第99話:富士山電機工業の未来【100話で上場するビジネス小説】

YO & ASO

これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。 ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。

「増井君、君がここまで成し遂げるとは。感慨深いものがあるよ。」

広々としたメロディーライフの社長室。石井は、眼下に広がる東京の景色を窓越しに眺めながら、静かに言った。その表情には、かつての苦悩の影はなく深い安堵と静かな誇らしげな笑みが浮かんでいた。

「石井さんこそ、よくぞ富士山電機工業をここまで…」

増井は、石井に温かいコーヒーを差し出しながら言葉を詰まらせた。石井は、個人情報漏洩事件後、新社長、鷹野剛の右腕として、文字通り血の滲むような努力で会社を立て直したのだ。

「いや、本当に大変だったよ。」

石井は、コーヒーに口をつけながら遠い目をした。

「事件後、会社は崩壊寸前だった。株価は暴落し、主要取引先からは契約解除が相次いだ。社員たちは将来への不安に怯え、会社を去っていく者も多かった。メディアからのバッシングも激しく、毎日がまさに地獄だったよ。」

石井は、当時の状況を思い出し、苦い表情を浮かべた。

「新社長の鷹野さんは、弁護士出身の外部人材で、企業倫理やコンプライアンスを重視する非常に厳しい人だった。彼は旧経営陣の腐敗した体質を一掃し、透明性の高い企業へと生まれ変わらせるべく大規模な組織改革に着手した。しかしそれは容易なことではなかった。古い体質にしがみつく抵抗勢力との戦いは、想像以上に苛烈だった。」

石井は、深く息を吸い込み、続けた。

「私は、鷹野社長を支え、社内改革を推進する立場だった。しかし、それは孤独な戦いだった。旧経営陣からの圧力、社員からの反発、そしてメディアからの追及。私は、何度も心が折れそうになったよ。」

石井の言葉には、当時の苦悩と孤独が滲み出ていた。

「しかし、私は、諦めなかった。鷹野社長の言葉を信じて、そして、富士山電機工業をもう一度再生させたいという一心で戦い続けた。」

石井の瞳には強い光が宿っていた。それは、苦難を乗り越え未来への希望を見出した男の強い意志の光だった。

「そして、ようやく、ここまで来ることができた。」

石井は、安堵の表情で、そう言った。

「石井さん。あなたは本当にすごい人です。」

増井は、心からの敬意を込めてそう言った。彼は、石井の苦悩とそして彼の強い意志に深く感銘を受けていた。

「いや。私は、ただ自分のすべきことをしただけだ。」

石井は、謙虚にそう言った。彼は、自分の功績を誇るような男ではなかった。

「それで、今日は、君にひとつお願いがあってね。」

石井は、少し間を置いてから続けた。

「このたび富士山電機工業は、満を持してもう一度、イノベーションに挑戦する。そのために、私たちは新たな事業を必要としているんだ。」

石井の言葉に、増井は真剣な表情で耳を傾けた。

「君たちが開発した『メディカルハンズ』。あれは素晴らしい技術だ。世界を変える力を持っている。私は『メディカルハンズ』を、富士山電機工業の新規事業として販売させてもらえないかと考えているんだ。」

石井の言葉は増井の心を強く揺さぶった。彼は、まさか石井からそんな提案を受けるとは思ってもいなかった。

「石井さん。それは、どういう…?」

増井は、驚きを隠せない。

「実は、富士山電機工業は今後、総合医療サービス事業へと業態を拡張していく。そのために近々、医療分野に強い総合商社との資本提携を発表する。その事業の核のひとつに、メロディーライフ社の『メディカルハンズ』を据えたいと思っているんだ。つまり、メロディーライフ社と富士山電機工業の間で、販売代理店契約を結ばせてほしい。わたしたちは、メディカルハンズを活用した総合医療サービス事業を立ち上げる。そのためのパートナーシップを結びたいという提案だ。そして、増井くん。」

石井はひと呼吸おくと、深い声で続けた。

「私はもう一度、新規事業コンテストを復活させようと思っているんだ。」

増井は驚きを重ねた。

「え、あの廃止になったコンテストを、ですか。」

石井は答えた。

「そうだ。富士山電機工業が復活を果たすためには、君たちとの提携に加えて、やはりこれからの会社を担う、これからの時代の社員たちが新たな事業を作っていく必要がある。そして、私は社員のみんなの可能性を心から信じているんだ。かつて君たちが社内からメロディーライフを生み出したようにね。」

石井は、続けた。

「私は、君たちと一緒に世界を変えていきたいと思っている。そして、その世界を変える君たちの勇姿を、OBとして会社の後輩たちに伝えてはもらえないだろうか。」

石井の言葉は、増井の心に熱い光を灯した。それは、かつての所属会社からの単なるビジネスの提案ではなかった。それは、苦難を共にした同志からの熱い友情の証だった。

「石井さん。ありがとうございます。よろこんでお引き受けします。私たちは、あなたの期待に応えます! そして、メロディーライフの生みの親である富士山電機工業に必ず恩返しをします。」

増井は、力強くそう言った。彼の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。それは、過去との決別、そして未来への希望の光だった。

こうして、メロディーライフと富士山電機工業の、新たな協奏曲が始まった。それは、かつて傷つけ合い、憎しみ合ったふたつの会社が再び手を取り合い、未来へと歩み始める、再生と共鳴の協奏曲だった。

今後、その旋律は世界中に響き渡り、人々の心を癒し、希望を与えるだろう。まるで、夜明けの空に昇る太陽のように、明るく、そして、力強く。

#新規事業

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