西鉄バスで角打ち店をはしご酒。後世に継承すべき北九州の角打ち文化

田村朋美

酒販店で購入した酒を店内の一角で飲むスタイルの「角打ち」。労働者の街として栄えてきた北九州市は、角打ちの聖地として全国的に知られている。 そんな北九州の角打ち文化と西鉄バスがコラボし、デジタル乗車券「北九州角打ち はしご酒 にしてつバス24時間フリー乗車券」が2025年2月1日から4月30日までの期間限定で発売された。 公共交通機関を利用して角打ちを周遊するという前代未聞の取り組みの背景には、どんな思いがあったのか。また今後の戦略とは。西日本鉄道株式会社の岩﨑幸喜氏と北九州角打ち文化研究会・会長の吉田茂人氏に伺った。

夜勤明けの労働者を支えた北九州の角打ち文化

──角打ちは、北九州に古くから根付いている文化だと伺いました。北九州の角打ち文化の始まりを教えてください。

吉田氏 1901年に官営八幡製鐵所が創業して以来、北九州は工業地帯として発展しました。1920年代になると8時間3交代制で働く“鉄の男”たちが、夜勤を終えた朝に集まって、翌日の英気を養っていたのが街に点在していた酒販店、いわゆる“酒屋”でした。飲食店の開いていない時間帯の朝、酒屋で好きな酒を量り売りしてもらい、立ち飲みで1杯、2杯といただいて帰る。日本の近代化を支える産業発展の裏で、角打ち文化は北九州に広く根付いていったのです。

酒販店の一角での立ち飲みから始まった角打ちは現在、カウンターやテーブルを併設した店や、ワインが楽しめるオシャレな店ができるなど、時代とともに進化しています。

吉田茂人 北九州角打ち文化研究会 会長

──その角打ち文化を継承しているのが、北九州角打ち文化研究会(以降、角文研)でしょうか。

吉田氏 そうですね。角打ちを愛する人 たちが集まって、角打ちを北九州のブランドとして発信したい、角打ち文化を守り育てたいといった思いから、角文研は2005年1月31日に発足。完全なボランティアで運営しながら、ちょうど今年で20周年を迎えました。

文化を発信するための取り組みはさまざまで、定期的に開催しているのは月に一度の角打ちツアーです。角打ちに行きたいけれど一歩を踏み出せないビギナーさんの案内人として、1日に3〜4店舗を回るツアーを組んでいます。ほかにも、北九州市をホームタウンとするプロサッカー クラブ「ギラヴァンツ北九州」の試合でアウェー側に角打ちの模擬店を出店し、試合に訪れた全国の人に角打ち文化を体験してもらったり、地域のお祭りに出店したりと、角打ちファンの裾野を広げています。

こうしたイベント等でこれまでに約350人が角文研の会員となり、多様な職種の老若男女が角打ちメーリングリストで情報交換をしながら、角文研はいつしか大規模な“異業種交流の場”に発展しました。角打ちの良さは、店主や客同士の距離が近く、初めて訪れた人でも自然と周りの人との会話が生まれ、「また角打ちで会おうね」というコミュニケーションが生まれること。誰もが非日常体験を楽しめる場だと思っています。

西鉄バスで巡る角打ちはしご酒企画

──そんな北九州の角打ち文化と西鉄バスの1日乗車券がコラボし、2025年2月1日から4月30日までの期間限定で、デジタル乗車券「北九州角打ち はしご酒 にしてつバス24時間フリー乗車券」のサービスが実施されました。どんなきっかけがあったのでしょうか?

岩﨑氏 西鉄でまちづくり担当を兼務している私は北九州市の観光課と一緒に、西鉄沿線の人口や関係人口を増やしてにぎわいを生むにはどうすればいいのか、勉強会を重ねていました。その観光課の一人が角文研のメンバーで「角打ちはしご酒はどうですか?」と提案されたのがきっかけです。すぐに会長の吉田さんを紹介いただいて、子どもの頃から知っていたものの入りづらくて行ったことのなかった角打ちを初体験することに。

角打ちは一見閉じられた場のようですが、いざ入ってみると初対面の人同士でも楽しく盛り上がれる距離感で、ショーケースに並んだおつまみを食べながら楽しいひとときを過ごせました。この北九州の文化はぜひ発信したい、知らない人に体験してもらいたいと思い、西鉄バスの1日乗車券と角打ちを組み合わせた「はしご酒企画」を打ち出しました。

岩﨑幸喜 西日本鉄道株式会社 北九州グループ統括部長代理 兼 まちづくり・交通・観光推進部課長 ※役職名は取材時(2025年3月)のもの

吉田氏 実は昔、市役所の観光課に在籍していたことがあって、当時から角打ち文化を伝える企画はよく考えていました。だから、角文研の20周年イベントの一環としても 「西鉄バスの1日乗車券とコラボできないか」と相談されたときは即決でしたね(笑)。

岩﨑氏 市内を走るバスの24時間フリー乗車券と600円分の角打ちクーポンをセットにして1500円で売り出し、角文研には小倉と戸畑、八幡からクーポン利用対象となる12の角打ち店を選定していただきました。さらに、初めての方でも周遊しやすいよう、角文研に3つのモデルコースをつくってもらいました。

角打ち文化を軸に北九州の食や観光も広める

──今回の企画でどんな反響を得られましたか?

岩﨑氏 正直、バスに乗って角打ちはしご酒をする人は限られているので現時点での売り上げはそこまで多くはないのですが、想定以上だったのはメディアで取り上げていただく機会がとても多く、イベント中に複数の企業とのコラボレーション案件が生まれたことです。

たとえば、デジタル乗車券はおでかけアプリ「my route」で購入するのですが、運営元のトヨタファイナンシャルサービスからの声掛けにより、イベント開催中にデジタルスタンプラリー機能が追加されました。お店に負担をかけないようスタンプはGPS認証で自動的に付与し、獲得スタンプ数に応じて豪華賞品が当たる抽選に参加できるという機能です。

ほかにも、ありがたいことにサントリーに協賛いただいていて、対象店でサントリー生ビールを注文するとプレゼントがもらえる抽選くじや応募券がもらえる特典も追加しました。北九州のニッチな取り組みをいろんな人たちが面白がってくれて、ありがたいと思っています。

今回は市内で小さく告知して地元の人に楽しんでもらうことを目的としましたが、今後は観光客や市外の人たちにアピールすべく、広告やマーケティング戦略を見直してイベントをバージョンアップさせていきたいと考えています。

──西鉄バスで角打ちのはしご酒をする北九州ならではの企画は、国内旅行者に人気が出そうです。

岩﨑氏 そう思います。インバウンドでも人気が出そうですが、日本語を話せない観光客がいきなりお店に来ても、ご高齢の方が多いお店側が困ってしまう。だからまずは国内旅行者をターゲットに告知していくのは良いと思っています。

吉田氏 角打ち目的に市外や県外から北九州に来てくれる人はなかなかいないと思うので、北九州のナイトタイムエコノミーと連携して、夕方は角打ちではしご酒を楽しみ、夜になったら工場夜景クルーズや小倉城のイベントなどを楽しめるツアーを開発するのは面白いと思います。

また、北九州の魚は全国的に高く評価されており、2025年4月には北九州市に「すしの都課」が新設されるなど、北九州の寿司文化を広める動きが活発化しています。そこで寿司店と角打ちがコラボして、北九州に着いたらまず角打ちに寄って食前酒を楽しみ、その後うまいお寿司を食べに行くようなプランがあってもいいかもしれないですね。角打ち店の閉店時間は早いので、夜遊びや飲食店などと連携すると独自の文化醸成にもつながると思います。

岩﨑氏 北九州の食や文化との組み合わせはとても良いですね。今回の取り組みをきっかけに、他の交通インフラと連携する相談も増えているので、北九州に足を運ぶ人を増やしながら、いろんな方法で角打ちをはじめとした北九州の文化を広めていけたらうれしいです。

角打ちは大切な“居場所”。文化を後世に継承したい

──脈々と受け継がれた角打ち文化を守り、育てていくうえで、どんな課題がありますか?

吉田氏 課題は、店主の高齢化と後継者不足で、角打ち店がどんどん減少していることです。だから行政にはよく、40代や50代で角打ちの店主に挑戦したい人がいたら、酒を販売できる免許の申請をバックアップしてもらえないかと相談しています。新規参入するハードルが少しでも下がり、角打ちの店主に挑戦したい人と高齢により店舗を畳もうとしている店主をマッチングできれば、角打ちはまだ生き残っていけると思います。難しい問題がたくさんあるのは承知の上ですが、何もしなければ角打ちは消滅してしまうので、できることはやっていきたいと思っています。

戦後の闇市から始まったといわれる博多の屋台も、地域住民からの苦情が多く閉店が相次ぐなか、行政が屋台文化を守って観光資源にしようと旗を振り、2013年に屋台基本条例が施行されました。その結果、消滅への道をたどっていた博多の屋台は復活し、今では海外からの観光客を中心に人であふれかえっていますよね。

北九州の角打ち文化も、ちゃんと守ってアピールすれば博多の屋台のように観光客が訪れる場所になる可能性があると思っています。だから、行政を巻き込みながら角打ち文化を後世につなげられたらうれしいです。

取材場所としてご協力いただいた「さいとう酒店(八幡東区)」

──今回の取り組みをきっかけに角打ちを知り、後継ぎ候補が生まれるといいですね。最後に、吉田さんにとって「角打ち」とは。

吉田氏 かけがえのない“居場所”です。ここに来れば顔なじみや初めましての人、お久しぶりの人がごちゃ混ぜになって、おいしい食や酒、会話を楽しめる。北九州に何十年も根付いている、本当に守るべき文化だと思っています。ぜひ、北九州の角打ちに遊びに来てください。

text & edit by Tomomi Tamura / photographs by Shogo Higashino

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