
──日本をアップデートするのは、企業の中から生まれる新規事業だ。 近年、伝統的な日本企業の中から事業が続々と生まれ、自社のアセットを最大限に活用し、一気に社会実装を進める。そんなダイナミックな変革が起きつつある。 新規事業と社内起業家(イントラプレナー)を表彰する「日本新規事業大賞」が、2026年に第3回を迎えた。本連載では、最終審査のピッチの模様を集中的に届ける。 今回紹介するのは、東京海上日動火災保険からのスピンアウトベンチャー、株式会社Carjany(カージャニー)代表取締役・渡邊裕太氏のプレゼンテーションだ。 「クルマ選びをらしく、楽しく、スマートに」を掲げ、試乗プロセスの再定義に挑む。 最終審査ではオーディエンス賞とパートナー賞のダブル受賞を果たした、業界構造の変革者を届ける。
「当事者だけでは、解決できない課題がある」
クルマ選びは、人生に数回しかない、相棒を探すようなもの——。
そう語る渡邊氏は、東京海上日動に入社後20年にわたって国内外の自動車販売業界に従事してきた。経験の中で痛感したのが、業界構造のジレンマだ。
「ユーザーとディーラー双方に、理想とする購買行動・販売行動がほぼ実現できていません。よく"押し売り"なんていう言葉で形容されますけれども、かなり大きな課題があると思っています」
ユーザーから見ると、カーディーラーに行けば営業を受けると尻込みする。試乗時間はわずか15分……。
ディーラー側からすると、お客さんがなかなか来ない、業務効率が悪い……。
このように双方が不満を抱えたままの構造が続いている。
解決の糸口として渡邊氏が着目したのは「第三者」という立場だった。ユーザーにもディーラーにも属さないからこそ、双方の理想を同時に叶えるサービスが設計できる。

ショッピングモールが、新しい試乗の場所になる
Carjanyのビジネスモデルはシンプルだ。通常ディーラーで行われていた試乗業務を、ショッピングモールに持ち込んで自社が運営する。
ユーザーはオンラインで予約し、ショッピングモールに来れば最大7日間、営業を受けることなくブランド横断で複数の新型車に乗ることができる。
ミニバン、SUV、電気自動車まで、主要メーカーを網羅した幅広いラインナップが揃う。ディーラーは試乗車と登録料を提供するだけで、試乗機会と業務効率が増える。さらにサービス利用後の比較データをディーラーに提供することで、営業効率の向上も支援する。
「ユーザーディーラー双方の課題を同時に解決しているというのが、私たちのサービスの特徴です」
料金体系も明快だ。ユーザーからは利用料。ディーラーからは月額の定額制。安定した収益構造がベースにある。
また、試乗サービス「Carjany」に加え、信頼できるディーラーを検索・訪問予約できる「Carjany‐Shop Search」も展開。クルマ選びをトータルでサポートする体制を構築している。

東京海上日動×イオンモール、インフラを一気に全国へ
グロースを加速するのが、強力なアライアンスだ。
まずは「場所」。本事業はイオンモールと資本提携を締結。関東・関西を中心に40カ所に展開済み。イオンモール全国160か所のインフラにより、残る拠点への展開も容易だ。
あえて郊外立地を選ぶのは、レンタカー的な利用ではなく、車でやってきた「買い替えを検討しているユーザー」にターゲットを絞る戦略でもある。
次に「試乗車の調達」。東京海上日動は全国全ブランドのディーラーとのネットワークを持つ。そこに接続することで、進出する県でほぼすべてのブランドの試乗車を調達できる。
「スピンアウトベンチャーだからこその信頼感、そして万が一の時のリスクマネジメント能力。ここが我々の大きな競争優位になっています」
今年度の売上は約4億円を予想。エリアを広げるほど事業が拡大する好循環フェーズに入っている。

「新しい自動車が普及するほど、リアルに試したいニーズは残り続ける」
「自動車産業はシュリンクするのではないか」──そんな問いに、渡邊氏は明確に答える。
「新しい車の技術や販売方法が出れば出るほど、リアルに試したいというニーズは残り続けると思います。自動運転機能を持った電気自動車がオンラインで発売された時、皆さんパソコンでポチッと買いますか?おそらく買わないと思うんですね。ここに我々のサービスの勝機があります」
さらに、事業拡大とともにブランド横断の比較データが蓄積されていく。誰も持っていないデータをAIと組み合わせ、ToC・ToBの新サービスへと展開する構想も持つ。
2年間、1万人以上が利用。人身事故ゼロ
ピッチの最後、渡邊氏が語ったのは交通事故削減という社会課題だった。
「我々のサービスを通じてお客様が最先端の安全機能を持つ新しい車に買い替えていただければ、交通事故の削減という社会課題の解決に近づいていく。2年間で1万人以上が利用しましたが、人身事故は一件も発生していません」
華々しいテクノロジーではない。それでも既存企業の中に眠るネットワークとリソースを最大限に活用し、身近な課題を着実に解決していく——その姿勢は会場を動かした。最終審査の翌日、Carjanyはオーディエンス賞とパートナー賞のダブル受賞を発表した。
審査員との質疑応答
Q:料金体系の詳細と、イオンモールとの提携によるチャネル制約はあるか。
A:場所の競合となり得るプレイヤーの拠点数が全国15〜20か所なのに対し、イオンモールは160か所。まずここと組んでインフラを全国に広げることが最初の戦略です」
Q:ショッピングモール以外への展開は考えているか。
A:「駅近でサービスを展開すると、車を購入したい人ではなくレンタカー的な利用者が増えてしまいます。あえて車で来ないとアクセスできない場所に展開しているのは、車を買い替えていただくためです。イオンモールのエリア戦略と我々のエリア戦略が合致しているのはそういう理由です」
photographs by Kohta Nunokawa
