上原郁磨氏のピッチは、力強い宣言から始まった。
「私たちは産業革命を本気で起こそうと取り組んでいます。小さな特化領域ではなく、全領域に垂直統合型で挑んでいます」
上原氏はグループ会社のSBテクノロジーで営業・マーケティングの責任者を務めた後、2024年4月に約1,500人(連結)とともにソフトバンクへ合流。
「SBテクノロジーとソフトバンクの価値を最大化するAI戦略を考える」というミッションを与えられた。
ソフトバンクへの合流後、上原氏が最初に取り組んだのは、現場への徹底的なヒアリングだった。社内28本部のAI有識者を、職種問わず片っ端から回った結果、ある原石を発見した。
「開発リソースをAIエージェントで補っているチームと出会いました」
簡単な指示を与えるだけでコードを自動生成し、エラーが出ても自律的に修復する。そのAIエージェントの動きこそが、「AGENTIC STAR」の原型になった。

世界のAIサービスとの差別化は「個人記憶」ではなく「組織の長期記憶」
しかし、上原氏はすぐに気づいた。単独のAIサービスでは、世界と戦うことは難しい、と。そこで発想を転換した。
「日本の価値はチーム力です。農業も製造業も学校教育も、チームで動くことで強さを発揮してきた。しかし世界のAIサービスは個人記憶を中心に設計されています。
私たちは組織と職種という階層で管理する『長期記憶』に着手しました。特許も取得しにいっています」
長期記憶があることで、例えば過去のやり取りからユーザーの好みや思考を把握し、その情報を基にそれぞれのユーザーに応じたBIアプリを自動生成することが可能になる。逆に長期記憶がない状態では、アウトプットはまったく別物になる。その違いは明白だと、上原氏はデモを交えながら語った。
精度の高さを支えるのは、目的を把握するAI・実行するAI・監督するAIというマルチAIエージェント構造だ。これらが長期記憶と照らし合わせながら問題を特定し、自律的に業務を進める。長期記憶にはトレンドやメンバーの活動履歴なども蓄積されていく。

日本企業が最も気にする「安全性とガバナンス」への答え
どれだけ高機能でも、日本企業には導入を阻む壁がある。セキュリティとガバナンスだ。上原氏はこの課題に正面から向き合った。
「指示ごとに専用の作業部屋(仮想環境)を提供します。クラウドのセキュアな環境が用意されるので、何が起こってもその中で完結します。さらに通信会社としてのセキュリティの知見を活かし、ガードレール設定、エージェントの管理、接続をブロックする国の設定まで管理できるようにしています」
ローンチ後3カ月の2026年3月時点で3億円受注(内諾含む)、プロスペクト約350社。「日本から世界へ」の現在地
成長戦略の根幹にあるのは、大学院でシステム思考・デザイン思考を学び直した上原氏が辿り着いた「System of Systems」という考え方だ。
カメラメーカーはカメラを、プリンターメーカーはプリンターをそれぞれ成長させることで、業界全体として大きくなる。同様に、AIにおいてもストレージ・資料作成・コードなどの各領域でグローバルな企業と連携し、それぞれが成長することで事業全体を拡大していく。
その戦略が早くも成果を生み始めている。サービス開始からわずか3カ月で3億円を受注(内諾含む)。現時点でのプロスペクト(見込み案件)は約30億円に積み上がり、問い合わせ企業はすでに約350社に達している。
上原氏はピッチをこう締めくくった。
「日本から世界へ。500億円規模(関連事業の売上含む)の事業をつくっていきます。さらに、導入した企業が自分の事業と絡めて一緒に売りたいと言ってくれる事例も生まれてきています。この事業を皆さんと共にやっていきたい。ぜひ応援してください」
大企業の中から生まれた、スケールへの本気の意志。
「AGENTIC STAR」は日本新規事業大賞のグランプリにあたる大賞を受賞した。

審査員との質疑応答
Q:調達額で圧倒的なビッグテックに対して、長期的にどう勝ちにいきますか?
A:「出資は常に選択肢として持っています。さらに、さまざまな共同開発を進めており、そこから見えてくる景色の中で事業を進めるのが、大企業としての取り組みの分岐点だと考えています」
Q:「日本から世界へ」とのことですが、グローバル展開において競合するプレイヤーと、選ばれる理由をどう考えていますか?
A:「ソフトバンクは国内事業を基盤に、海外のパートナー企業とも連携しながら事業を展開しており、現地の通信会社やSIerとも連携しています。グローバルの競合ツールは個人かチーム単位の管理が中心で、日本のリスク管理には追従できません。まず日本企業の海外拠点への展開から実績を積み、現地パートナーとのJVや提携(に向けた会話)も進めています」
photographs by Kohta Nunokawa
