
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。 ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
朝焼けに染まる東京。高層ビル群が立ち並ぶオフィス街の一角に、ひときわ輝きを放つビルがある。そこには、かつて小さな新規事業プロジェクトから誕生し、今や世界から注目を集める医療機器メーカーへと成長した株式会社メロディーライフの本社があった。オフィス内は、まだ朝の静けさに包まれている。しかし、その静けさの中に、どこか高揚感が漂っていた。社員たちは、いつもより早く出社し、そわそわとした様子で、それぞれのデスクに向かっていた。
その日の朝刊には、日本を代表する経済新聞の一面トップに、大きな見出しが躍っていた。
「メロディーライフ社、遠隔医療ロボット『メディカルハンズ』日米同時承認取得──医療現場に革命をもたらすか」
その記事には、「メディカルハンズ」の写真と共に、その革新的な技術と、医療現場にもたらすインパクトについて、詳細に解説されていた。
「ついに、この日が来たのね…」
有田恭子は、新聞記事を手に取り、感無量といった表情で呟いた。数々の困難を乗り越え、ようやく掴んだ成功だった。
「信じられない、まるで、夢みたい…」
鈴木彩音は、記事を読みながら目頭を熱くした。彼女は、入社以来ずっとこのプロジェクトに関わってきた。データ分析担当として、彼女はメロディーアシスト、そしてメディカルハンズの開発に大きく貢献してきたのだ。
「増井さん、本当にすごいことになりましたね…」
森本樹理は、増井のオフィスへと続く廊下を歩きながらそう呟いた。彼女は、UXデザイナーとしてメディカルハンズの使い勝手を向上させるために、日々努力を重ねてきた。
オフィスの中央にある大きな会議室には、社員全員が集まっていた。彼らの顔には期待と興奮が入り混じった表情が浮かんでいた。
「みなさん、おはようございます!」
増井博之が、壇上に立った。彼は、社長として堂々とした風格を漂わせていた。しかし、彼の瞳には緊張の色が浮かんでいた。
「本日、我々メロディーライフは新たな一歩を踏み出しました。」
増井は、深呼吸をしてからゆっくりと語り始めた。
「本日付で、我々が開発した遠隔医療ロボット、『メディカルハンズ』が、日米同時に医療機器承認を取得しました!」
増井の言葉が終わると、会議室は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「やったー!!!」
「ついに…!」
「ありがとうございます…!」
社員たちは喜びを爆発させた。彼らは、長年の努力がついに報われたことを実感していた。増井は、静かに拍手を送りながら静かに目をつぶった。
(父さん、見ていますか…? 俺は、ついにここまで来ました。)
彼の脳裏には亡き父の顔が浮かんだ。父は会社から追放された後、失意のどん底に突き落とされ志半ばでこの世を去った。
(俺は、父の無念を晴らすことができました。メロディーアシスト、そしてメディカルハンズは、これから世界中の人々の命を救う技術へと成長していくでしょう。)
増井は、心の中で父に誓った。その瞬間、彼のスマートフォンに一通のメールが届いた。差出人は石井だった。
「増井君、おめでとう。君たちの成功を心から嬉しく思います。そして、今日は仕事の相談があって連絡をしました。来週1時間ほど時間をもらえないだろうか。石井」
増井は、石井のメールを読み、静かに微笑んだ。