【Honda出身 板井亮佑】スーパーカブに魅せられたエンジニア、海の衛星ネットワークに挑む

大久保敬太

『鳥人間コンテスト』で空を飛び、『魔改造の夜』では掃除ロボットの幅跳び競技に熱狂。 板井亮佑さんは、生粋のエンジニアだ。 ものづくりの神様・本田宗一郎に憧れて本田技研工業(以下、略称)へ入社。 研究開発に明け暮れた板井さんは現在、自身の研究シーズの新規事業に挑んでいる。 目指すは、海の見える化。 数年後、日本の、世界の海の景色が変わるかもしれない──「UMIAILE」の起業ストーリーを追う。

板井亮佑

株式会社UMIAILE 代表取締役CEO

2015年、本田技研工業株式会社入社。約10年にわたり研究開発に従事。社内新規事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」への応募をきっかけに、2025年に株式会社UMIAILEを創業。

大久保敬太(インタビュアー)

Ambitions 編集長


UMIAILE

独自に開発した自律航行型の無人船(ASV=Autonomous Surface Vehicle)で、海底地殻変動や海洋生態系などのデータを収集し、「海の見える化」を実現する。2025年に会社設立。2035年までに数千艘のUMIAILEネットワーク構築を目指す。


バイクを分解し、鳥人間コンテストで空を飛ぶ。ものづくり一筋のエンジニア

大久保:本日はよろしくお願いします。板井さんは長年研究開発に従事されてきたとお伺いしました。もともと工学畑のキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

板井:子どもの頃から工作が好きで、学生時代は中古のボロボロのバイクを買ってきて自分で修理して、それで各地を旅したりしていましたね。

進学は高専でしたが、その後大学へ編入。学生時代は『鳥人間コンテスト』にも出ました。

大久保:すごい、設計側ですか?

板井:設計も、製作も、パイロットも全部です。その時はめちゃくちゃ風が強くて、結果は「競技不成立」となりましたが、それでも200mくらいは飛びました。

大久保:ものづくりが好きで、Hondaに入社されたのでしょうか?

板井:ええ、Hondaのものづくりが好きでした。でも、バイクをつくりたいというよりは、本田宗一郎がスーパーカブをつくったように、それまでなかった新しいものをつくってみたい。それが僕の夢であり、入社動機です。

入社から10年、量産品の領域ではなく、世に出る前の研究開発に取り組みました。新技術の製品化は「1000に3つ」と言われますが、まさにその世界です。特にロボット関係のプロジェクトが多かったです。

「机の下」から生まれた、小型・高速ボートのアイデア

大久保:UMIAILEについて、事業構想のきっかけを教えてください。

板井:最初から事業にしようと思っていたわけではなく、自分の興味の研究でした。

本業とは別の、まあ自己研鑽のような活動です。

社員の間では「机の下」という言い方をしますが、非公式の研究を皆やっているんです。もちろん、Hondaの成長に資することがベースにあります。

そこで、僕が個人的なテーマとして研究していたのが、UMIAILEの原型となった小型の船です。

提供:UMIAILE

板井:全長は3mほどです。下に水中翼があるのがキモで、揚力を使って船体を浮かせることで、結構速く走れるんですね。

最初は、サーフィンみたいに乗ったら楽しいんじゃないかと思って研究していました。

大久保:そこから、社内の新事業開発プログラム「IGNITION」への応募を決めます。理由は何でしょう?

板井:僕は、世の中の新しい乗り物やサービスをつくりたいと思い、10年間研究開発を続けてきました。もちろん研究開発も大切ですが、そこで終わらせたくないという気持ちもずっと抱いていました。

新しい事業を実現しようとすると、研究以外の、例えば経営やビジネスの視点が必要になります。

10年間研究開発に携わってきことで、開発者として車やバイクの新しい製品を提案することはできるようになったかもしれません。しかし社会に対して新しい価値を提案するには、全然ビジネスのスキルが足りない。

「IGNITION」というプログラムは、ただ事業アイデアで終わるのではなく、自ら投資家に提案して資金調達し、Hondaから独立した会社として活動する仕組みです。ここで揉まれて、ビジネスのスキルを得たいと考えて応募しました。

【探索①】乗用船から無人船へ

大久保:スピードの出る乗用ボートとして生まれたアイデアですが、UMIAILEは無人船です。

板井:ええ、そこは結構初期に見直しました。

僕が研究していた技術は、要は効率よく水の上を移動する技術です。この特徴を活かすと、例えば太陽光を使ってエネルギーを自給自足しながら、数カ月ずっと海の上で活動することもできるようになります。

板井:この方向だと、事業としての価値がありそうだと。しかしそうなると「人が乗る」ということへの不具合が生まれます。安全性の担保はもちろん、有人だと食糧や生活できる設備が必要ですし、頻繁に陸に戻る必要も出てきます。

それならば、小型の無人船をたくさんつくって、海にばら撒いた方がいいんじゃないかと。

このアイデアで事業案を考えたところ、審査に合格し、事業化を進めることになりました。

【探索②】魚群探査から、海のインフラへ

大久保:無人の小型船構想は、具体的にどのようなビジネスにつながるのでしょうか。

板井:無人船が海を自律航行することで、海中のさまざまなデータを得ることができます。

実は、海の中のことは、わかっていないことが多いんですよ。

衛星を使って宇宙から見ようとしても、水は電波を通さないため浅い部分しかわからない。

深く調べようとすると、「音」を使うことになるのですが、ソナーなど一定の装備を積む必要があるため、これまでは有人の船で行われていました。すると、先ほどの安全性やコストの課題がでてきます。

小型の無人船で、いつでも海中を観測できるようになると、できることは広がりますよね。

この技術をどの領域で活用できるか──事業の検証期間は、活用領域を探しては実際にニーズがあるかを検証する、その繰り返しでした。

板井:例えば、漁業向けに展開してはどうだろう、と。魚群探査です。

しかし、実際に漁師さん向けに商品化しようとすると、ASV は非常に高額になりますし、定期的なメンテナンスも必要です。魚群データに価値があるとしても、これを漁師の皆さんが個人で購入することは難しい。

そこで、BtoCの販売では実現が難しいことがわかりました。

大久保:となると、狙いはBtoBになるのでしょうか?

板井:BtoG、国や行政です。複数あるのですが、まずは海底地殻変動観測。地震の発生メカニズムの解明につながる研究に活かすことができます。

また、日本は世界でも6番目に多くの海(領海・排他的経済水域を合わせた海洋面積)を持っている海洋国家です。領海の安全保障のためにも利用できると考えています。

大久保:確かに、危険な場所に有人船を配置するのはリスクでも、無人であれば可能ですね。

10年後、日本の海の景色が変わる

大久保:2025年に創業したUMIAILE、今後の目標を教えてください。

板井:2035年、10年後までに、日本の海に数千隻の船を配置し、常に日本中の海中情報を活用できるようにすることです。

大久保:それは、具体的には程度の密度ですか?

板井:数キロごとに1隻です。どこにいても、目視で1隻は見えるような状態になります。

大久保:海の景色に新しい存在が生まれるのですね。

板井:これまでHondaは、乗り物やサービスを開発し、販売する事業を行っていました。しかし、UMIAILEの領域では、一つひとつの船を売っていく方法では効率が悪いと見ています。

無人・長時間運行可能な船は、メンテナンスや管理の工数も大きいもの。海には海賊もいますし、不慮のロストもありえます。

数千の船の管理やメンテナンスまでを僕たちが一括で行い、膨大な海のデータをサブスクリプションなどで提供していく方がいいでしょう。

そうなると、当初考えていた「漁業」での活用もできます。

まずは国の重要課題からはじめて「海のインフラ」を築き、そこで得たデータを、さまざまな領域に広げていきます。

大久保:最終ゴールがインフラではなく、まずインフラ化して、そこでさまざまなデータ提供サービスを展開していくのですね。

ちなみに、「リスク」はあるのでしょうか? 嵐の中で沈没してしまう、など。

板井:この船は、大きな波でひっくり返っても戻るように設計しています。そのため、台風の中でも運行し、その時の海中データを得ることができます。

もっとも怖いのはロストですが、言ってみればそのくらいのコストで済むということです。有人船のリスクよりはずっと低いでしょう。

今は日本を中心に話していますが、海は繋がっているので世界中どこでも利用できます。

どんな場所でも、環境下でも、安全に利用して、価値を生みます。

大久保:海の「スーパーカブ」のようですね。

板井:はい。僕はやっぱり、スーパーカブが好きなんですよ。

耐久性があって、使いやすくて、安くて量産できて、世界中の人々の暮らしや仕事の役にたっている。本当に大発明だと思うんですね。それと同じことを「海のデータ」という領域でやりたいんです。

会社員から、起業家へ──。最大の変化は、チーム

大久保:Hondaの「IGNITION」は、社内起業の制度の中でも、VCから資金調達をして会社をつくるという、特徴のあるプログラムです。投資家とのコミュニケーションなど、これまでのエンジニアのキャリアとは異なる活動が増えたと思います。

改めて、社内起業を振り返っての感想を教えてください。

板井:UMIAILEの事業を形にするには、何よりも自分自身のジャンプアップが必要だったと思います。

趣味の延長の軽い気持ちからスタートしましたが、投資家の方にプレゼンして、投資を得るという経験の中で、自分が責任を持って経営するんだという覚悟が決まっていったように思います。

現在も、出資頂いているインキュベイトファンドやUntroDの皆様とは週次で打ち合わせを重ねています。そのスピード感で事業を進めることができるのは大きいと感じています。

板井:もうひとつ、この事業案を立ち上げてから今まで、どんどん仲間が増えています。

会社設立にあたっては、かつて一緒に『魔改造の夜』に出演した海野暁央さんがCTOに、「IGNITION」の運営事務局だった中島亮平さんがCOOになってくれました。

大久保:新規事業プログラムの経験者が、その後事務局を担当されるケースはよく聞きますが、その逆があるのですね。

板井:前代未聞らしいです(笑)。2025年1月に創業して1年、今では10名ほどの会社になっています。来月にも数名入社予定ですので、今年は20人くらいの規模にしていきたいと思っています。

しかも入ってくれる人たちは皆、各領域で僕よりも優秀なプロフェッショナルばかり。本当に心強いですし、これは会社という形でなければ、得られなかったものだと思います。


編集後記

本シリーズでは珍しい、エンジニア畑社内起業家の板井さん。

物売りではなく、海上ドローンプラットフォームを築き、そこからデータビジネスを展開する、という戦略。その入口を国防と定めており、現在法制度の整備から取り組まれています。

「発明」というと、ピカピカの最新の技術をイメージしますが、実際に社会実装されるのは、タフで量産、安価の「スーパーカブ」の存在です。UMIAILEが、海の当たり前の光景になる未来を楽しみにしています。

photographs by Kohta Nunokawa

#イノベーション#新規事業

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