日本経済の再成長の起爆剤となる大企業、その多くが抱えるのが「新規事業の創出」という課題だ。新規事業の立ち上げを担う「社内起業家」を、大企業はどう育成すればいいのか。どのように彼ら・彼女らが活躍する環境を整えればいいのか。 「『社内起業家』が真に活躍できる組織論とキャリア論」と題して繰り広げられたトークセッションの模様を、抜粋してお送りする。
家入一真
CAMPFIRE 創業者・連続起業家
藤田健司
三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部部長
麻生要一
AlphaDrive 代表取締役社長 兼 CEO / Ambitions代表取締役・発行人
林亜季(モデレーター)
Ambitions編集長
新規事業は所属する、すべての人が始められる仕事
麻生 「社内起業家が重要である理由」というのがトークセッションの主なテーマなのですが、これは自明だと思っています。「重要でないわけなかろう」と。なぜかというと、起業家と社内起業家がいなければ、企業は成長しないんです。
例えば僕はリクルートという会社で働いていましたが、直近の売上高はおよそ3兆4000億円に達していて、あらゆる領域で事業を展開しています。しかし創業者の江副浩正さんが自ら生み出したのは、リクナビの前身である就職情報関連の事業などの一部で、そのほかはリクルートに入社した社員が新たに事業を立ち上げているんです。多くの大企業は、同じように社内起業家が新規事業を起こして会社を成長させているわけで、その重要性は言わずもがなだと考えていますね。
家入さんは連続起業家ですが、自分の創業した会社を成長させるための社内起業家の育成について、どのように考えていますか。
家入 最初に創業したpaperboy&co.(現GMOペパボ)という会社では、立ち上げて間もない頃から「お産合宿」という新規事業を生むための合宿を年に1回やっていました。「ロリポップ!」というレンタルサーバーや「カラーミーショップ」というECサイトをつくるサービスなど、当時からさまざまな事業を手がけていたのですが、クリエイティブな会社だと対外的に打ち出していたこともあって、エンジニアやデザイナーといった一部の職種に光が当たっていたんです。
しかし、サービスもそうですし会社の運営についても、ほかに経理や人事など、いろいろな職種の人たちが携わっていますよね。そういう人が「こういうサービスがおもしろそう」「こうしたら業務が効率化できるのに」とアイデアを持っていたりするわけです。そこで、1泊2日、2泊3日といった期間で職種関係なく誰でも参加できるようにして、そこで新規サービスや業務改善のアイデアをかたちにする合宿を開催していましたね。
麻生 新しい事業を生むのは、「新規事業」という職種があるわけではなく、その会社に所属しているすべての人が始められる仕事ですよね。採択されたらそのミッションを担うというだけで、スペシャリティがあるからできるわけではないですし。お産合宿の設計は見事ですね。
家入 僕の知らないところで勝手に事業が始まっていたりして、それをSNSを通じて知ると、テンションが上がります。最高に嬉しいですね(笑)。
麻生 企業に完成されたビジネスがあると、それを一生懸命やることで売り上げが伸びて成長するという、ある種の宗教みたいなものが強すぎるように思っていて。
現業をやりながら新しい事業で補完したり強化したりするから、新しい価値を提供できて会社全体としての価値も上がるのだと思うのですが、新しい事業をやること自体が不真面目だと思われたりしますよね。みんながやってきたことを変えずに引き続き一生懸命がんばってやるという美徳みたいなものが、新規事業を生み出す邪魔をしている気がします。
家入 ひとつは時間軸の差がありそうです。ビジョンやミッションを達成するために新規事業を立ち上げても、その実現には長い時間をかける必要がありますよね。場合によっては、赤字を出しながら取り組むものもある。片や既存事業のメンバーからすると、「自分たちが稼いでいる利益で何をやってくれてるんだ」と捉えられてしまうことも往々にしてありそうですね。
そういった意味で、トークテーマでも挙がっているように、やはり社内起業家は嫌われ者になったりするのかなと思ったのですが、藤田さんは社内で嫌われていますか。
「昨日と同じ明日がくることはない」
藤田 嫌われまくっていますね(笑)。なぜ嫌われるんだろうと自分でも考えるのですが、いくつか理由があると思っています。まずは、変化への抵抗。これは年齢に関係なく、若い人のほうがコンサバティブなケースもあります。「せっかく大企業に入ったのに、なんでスタートアップ向けにリスクのあるサービスをつくらないといけないんだ」と言われるので、「昨日と同じ明日がくることはない」と説得してますね。
ただ現状維持のバイアスというのがあって、同じことが続けば過去の経験をそのまま活かせますし、そのほうが楽だと思ってしまうのかなと。
林 物事を見る時間軸が異なったり、視座の高さが違ったりといった点にも理由がありそうですね。
藤田 「こういう見方がある」と教えていくことも大切ですね。もしくは、いつも接しているのとは別の人から言うようにしたり。そういう機会を提供していきながら、人を巻き込んでいく必要があると感じます。
林 新規事業に目覚めた人が外に活躍の場を求めて退職していくという議論もあるかと思いますが、藤田さんはその点についてどうお考えですか。
藤田 一昨年、三井住友海上ではアルムナイのグループを新たに立ち上げました。それに加えて、現在は「出戻り」を奨励していて、一度退職した人間も会社に在籍していた当時の給与ランクで再就職できるような制度を整えています。
かつては大企業を一度辞めるとキャリアが終わってしまったかのような時代もありましたが、いまでは武者修行のように外に出て、戻ってきたらどんどん新しいチャレンジをしてもらうという意識に会社も変わっていますね。
林 外で経験を積んだ人が魅力的だということですよね。
藤田 そういうことです。外で他流試合をやってから、そこで得たものを会社に戻って伝播していく。外の火を持ってきて中で延焼させていく。ほかにも、中にいながら外の会社で副業して、火種を持ってきて広げるようなケースも生まれています。いい流れだと思いますね。
林 大企業で社内起業家を活かすためにはどのような組織が必要か、という質問が(イベントの視聴者から)きています。新規事業を担当する独立した部署があるべきか、それとも各部に新規事業を考える人がいるべきかとのことですが、いかがでしょうか。
家入 大企業の新規事業担当だという若い方から、話を聞きたいと言われることがあります。「何かやらないといけなくて……」と言われるのですが、大変だなと思いますね。大企業に限りませんが、新規事業をつくるために自由にアイデアを出すというのは、罠だなと思うんです。自由って結局、何も生まれない。課題なのかミッションなのか、明確にしたうえでその実現のために何をやるべきなのかを考えないと、新規事業は生み出せないと思いますね。
柔軟な人事評価システムで中長期的な成果に評価を
藤田 自分がやりたいと思ったことには真剣になりますし、アイデアもいろいろ出すんですが、「新規事業をやれ」と突然言われた瞬間に、それが義務になってしまって逆にアイデアが湧かなくなることはありますよね。なので、「こういうことをやりたい」という人に「よし、わかった」と、人がやりたいことをベースに新規事業担当の独立した部署を運営していくのがいいと思います。
あとはトップダウンとボトムアップの両面が大切です。経営陣が事業の重要性を理解して、積極的に支援していることを社内に対して見せる。これによって全社的な支持を得られますし、新規事業担当者が嫌われる確率も減ります。それと繰り返しになりますが、巻き込み力の発揮。ベースとなる仲間づくりや場づくりをサポートしていくことが大事ですね。
柔軟な人事評価システムも必要です。新規事業というのは、短期的に答えが出ず、評価できないことをやっているわけです。新しいビジネスを生み出そうとしている部署に対して、KPIをはじめ数値的な目標を設定するのは避けたほうがいいと思います。
社内のキャリアパスでも、社員がやりたいことの解像度を高めた結果、新規事業に取り組めるようにできたらいいですね。中長期的な成果に対する評価制度をしっかりと用意できると、大企業でも新規事業が大きく羽ばたけるようになりますし、イノベーションが生まれていくのではないでしょうか。
社内起業家化する起業家、起業家化する社内起業家
麻生 ここ数年、起業家と社内起業家の境界が溶けてきているように感じるんです。起業家が社内起業家化していて、社内起業家が起業家化している。
世の中に対する怒りなど、内発的な動機にもとづいて事業を生み出すのが起業家だとすると、最近では大企業でも社員の意思をベースに事業を立ち上げたほうがいいという認識になりつつあり、社内起業家の一歩目が起業家のようになっているんです。
一方で、かつては自らの意思で切り拓かないと会社をつくれなかったのが、いまはスタートアップ・エコシステムも成熟して毎年数千億円というリスクマネーが供給されるようになったことで、「どういうロジックでビジネスをつくったらどれぐらいのお金を調達できる」というゲームのルールが整備されてきています。その結果、ルールをひも解いて調整と交渉をするという、社内起業家的な起業家が生まれているんです。
とはいえ起業家も社内起業家も、どうやって今ある環境から真に創造的なものを生み出して、世の中をよくしていくかということでしかないと思っています。起業家・社内起業家を問わず、1人1人がどうやってそれを実現できるか。そして会社をはじめとした組織は、どうすればそういった動きをエンパワーメントする環境をつくれるか。みんなで考えていけるといいですね。
家入 まずはとにかく、やってしまったらいいのかなと。意外に大丈夫です、命まではとられないので。社内起業は特に会社の事情、お金をどうするか、人に話を通さないといけないかなど、考え出すと踏み出しづらくなると思います。そうなると億劫になってしまうので、さっそくやってしまいましょう。
text by Tomoro Kato / photographs by Tomoro Kato / edit by Aki Hayashi
Ambitions Vol.5
「ニッポンの新規事業」
ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?