
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
オフィス全体に重苦しい空気が漂っていた。富士山電機工業の新経営陣による大規模な組織改革は、容赦なく進行していた。個人情報漏洩事件の責任追及は徹底的に行われ、多くの社員が処分を受けた。そして、その嵐は、ついに増井たちのチーム「メロディーライフ」にも襲いかかった。
「新経営陣による事業見直しの結果、新規事業コンテストは、即時中止。各プロジェクトはすべて凍結となります。」
人事部長の言葉は、まるで氷柱のようにメロディーライフのオフィスに突き刺さった。増井、有田、鈴木、森本、五十嵐、そして石井と本条。彼らの顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。
「そんな!」
有田は、言葉を失った。グローバルコネクトとの提携交渉も最終段階に差し掛かり、量産化に向けた準備も着々と進めていた矢先の出来事だった。
「一体、どうして…?」
鈴木は、涙をこらえながら、そう呟いた。彼女は、増井の父親の無実を信じ、プロジェクトの成功を誰よりも強く願っていた。それなのに、なぜ、こんなにも理不尽な仕打ちを受けなければならないのか。
「今までやってきたことは、一体…」
五十嵐は、肩を落とし、力なく呟いた。北山製作所の再建、そして、自分自身の技術者としての再起を賭けて、彼はこのプロジェクトに心血を注いできた。それなのに、すべてが水の泡と化してしまった。
「西園寺先生にはなんて説明すれば…」
森本は顔を覆い、嗚咽を漏らした。彼女は、西園寺先生のピアノを弾きたいという夢を叶えるため必死に努力してきた。しかし、その夢は無情にも打ち砕かれた。
増井は、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼の心は、怒り、悲しみ、そして、深い絶望感で満たされていた。彼は、父親の無念を晴らすため、西園寺先生の夢を叶えるため、そして仲間たちと築き上げてきた希望を守るため、必死に戦ってきた。しかし、巨大な組織の論理、そして権力闘争の渦の前では、彼らの努力はあまりにも無力だった。
「こんな、こんなの、おかしい…!」
増井は、絞り出すような声でそう呟いた。彼の言葉は誰にも届くことなく虚しくオフィスに響き渡った。どれだけ事業や顧客に向き合って製品を作り上げても、大きな権力の前では無力であることを彼らは痛感した。夢、希望、情熱。それらは、すべて、無情にも踏みにじられた。
メロディーライフのオフィスは静寂と絶望感に支配されていた。それは、まるで嵐が去った後の荒涼とした風景のようだった。