
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「残念だが、メロディーアシストへの10億円の投資は、考え直させて欲しい。」
社長室の重苦しい空気の中、社長の言葉が冷酷に響き渡った。
「社長! 私たちは、何も悪いことはしていません!」
増井は、真っ直ぐ社長の目を見据え、強い口調で訴えた。
数日前から巻き起こったネット上の炎上騒ぎは、収束するどころか激しさを増していた。メディアもこの騒動を大きく取り上げ、富士山電機工業の企業イメージは大きく失墜。株価も下落し、株主からの批判も殺到していた。
事態を重く見た経営陣は、緊急役員会議を開催。その結果、増井の父親の横領疑惑と、メロディーアシストの技術的危険性に関する噂の真相を究明するため、社内調査委員会が設置されることになった。
調査委員会のメンバーは、コンプライアンス部門長、法務部長、人事部長、そして、社外からは弁護士と公認会計士が招かれた。彼らは、増井とメロディーライフのメンバーに対して、厳しい追及を行った。
「増井君、君の父親は、本当に横領で会社を追放されたのかね?」
「メロディーアシストの安全性については、本当に問題ないのかね?」
「グローバルコネクトとの契約に際して、不正はなかったのかね?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問攻めに、増井は必死に反論した。
「私の父は、無実です! 会社から濡れ衣を着せられたのです!」
「メロディーアシストは、安全な装置です! 私たちは、あらゆるテストを行い、その安全性を確認しています!」
「グローバルコネクトとの契約は、正当な手続きを経て締結されたものです!」
しかし、調査委員会のメンバーたちは、増井の言葉を信じようとはしなかった。
「増井君、証拠はあるのかね? 口先だけで、我々を納得させられると思っているのか?」
「君の父親の事件について、本当に無罪なら失脚するはずがないだろう」
「グローバルコネクトとの契約内容にも、不審な点が多い。君が、何かを隠している可能性は否定できない。」
調査委員会のメンバーたちは、増井を犯人扱いし、執拗に追及した。
「増井君、君はまだ若い。素直に自分の罪を認めた方が、身のためだぞ。」
コンプライアンス部門長は、増井にそう耳打ちした。それは、まるで彼を脅迫しているようだった。増井は、絶望的な気持ちになった。彼は、真実を語っているにも関わらず誰も信じてくれない。
「増井君、君は深く反省し、自らプロジェクトを降りるように!」
社長は、冷酷な表情でそう言い放った。
「社長! 私は!」
増井は、まだ何か言おうとした。しかし、石井が彼の肩を掴み、静かに言った。
「増井君、もう、いい…」
石井は、増井の無実を信じていた。しかし、彼は、今の状況では増井を守ることができないことを悟っていた。
(すまない、増井君…)
石井は、心の中で、そう呟いた。
「石井君、君にも、責任があるぞ。」
社長は、石井に、厳しい視線を向けた。
「君が、あの若者を推薦したからこんな事態になったのだ。」
「君には、事務局長としての責任を取ってもらい、降格処分とする。」
社長の言葉に、石井は何も言えなかった。彼は、増井を守ることができなかっただけでなく自らの立場も失ってしまった。
「新規事業コンテストなんてやったからだ!」
「既存事業に集中していれば、こんなことには…」
会場からは、手のひら返したように、既存事業の部門長たちの声が上がった。彼らは、この騒動をきっかけに石井と新規事業部門を排除しようと画策していた。