
「消費者金融」という文字に対して、世間はどのようなイメージを抱くだろう。 近年、フィンテックの台頭や、多様なウォレットサービスが急速に普及してきた。それでも依然として「借金」に対するネガティブな印象は根強い。 齊藤雄一郎氏は、消費者金融のリーディングカンパニー・アコム株式会社で約20年ぶりとなる新規事業を立ち上げ、100%子会社GeNiEのトップとして成長をリードする人物だ。 目指すは、エンベデッド・ファイナンス(組込型金融)による、金融ビジネスの変革。実現すれば、生活の中で「金融機関を選ぶ」ことが消える未来がやってくる。 それは同時に、同社が向き合ってきた消費者金融のイメージ・文化の転換にもつながるという。 2000年代以降、貸金業法改正や業界再編に伴う雌伏の時を経て、経営を立て直してきたアコム。復活を果たした今、イノベーションのジレンマに挑む。

齊藤雄一郎
GeNiE株式会社 代表取締役社長

大久保敬太
Ambitions編集長(聞き手)
バンカーの息子が、消費者金融へ
大久保:本日は、アコム発のフィンテック企業・GeNiE株式会社の齊藤さんへインタビューを行います。同社の「マネーのランプ」は、2026年4月開催の「日本新規事業大賞」で審査員特別賞を受賞した、注目の社内新規事業です。
大久保:まずは、齊藤さんのキャリアのスタートからお伺いさせてください。
齊藤:私は2005年に新卒でアコムに入社しました。就活の時に、企業の営業利益ランキングなどを参考にしていたのですが、名だたるエクセレントカンパニーの中に、アコムが並んでいたんですよ。「あの、ちょっと怖い会社だよな?」って。
正直、消費者金融の業界に対して「怖い」イメージを持っていました。しかしアコムはすでに(現)MUFGと資本提携をしていたため、銀行グループの香りがして、それが安心材料になったのかもしれません。実は、うちの父は銀行員なんですよ。
大久保:私は齊藤さんと同世代で、消費者金融を題材にした漫画などを通っていますので、消費者金融の「怖い」イメージはわかります。
齊藤:安定的な大企業に入って働くのもいいけれど、自分で何かを成し遂げるキャリアにしたい。
アコムという企業には、実績と可能性がある。さらにメガバンクの保証をしているくらいですから、信頼もある。だけど、業界に対するイメージの課題がある。そんな場所であれば、何かを変えられるかもしれない。大学の3年の頃の自分はそう思ったんです。

大久保:実際にご入社されてみていかがでしたか?
齊藤:それが、真逆なんですよ。社内には、「実直で誠実な人」で溢れていたんです。
もちろん昔は、業界に問題もありました。だからこそ2000年代に法改正などで業界の再編が進んだ背景もあります。
世間の視線が厳しいため、逆にちょっとでも間違ったことはしない、という。本当に真面目というのが率直な印象です。
大久保:若手時代の主な業務は何でしたか?
齊藤:2年目までは、ティッシュ配りとお客さま対応です。あとは「むじんくん(自動契約機)」のメンテナンス。当時はまだ、300店舗ほどの支店がありました、雑居ビルの中などに。これは今もありますけどね。
機械にお金が詰まることを「ジャムる」っていうんです。ATMに汚れたお札などが入るとビービー音が鳴るんですよ。「うわ、ジャムった」って、社用車に乗って対応しにいく。そんなことをやっていました。
アコム雌伏の時代、経営の覚悟を学ぶ
齊藤:転機はその後、経営企画部に異動になったことです。若手は支店配属が中心ですので、部署内の若手はほぼ僕だけ。そこで、「経営」に触れました。
大久保:2006年に改正貸金業法が成立し、2010年に施行。業界大手「武富士」が倒産するなど、消費者金融各社は抜本的な変革を求められました。

齊藤:アコムにとっては「冬の時代」です。希望退職を募り、効率の悪い支店を削減するなど、数々の改革が行われました。
会社では日々、役員の人たちが侃侃諤諤と議論を交わしていました。有事の経営ですので、トップダウンです。次々と意思決定がなされていく。
まだ20代でしたが「経営」というものに憧れを抱きました。
大久保:特に印象的だった言葉や光景はありますか?
齊藤:経営変革にあたって、いろいろな機能や組織を削る決断が下されました。しかし、当時の社長(現・木下盛好会長)が絶対に削らなかったのが2つ。ひとつは、カウンセリングというのですが、延滞している方に連絡する部署の人員、もうひとつは広告、マーケティング予算です。
延滞連絡は、アコムのビジネスのコアです。利益を出す部分であり、お金を借りる・返すという消費者金融の文化を育てるためのものでもあります。
もうひとつは、課題でもあるブランドをつくる施策。
他にも必要な機能はたくさんありますが、極論この2つで僕たちは飯を食べている。ビジネスの根幹と定めて守る部分、今は削るべき部分、それらを瞬時に判断してトップダウンで動かす。これを直近で見ることができたことが、一番の勉強になりました。

約20年ぶりの新規事業始動
大久保:齊藤さんは2016年にアコムの社内にイノベーション企画室を設立し、事業開発に着手。その後2022年に子会社GeNiEを立ち上げます。この動きについてお教えください。
齊藤:2016年、世の中で「フィンテック」という言葉がバズワードになっていた頃、未来の消費者金融ビジネスを検討するチーム(イノベーション企画室)を立ち上げました。
入社以降、会社はずっと冬の時代。ボトムアップで何か新しいサービスを生み出すことはできない状況でした。
しかし僕は、何かを成し遂げようとアコムに入社したんです。ずっと、自分のなかで事業の熱を温めていました。待ちに待った機会の到来です。

齊藤:思い返すと、若い時にちょっと企画がうまくいくよりも、地道な経営業務でしっかり修業した上で挑むことができたのは、結果的によかったと思います。
数名の若手中心のチームで、金融にAIやロボットを組み合わせるなど、いくつかのアイデアを検討しました。
そこで最初に出た企画のひとつが、金融機能を事業会社のサービスに組み込む「エンベデッド・ファイナンス」の構想でした。
草案は2016年、そこから一旦は社内のDX推進などを担当したあとに、改めてやらせてくれ、と。特に社内起案の制度があったわけではありませんが、会社に提案しました。
約20年ぶりの新規事業、それもまったく新しいサービスです。会社としても、既存の経営人材ではなく若いチームにやらせた方がいいと判断したんだと思います。
黒船・LINEの衝撃──ビジネスが変わる波がきた
大久保:時間軸を整理すると、新規事業のアイデアを推進するための子会社・GeNiEの設立が2022年。開発期間を経て2024年に組込型金融サービス「マネーのランプ」をローンチします。2016年の企画から一定の時間がありましたが、ここでアクセルを踏んだ理由をお教えください。
齊藤:その間も、会社としては前向きな議論が進んでいました。
繰り返しになりますが、アコムという会社は、長年の「ブランディング」の課題を抱えていました。消費者金融とは、あくまでも何かをするためにキャッシュを得る「手段」であり、ユーザーからすると「手段」に時間や手数料がかかるのはわずらわしい。手段自体がブランディングを行うことは、やはり難しいものです。
しかし、エンベデッド・ファイナンスなら、エンドユーザーに直接サービスを提供している「愛される存在」の事業会社と組むことができる。これは当社のブランディングの課題にとって、大きな一手になります。
また、外部環境の変化もありました。2019年、「LINEポケットマネー」の登場です。
LINEが、お金を貸しはじめた。
やばっ……。消費者金融の業界がひっくり返る可能性が出てきた、と。

齊藤:アコムってお金を貸すことを事業としているのですが、ビジネスの軸は「与信」なんですよ。この人が金銭的に信用できるかどうか、それを数値化することで価値を生んできた。
初対面の人に対して正確な与信を行うのには、高い難易度が求められます。
一方で、すでに長期間ユーザーに利用されているようなサービスだと、例えば子どもの頃からその人のことを知っているわけですよね。信頼できるかどうかを判断する情報量が圧倒的に違います。そんなサービス経由なら、古くからの友人にお金を貸すように、キャッシングができる。
これってエンベデッド・ファイナンスの強みです。
当社の与信・金融能力と、ユーザーを知るサービスが組む。この時、ビジネスとしての要素がハマった感覚がありました。
マネーのランプ
エンベデッド・ファイナンスの仕組みを使い、事業会社に金融機能を提供するサービス。事業会社は顧客とのコミュニケーションの中でローンなどの金融サービスを提供できる。ユーザー側は、普段の生活の中で利用しているアプリ・Webサービス(決済サービスやECサイトなど)の中で、適切なキャッシングの機会を得ることができる。アコムの消費者金融を事業会社に組み込む、BtoBtoC事業。
リテールBaaS戦略──与信の民主化が始まる
大久保:エンベデッド・ファイナンスのサービスには、住信SBIネット銀行、みんなの銀行(ふくおかフィナンシャルグループ)など、多くの金融機関が参入しています。銀行と消費者金融の違いはありますが、GeNiEならではの戦略をどう考えていますか?
齊藤:銀行の提供するエンベデッド・ファイナンスには、事業会社が「銀行代理業」の許可を得なければいけません。体力があるエクセレント・カンパニーが採用する手法です。
BaaS(Banking as a Service)ともいわれるこの仕組みは、数多ある企業の中でも、ごく一部でしか実装できないのです。
そこまでしなくても、ユーザーにサービスを提供している企業は山ほどある。特にリテール。多くの中小の事業会社が、自社のサービスにローンやキャッシングなど必要なものだけを追加する。
こっちの方が、企業からすると圧倒的に軽いんですよ。

サービスの本丸はフィンテック。与信の世界をアップデートする
大久保:ローンチから2年、2016年に生まれたアイデアがここまできました。千三つとされる事業開発の世界で、最初期の事業構想を1分の1で成功に導いていることは、凄まじい成果と思います。
齊藤:まだ、サービス開始から2年、創業から数えて4年ですからね。あくまで「途中」です。
振り返ると、開発の2年は地獄でしたよ。
「マネーのランプ」の基幹システムの開発段階で、最初に組んでいた技術系のスタートアップが途中で離脱したことがありました。
大久保:スタートアップのCTOが急に辞めるような感じでしょうか?
齊藤:そうです。要求が難しすぎたのが要因の一つだとは思います。貸金業って、かなり細かなルールがあるんですよ。それらを全てクリアした上で、新しい与信のシステムをつくる。これには本当に苦労しました。

齊藤:実は「マネーのランプ」の最大のポイントは、エンベデッド・ファイナンスという仕組みではなく、独自の「与信システム」なんですよ。
消費者金融の与信には、古い時代の手法が根強く残っています。
例えば、転職が多いと退職リスクが高くなる、個人事業主だと信頼が下がるなど。
しかし現在では、海外の有名企業を出て、キャリアアップの意味で独立されている方も多くいらっしゃいます。
僕たちは、画一的でマクロ視点な与信ではなく、より個人のデータを分析した上で、過去だけでなく未来の期待も考慮した、新しい与信システムをつくりたいと考えています。
今、消費者金融の審査通過率は約3割です。7割の人がキャッシングを断念しています。
一人一人のユーザーを深く知ることで、必要な人にお金を貸せるようにしたい。
それこそが、僕がこの事業でやりたいことです。

大久保:テック企業であり、データ企業なのですね。
齊藤:はい。これは、伝統的で重厚長大なアコムのシステムでは到底できません。アコムの金融の知見やアセットを使いながらも、別会社にしているのはそのためです。
金融企業が金融をなくす、イノベーションのジレンマ
大久保:先ほど、事業の状態を「途中」とお話しされていました。今後、どのように成長させていくお考えでしょうか?
齊藤:計画では、黒字化まであと数年です。このビジネスは、先にサービスを提供して、利用者の返済に合わせて利益が出るため、収益化が遅れてやってきます。そして一度収益化を実現すれば、その後は順調な拡大を見込むことができます。
アコムという会社は、僕が入社してからは冬の時代でしたが、それ以前は新しいビジネスに挑戦的な会社だったんですよ。
BtoC向けのローン事業が祖業ながら、他の金融機関のローン商品をサポートするBtoBtoCの「信用保証事業」を立ち上げ、社内で最も顧客規模の大きな事業へと成長させています。
イノベーションのジレンマに取り組み、すでに飛び越えた企業なのです。
エンベデッド・ファイナンスの事業も同じです。短期的に見れば、アコムのお客さまが流れるかもしれない。しかし僕らは目の前のマーケットを取りにいくのではなく、次の消費者金融の世界をつくっていく。その視点で取り組んでいます。

大久保:さまざまなサービスに「マネーのランプ」が搭載されたとき、どのような世界がやってくるか。齊藤さんのビジョンをお教えください。
齊藤:一人一人の「好きな経済圏」が徐々に決まっていく、という世界はあると思っています。今もVポイントや楽天ポイント、WAONなど、ユーザーによって好む経済圏がありますよね。
それと同じ。自分の好きなサービスや商品に、金融機能が付いてくるようになります。
大久保:金融機関は、ユーザーがわざわざ選ぶ存在ではなくなる、と。
齊藤:はい、僕らのサービスが広がれば広がるほど、金融は選ぶものではなく、生活の中に自然とついてくるものになります。これはアコムが長年向き合ってきた、消費者金融のブランドの課題解決にもつながるでしょう。
またこの事業は、ユーザーのことをよく知ることができるので、貸し倒れなどのリスクも減らすことができます。
さらに、導入する事業会社は、金融という機能を使って新しいサービス開発ができます。僕らの提供先の数だけ、新規事業が生まれていくことを意味しています。
BtoBtoCの中で、win-win-winの関係を築き、経済の循環をつくっていきます。

大企業の新規事業だから描ける、大きなビジョン
大久保:最後に、齊藤さんの社内起業家としての、野心(Ambition)を教えてください。
齊藤:難しいな……事業のマイルストーンを答えても、つまらないですよね。
「アコムの第4の柱になる」というのもよく言うのですが……いかにもサラリーマンっぽい。
少し遠い未来をターゲットに考えると、既存の産業カテゴリを壊して「個人信用」のビジネスとして新たなカテゴリを生み出すことです。せっかく大企業のリソースを活用できる立場なので、このくらいのサイズ感の未来を描くべきですね。

photographs by Kohta Nunokawa
