
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「なんだこれは! 一体なんなんだ!」
増井は、自らのオフィスで、パソコンの画面に映し出された記事を前に、呆然と呟いた。
「『メロディーアシスト』開発責任者、増井博之の父は横領犯!? 会社の資金を私的流用し、家族と共に雲隠れ…!」
「『メロディーアシスト』に重大な欠陥!? 人体への影響を懸念する声も…!」
「富士山電機工業、倫理的に問題のある企業体質を露呈…!?」
目を疑うような見出しが、次々と目に飛び込んでくる。匿名の情報源からのリークを受けたゴシップ系インフルエンサーたちが、面白おかしく情報を拡散し、センセーショナルな見出しをつけた記事がネットニュースやまとめサイトに掲載されていた。
「一体誰がこんなことを…」
有田は、怒りを通り越して恐怖すら感じていた。
「落ち着いて。まずは情報の出どころを突き止めないと…」
本条は、冷静さを保とうと努めながら言った。しかし、彼女自身もこの事態の深刻さを理解していた。一度拡散された情報は完全に消し去ることは難しい。
メロディーライフのデスクは、騒然としていた。電話は鳴り止まず、問い合わせや抗議のメールが殺到していた。
「増井さん、取引先の銀行から連絡がありました。資金提供の件、再検討が必要とのことです。」
鈴木は、沈痛な面持ちで増井に報告した。
「グローバルコネクトの黒崎さんからも連絡がありました。提携の件、一旦保留にしたいとのことです。」
有田も、青ざめた顔で言った。
「くそっ…!」
増井は、机を強く叩いた。怒り、そして何よりも大切なプロジェクトが壊されていく絶望感が、彼を襲っていた。
一方、飯島は自らのオフィスで、満足げにワイングラスを傾けながら、ネット上の炎上騒ぎを眺めていた。
「ふふふ、増井、どうかしら? これが、私からのプレゼントよ。」
彼女は、冷酷な笑みを浮かべながらそう呟いた。飯島の策略は見事に成功していた。増井とメロディーライフは、世間の激しいバッシングに晒され窮地に追い込まれていた。
「まだまだよ。これはほんの始まりに過ぎないわ。」
飯島は、グラスに残ったワインを一気に飲み干すと、次の手を打つべくスマートフォンを手に取った。
その頃、川島は自らのオフィスで、この騒動を静かに観察していた。彼は、飯島の策略を知っていた。そして、彼はこの混乱に乗じて自らの身の安全を確かなものにしようと企んでいた。
(増井、お前は、もう終わりだ。これでメロディーライフごと沈んでくれれば、俺の密約は完全に闇に葬られる。)

彼は、社内の人脈を駆使して、増井に関する悪い噂を流し始めた。
「増井の父親は、横領で会社を追放されたらしいぞ。」
「増井自身も、何か怪しい動きをしているらしい。」
「メロディーアシストは、危険な装置らしい。」
根も葉もない噂は、あっという間に社内に広まり、社内での増井への疑念は日に日に増していった。