
家族全員公務員──『税金ドロボウ』と言われてきました。
なぜ、必要な仕事なのにこんなに嫌われるんだろう?
親子三代、公務員。自身も愛知県庁へ入庁し、自治体職員となった石川真之さん。トップ直下で新プロジェクトを切り拓き、官民連携の大規模コンソーシアムの立ち上げに奔走。しかし、順風満帆なキャリアの中、石川さんは公務員のキャリアに終止符を打つ。彼が見た、行政イノベーションの現実とは。
社内起業家インタビューシリーズ、今回は行政イントラプレナーに迫る。

石川真之
株式会社アルファドライブ 地域共創事業部(AlphaDrive REGION) プロジェクト統括マネージャー
愛知県豊田市出身。名古屋大学経済学部卒。新卒で愛知県庁に入庁後、地方創生の分野でトップダウン型の新規事業立案を複数経験。2023年には、超高齢社会の課題解決に向けた大規模プロジェクトの立ち上げメンバーとして参画し、プロジェクトの推進母体となるコンソーシアムの立ち上げを中核で担う。⼤企業、スタートアップ、⾏政等のオープンイノベーションを主導し、複数の新規プロジェクトの⽴ち上げを⽀援。2025年にAlphaDriveへ参画。

大久保敬太(聞き手)
Ambitions編集長
うちは税金ドロボウ? エリート公務員一家の原体験
大久保:今回は元・愛知県庁職員の石川真之さんへインタビューを行います。新規プロジェクトや、オープンイノベーションプログラムの立ち上げを主導されてきた「行政イントラプレナー」です。
石川さんはご両親も公務員と伺いました。
石川:正確にお伝えすると、少なくとも祖父の代から、ほぼほぼ公務員です。
それも国税の仕事なんですよ。祖父も、父も母も、もっというと叔父も。さらに僕には妹がいるのですが、妹も国税局職員です。
祖父は、法人の税金徴収を担当する国税専門官、「マルサ」って知っていますか?

大久保:昔、『マルサの女』という映画がありましたね。
石川:そう。税金で悪いことをしている奴らを摘発する仕事です。公務員一家といっても、僕だけが行政職員という感じですね。
大久保:家庭内の会話も、公務員に関するものが多くなるのでしょうか?
石川:逆に、仕事以外では話さないんですよ。特に税金関連の仕事は、世の中から敵視されやすいものです。
職業はできるだけ隠し、名乗らなければいけないときも、最低限「公務員」としか言わない。子どもの頃から目にしていたので、「公務員は外で名乗ってはいけない」という、謎のアイデンティティーがあるんです。
大久保:実際、バッシングなどはあったのですか?
石川:ありました。特に「ボーナス」の時期のことを覚えています。
6月と12月という世間のボーナス時期になると、ニュースで企業や自治体の賞与額が報道されるじゃないですか。番組の中で、必ずといっていいほど「公務員はなぜこれほどボーナスを貰えるのか」という話題になるんですよ。特に、昔はその傾向が強かった。
当時、テレビを見ていた親が「公務員もがんばっているのに……」と漏らしていたのが、今も記憶に残っています。

公務員が嫌われる理由
大久保:なぜ、公務員は叩かれると思いますか?
石川:なんだろうな……叩かれても仕方ない部分もあるんですよ。行政がいつも最高のアウトプットができているかといえば、疑問が残ります。
ただ、ひとつの側面だけを見て公務員全体がそう見えてしまっているというのも感じます。
大久保:僕もそうですが、一般の人からすると、「公務員」は役所などで対面する方々ですよね。そこでのイメージが、全公務員のように見られてしまう、と。
石川:行政の機能は、特に税の観点で言うと2つあります。ひとつは富の再分配による平準化。これは定常的な行政サービスです。
もうひとつは、集めた富を将来に投資するという、都市経営の機能。この部分は外からは見えないのですが、経営がなければ都市は発展できません。
考えれば考えるほど、行政の仕事は必要なんですよ。でも、叩かれる。これは、自分がずっと向き合ってきたテーマでもあります。

知事特命チーム、垂直型プロジェクトに邁進
大久保:しかし、石川さんは大学卒業後に愛知県庁へ入庁します。
石川:自分でもびっくりしていますが、民間企業は一社も受けませんでした。公務員に対して思いがあったというよりかは、「公務員の中でどう生きるか」という選択肢しか持っていなかったように思います。家族の影響でしょうか、今考えても不思議です。
大久保:実際に入ってみて、いかがでしたか?
石川:最初の3年は、正直退屈でした。配属先が山奥の県立学校の事務だったんですよ。ほら、学校の卒業アルバムを見ると、先生ではない人が数人載っているじゃないですか、あの一人です。
新卒でこれから何かをしようという若手に、それとは真逆の、ゆったりした事務。向いていませんでしたし、「どうせ働くなら、ちゃんと何かをやりたい」と、キャリアの覚悟のようなものを持った時期でした。
大久保:その後、愛知県庁へ異動。ここから行政イントラプレナーとしての活動が加速します。
石川:主に地方創生の分野を担当しました。
知事にかなり近い所属で、ある日突然、プロジェクトが立ち上がるんですよ。例えば、「メルカリと何かをやる」と。
そして、その「何か」を実際につくるのが僕たちの仕事。
大久保:愛知県とメルカリは包括協定を締結しています。その裏側に石川さんがいらっしゃったのですね。
※1 「愛知県と株式会社メルカリとの連携・協力に関する包括協定」2023年6月
石川:行政の不用品をメルカリで売買するプロジェクトの実装を進めたり、県内の農業学校の生徒がつくった商品を販売したり、実行のためのさまざまな業務を担いました。
当時は複数の官民連携を実行しましたが、いかに事業と県民のメリットを組み合わせて「意味付け」をしていくかがポイントでした。

大久保:事業に「意味付け」という作業が発生するのですね。
石川:ええ、僕は大事にしていました。というのも、意味のない協定を結ぶの、イヤなんですよ。とっかかりはトップダウンでも、それが目的になってはいけない。やるからには県にとって意味のある仕事にしたいし、民間企業と行うなら双方win-winでなければいけない。
大久保:そういう考えの方は、周囲に多かったのですか?
石川:人によると思います。愛知県庁で仕事をして感じたのは、優秀な人が本当に多いということです。その一方で、優秀な人が、僕から見たらどうでもいい仕事に、優秀さを使っているというのもありました。
例えば「他の部署に仕事を振るためのロジックをつくる天才」のような人がいるんですよ。優秀だけど、その仕事は、県民のためにならない。
僕は少なくとも、どんな意味を持って仕事をするかをモチベーションにしていました。
公務員キャリア最大の挑戦
官民連携で挑む、地域課題解決のオープンイノベーション
大久保:その後、オープンイノベーションのプログラム構築に取り組みます。愛知はSTATION Aiを中心にさまざまなプレーヤーが集まり、共創の勢いを感じます。
石川:前提にあるのは、「人口減少を受け入れなければいけない」という事実です。このグラフを見たことがありますか?

出典:「国土形成計画(全国計画)関連データ集」(国土交通省)
大久保:日本の総人口の長期的推移。これによると、明治維新以降に爆発的に人口が増加し、これからかつての人口(4,000〜5,000万)に戻ります。
石川:初めて見たときは、結構衝撃でした。基本的に、地方創生は人口問題とセットで語られるものです。そのため、地方創生の議論の最初のKGIは、人口増加だったんです。
しかし、このグラフが示すように、もう確実に減るんですよ。だからこそ、減少を前提とした上で、いかに緩やかにするか、そして社会システムをどう変えていくのかが、建設的なんじゃないかと考えています。
人口が減る、高齢化が進む。2040年には団塊ジュニア世代が高齢者になり、介護をはじめとする社会課題が問題になる。
人口減少時代の解を、官民共創で創りにいく。そのために立ち上げたのが「あいちデジタルヘルスプロジェクト」です。かなりでかめのプロジェクトです。自分の持っていた課題意識とニアリーイコールでしたし、思いを持って取り組みました。

石川:「あいちデジタルヘルスプロジェクト」は、STATION Aiを中核とするスタートアップと、大企業をはじめとする事業者、大学・研究機関を掛け合わせてn対nの共創を行い、そこから超高齢化社会における社会課題を解決する事業を数多く立ち上げるというものです。
行政職員として、エコシステムの全体像を描き、多くの企業を巻き込む。コンソーシアムを組成しプログラムが進むようにして、事業が生まれてくる環境を整える。これには、結構コミットできていた気がしています。実際、80団体の規模にまで拡大しました。
大久保:オープンイノベーションの手応えを得た、と。
石川:しかし、です。そこから事業を創ることが、めっちゃ難ったんです。
戦略は描いた、しかし事業は立ち上がらない
「失敗できない」行政の恐怖
石川:コンソーシアム自体は活性的でしたし、いろいろなアイデアも生まれました。
しかし、そこから事業が立ち上がるかと言うと……うまくいかないんです。いろいろ試したんですよ。新規事業に関する本を何冊も読んで、ステージゲートという仕組みも組み込んでみた。しかし、機能しない。
行政の役割は、仕組みづくりと機運醸成。でも僕らは、ただ行政の理論で、既存の手法をこねくり回しているだけ。今の時代、今の状況に適した支援が、全然できなかった。
──結局、「事業」というものがどのように生まれていくか、解像度が全然足りていなかったんです。一つひとつの事業に向き合う力もない。行政職員の限界を、まざまざと思い知った瞬間でした。

大久保:そのプロジェクトは、撤退するのですか?
石川:それでいうと、行政は撤退が難しいのです。
ある時、察するんですよ。自分がつくってきた仕組みは、このままではダメだと。すぐに方向転換しなければいけない。事業開発の理解を深め、その上で戦略を書き直さなければいけない。そうでなければ「意味のない」仕事を続けることになってしまう。
しかし、行政は一度始めたものを「失敗」とは言いづらいのです。それに、行政が旗をあげて企業を巻き込んでいる以上、急に止めることはできない。
大久保:巻き込んだ主体が、梯子を外すことはできない。
石川:本来、新規事業では「梯子を外す」仕組みがないとダメなんですよ。撤退ラインはそのためにあるのです。
「今の自分の能力では、解決できない」ことに気付かされ、新しい挑戦の必要性に気付かされたできごとでした。
──ここで、僕は愛知県庁を退職することに決めました。
一点補足すると、僕が抜けたあと、このプロジェクトはやり方を見直しながら、今も少しずつ前に進んでいます。困難な現状に立ち向かう、元同僚や上司を僕は本当に尊敬しています。
机上から、現場へ──「行政の新規事業の実践論」を発明する
大久保: 2025年、AlphaDriveREGIONに参画。民間という立場で、行政の新規事業開発支援やオープンイノベーションを支援しています。立場が変わったことで、発見はありましたか?

石川:「雰囲気のいい計画」では、事業は生まれない。そう、強く感じることが増えました。
戦略を描き、根回しして、必要なプレーヤーを揃える。
雰囲気のよさげな絵に仕上がって、「うまくいくはず」と机上で満足するような計画は、実際にはうまくいかない。事業開発に触れれば触れるほど「そうだよな」、と納得しました。
大久保:「机上の空論」ということですね。
石川:結局、ひとつひとつ「地上戦」で勝っていかなければ絶対にうまくいかないんです。民間に移り、事業の手触りを得られたことは、大きな収穫です。
事業で勝つためには、「決定」と「予算」の権限が必要なんですよ。新規事業は何が正解かわからないため、小さく試して、そこで勝っていくべき。しかし、行政で事業開発しようとすると、現状のルール上、一気に予算をつけてガンッと立ち上げなければいけない。すると、撤退する難易度が高くなる。
行政の中にも、ボトムアップで何かを立ち上げようとする人たちはいます。でも、今のルールでは小規模な事業検証はやりづらく、人もお金もつきづらい。
実はこれって、AlphaDriveが行ってきた「大企業の新規事業開発」と同じ構造なんですよ。

石川:自治体から新しい政策が生まれないのは、大企業で新規事業が立ち上がらない理由と、ほぼほぼ一致しています。
アイデアの新規性を求めてしまう、最初から多額の予算がついてしまう、撤退できない──。
僕は行政時代に『新規事業の実践論』(※2)を読んで以降、これらの課題を仮説ベースで考えていましたが、今ではそれが確信に変わりました。行政で新規事業(政策)を生むには、まずは仕組みをつくるべきだ、と。
※2 AlphaDrive CEO麻生要一の著書
大久保:行政は企業以上に「仕組み」「ルール」の変更が難しい印象です。「行政の新規事業の実践論」が実装可能とお考えですか?
石川:めっちゃ大変だと思います。だけど、変えなきゃいけない。
大企業は変わりましたよね。2018年頃までは「大企業から新規事業は生まれない」と言われていました。だけど現在、仕組みが実装されて、大企業から続々と新規事業が生まれるようになってきているじゃないですか。
予算のつくり方も、議会の通り方も、ハードルとなるものに対して、ひとつひとつルールをつくっていく。
これは、誰かがやらなければ、できないことです。
だからこそ、僕は、意志をもって取り組みたい。

行政の新規事業、本場と現場の風景
大久保:現在、具体的な動きは始まっているのでしょうか。
石川:僕の仮説が本当に合っているのか、自治体職員の方へヒアリングを進めているフェーズです。
行政が変わるには、どこから着手するべきか。理念浸透か、職員研修か、探りながらも、できることを共に進めています。
大久保:先ほど話されていた「撤退できない」問題を考えると、小さな部分から始めることになるのですね。
石川:まずはひとつ、結果をつくる。口だけでなくやりきれるかどうかが、僕のこれからの勝負だと思っています。
大久保:最後に、ご自身が所属していた「地方自治体」を外から見て、いかがですか?
石川:最近、とある自治体の地域企業の事業開発を支援していたのですが、長年プロジェクトを担当者が異動することとなり、その方が思いが溢れて会議室で泣き崩れていました。行政の「現場」とはどういうものか、その瞬間を改めて目にしました。
地域のために、思いを持ってがんばっている職員の方は、いるんです。
間違いなく、いる。
行政という素晴らしい現場。自分が職員時代に失敗したからこそ、支援者としても、当事者としても、強い思いで取り組んでいきたいです。

