産婦人科医が立ち上げた病児保育ネット予約サービス「あずかるこちゃん」。グッドバトン・園田正樹

Ambitions FUKUOKA編集部

九州を拠点に活動するビジネスリーダーを迎える、CROSS FMとAmbitions FUKUOKAによる共同インタビューシリーズ。 今回ゲストは、株式会社グッドバトン代表取締役CEOの園田正樹氏。 産婦人科医として15年の経験を持つ園田氏は、「子育てに、より多くの選択肢を持てるように」をミッションに掲げて2017年に起業。病児保育ネット予約サービス支援システム「あずかるこちゃん」を展開している。 病児保育の現状を踏まえながら、園田氏が「あずかるこちゃん」にこめた思いを聞いた。

※3/4(月)にCROSS FMで放送されたラジオインタビューを基に作成しています。


ゲスト:園田正樹 株式会社グッドバトン 代表取締役CEO

聞き手:田中智恵 Ambitions FUKUOKA 副編集長 / 大出整 株式会社CROSS FM代表取締役社長

病児保育と保護者をデジタルの力でつなげる

田中 まず、園田さんが取り組んでいるテーマ「病児保育」についてお教えください。

園田 「病児保育」とは、子どもが体調を崩したときに、病院・保育所などの施設で一時的に保育するサービスを指します。子どもの急な発熱で保育園に預けられない、しかし急に仕事を休むこともできない、という悩みを解消してくれます。

田中 共働き家庭の多い現代では、とても大切なサービスですね。

園田 働く親にとっては重宝されるはずの病児保育ですが、実は利用率がそこまで高くないんです。理由は、利用者と病児保育の施設の双方がうまくつながれていないことだと考えています。

まず利用者から見ると、現在病児保育に対応している多くの施設は受付が「電話」のみなんです。急な子どもの発熱、仕事前の忙しい朝、なかなか電話がつながらない、やっとつながっても受け入れの空きがなく、別の施設を探してまた電話する……。このように、利用のハードルが高いのが現状です。

一方、病児保育の施設側にも課題があります。病児を預かるには1人当たり10分近く時間をかけて丁寧に問診します。どれだけ急いでも1時間に対応できるのは6人。医師やスタッフの人材不足が叫ばれる中、常に電話対応するほどの余裕はありません。

ようやく利用者と施設側が会話し、病児を受け入れられる準備が整った頃には、子どもを看てくれる親戚が見つかったり、仕事が調整できていたりと、別の解決策を選ぶケースが多くなります。病児保育は今の時代に必要なサービスでありながら、利用者と施設のマッチングが難しいのです。

田中 それを解決するために園田さんがつくられたのが、利用者と病児保育の施設をマッチングする「あずかるこちゃん」なのですね。

園田 
「あずかるこちゃん」は、利用者と病児保育施設をスムーズにつなげるネット予約サービスです。スマホだけで24時間いつでも近くの病児保育施設とマッチングし、利用申請できます。

予約方法は簡単で、マップから近隣の病児保育施設を検索し、個人情報や診察結果などをスマホで入力して送信するだけです。「空きのある施設を探すことが大変」「電話がつながらない」などの課題をクリアにしました。

また施設側も、受け入れに必要な子どもの情報を専用サイトから確認できるため、問診にかけていた時間を削減し、問診漏れやスタッフの連携不足を解消。予約対応業務の工数を削減し、本来の病児ケア業務に集中することができます。

サービス4年目を迎えた現在は、福岡県内では13施設、全国でおよそ200施設に導入いただいています。

「あずかるこちゃんはお守り」病児保育を子育ての選択肢に

大出 実は「病児保育」という言葉を今回初めて聞きました。病児保育の認知度の低さから利用率がなかなか上がらない、という背景もあるのでしょうか?

園田 
はい、そのような背景もあると思います。私が病児保育の利用率の低さに疑問を抱いたのは7年ほど前ですが、保護者へのヒアリングを重ねる中で、そもそも認知されていないことがわかったんです。

また、誤った理解も利用の阻害原因の一つです。病児保育施設では、感染症にかかった子どもは、二次感染を防ぐために部屋を分けて保育します。しかしそれが伝わっておらず「ただの風邪で預けたのに、インフルエンザをもらったらどうしよう」と心配し、利用を控えるケースがあるのです。病児保育がどのようなサービスか、地道に、正しく伝えて知ってもらうことも、利用率を上げるために必要なことだと思います。

田中 「あずかるこちゃん」の利用者数や導入施設数は、徐々に増えていると伺いました。実際に利用者さまからは、どのような声が届いていますか?

園田 印象に残っているのは、「『あずかるこちゃん』をお守りだと思っています」という言葉です。24時間いつでも病児保育にアクセスできる安心感があるため、「いつ風邪をひくかわからない」「仕事をどうしよう」という不安な気持ちから解放されるそうです。

それによって「子どもが健康なときも、さらに安心して仕事に集中できています」という、うれしい言葉もいただきました。

園田 まだまだ日本には、「体調不良の子どもを預けるなんてかわいそう」「仕事を休んででも保護者が看病するべきだ」という風潮が強く残っています。

もちろん、保護者が自分で子どもを看たいという気持ちは尊重すべきです。しかし、子どもの体調不良から欠勤せざるをえないことを理由に、勤務する会社で適切に評価されなかったり、重要なプロジェクトを任されなくなったりと不当な扱いを受けるケースがあることも事実。これは、おかしいですよね。

「あずかるこちゃん」は、子どもの人生と同じくらい、保護者の皆さまご自身の人生も大切にしてほしい、という思いでスタートさせました。だからこそ、「あずかるこちゃん」を安心材料に、仕事に打ち込める方が増えているのはうれしいです。

「産む」に携わる医師から「育てる」を支援する起業家へ

大出 ここまで事業のお話を聞いてきましたが、園田さんご自身のご経歴についてお伺いしたいです。産婦人科医を志したきっかけは何でしょうか。

園田 自分の人生に影響を与えた大きなできごとは、学生時代の恩師との出会いと、同級生や祖父の死にあります。そこから子どもたちの人生に貢献できる仕事に就きたいと考えるようになりました。

中でも産婦人科医を選んだ理由は、お産という、ゼロからとんでもなく大きなプラスが生まれる瞬間に携われる仕事だからです。赤ちゃんが「オギャー」と泣いた瞬間、温かい空間が広がり、「おめでとう」と言い合う、何度立ち会っても本当に素敵な場所だと思います。

園田 一方で妊娠・出産には大きなリスクが伴います。残念ながらお母さんや赤ちゃんが亡くなってしまったり、後遺症が残ってしまったりすることもあります。医師の判断が一つでも違えばお母さんや赤ちゃんだけでなく、家族のその後の人生を変えてしまうかもしれません。

責任の重い仕事ですが、その分やりがいも大きいと考えて産婦人科医を選択しました。

田中 本当に、尊いお仕事だと思います。そこから起業家になられた経緯は何でしょうか。

園田 大学院で学んだ公衆衛生の根幹は「社会の仕組みにアプローチして、社会全体を健康にすること」、つまり病院の外で病気にならない仕組みをつくることです。

公衆衛生の観点で産婦人科医の自分にできることを模索し、産後のお母さんにお話を聞いて回った時期がありました。産婦人科医の仕事は「産む」をサポートすることですが、お話のなかで「育てる」フェーズにも多くの課題があることがわかり、その解決策のひとつに病児保育があると知り、同時に課題があることを知りました。

であれば、私が解決するしかない。安心して子育てできる選択肢を少しでも増やすためには起業が最も近道だと考えて、事業をスタートさせました。

「社会で子育て」新たな価値観を育てたい

田中 株式会社グッドバトンの今後の展望を教えてください。

園田 今の日本の病児保育の課題解決はもちろんですが、子育て支援に貢献したい、という思いで創業しました。将来的には、私たちの事業を子育て支援の総合プラットフォームへと成長させたいですね。

例えば、産まれたばかりの子どもの世話で眠れない日々を送るお母さんが休める場所を提供する産後ケア事業や、一時保育に学童保育など、必要とする人に届けられていない事業はまだまだあるはずです。子育ての課題に対して、第二、第三の事業を創造し、サービスと必要とする人同士がつながる手段を創っていきたいです。

田中 最後に、「未来の子育ての形」と真摯に向き合い続ける、園田さんのAmbition(野心)を教えてください。

園田 「家族で子育てする」という考え方に、パラダイムシフトを起こすことです。私の娘は1歳半ですが、子育てと仕事の両立は本当に大変だと日々実感していて、「皆どうしているのだろう?」と、不思議なほどです。

経済的な困難やキャリアの断絶に不安を抱えたまま、子どもを産み、育てようとはなかなか思えませんものですよね。

それを根本から変えていくため、「家族だけでなく、社会で一緒に子育てをしていくから、安心してね」と、いえる社会の仕組みづくりに取り組んでいきたいです。環境が変われば、自分のなかの当たり前もいつの間にか変わっているもの。すべての人の選択肢のひとつに、当たり前に病児保育がある世の中を実現したいです。

text & photographs  by Ryoya Sonoda  / edit by Keita Okubo

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100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。