
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「くそっ…!」
飯島は、自らのオフィスで、力なく拳を握りしめた。新規事業コンテスト最終審査での敗北。フューチャーラボとして再起をかけたにも関わらず、結果は準グランプリ止まり。栄光のグランプリは、またしても増井に奪われたのだ。
「どうして、どうして、いつも増井が…!」
悔しさと嫉妬が、彼女の心を蝕んでいく。努力を重ね、周到に準備を進めてきたにも関わらず、結果は残酷なまでに突きつけられた。
「あの増井め、あんな技術でグランプリだなんて!」
飯島の頭の中に、増井が自信に満ち溢れた表情でプレゼンする姿が蘇る。会場の熱狂、審査員たちの賞賛、そして増井に向けられる羨望の眼差し。
「許せない、絶対に許せない!」
飯島の憎悪は、時間と共に増幅していく。彼女は、ワイングラスに赤ワインを注ぎ、一気に飲み干した。アルコールが彼女の怒りをさらに煽る。
(このままじゃ終われない。絶対に!)
飯島の視線が、デスクの上に置かれたスマートフォンに止まる。画面にはとあるゴシップ系週刊誌記者の連絡先が表示されていた。
(そうだ、これで、あいつを…)
飯島は、冷酷な笑みを浮かべながら、記者の番号をタップした。
「もしもし、飯島よ。例の件だけど、準備できたわ。ええ。あの『メロディーアシスト』ね。そう、グランプリを取った話題の装置よ。実はね、あの装置、技術的に重大な欠陥があるの。ええ、人体への影響も懸念されているみたい。それにね、開発責任者の増井博之って人、父親が横領で会社を追放された過去があるのよ。そう、あの事件よ。詳しい情報は後でメールで送るわ。ええ、もちろん。報酬は弾むわよ。期待してるわ。」
電話を切った飯島はすぐにパソコンに向かい、増井の父親に関する情報をまとめた資料を作成し始めた。彼女は、過去にゴシップ誌に情報をリークした経験があり、世間の注目を集める方法を熟知していた。
数日後。メロディーライフは、活気に満ち溢れていた。グランプリ受賞後、10億円もの投資が決まり、増井たちは事業化に向けた議論に熱中していた。
「北山製作所との契約は、来週中に締結できそうです。量産体制も順調に整いつつあります。」
増井が、明るい声で報告した。
「グローバルコネクトとの提携も、最終調整に入っています。黒崎さんも、私たちの技術に、非常に期待を寄せてくれています。」
有田も、声高らかに重ねた。
「資金調達も、順調に進んでいます。複数の金融機関とベンチャーキャピタルから、資金面での協力をオファーされています。」
本条も、自信に満ちた表情で言った。
「これで、私たちの夢が、実現に近づく…!」
増井は、感慨深げにそう呟いた。そんなときだった。
「みなさん、大変です!」
鈴木彩音が、慌てた様子で会議室に飛び込んできた。彼女の顔色は、蒼白だった。
「どうしたんだ? 鈴木…」
増井は、鈴木の異変に気づき、心配そうに尋ねた。
「ネットで、大変なことに…!」
鈴木は、震える手でスマートフォンを差し出した。画面には、「メロディーアシスト」に関するショッキングな見出しが並んでいた。

『危険な装置!? 人体への影響は…?』
『開発責任者は、横領犯の息子!?』
『富士山電機工業、倫理観を疑われる…!?』
増井たちは、その記事の内容に、言葉を失った。
「一体、誰が、こんなことを…?」