複数のオンラインメディアを運営する株式会社メディアジーン。 2023年、台湾最大級のメディア企業、The News Lens Co.と経営統合。 これにより誕生した「TNLメディアジーン」として、2024年に米国SPAC※と企業結合し、ナスダック上場を実現。メディア業界をあっと言わせた。 CEOの今田素子氏は、出版社勤務から起業し、2000〜2020年代のオンラインメディアビジネスを切り拓いてきた。
※特別目的買収会社の Blue Ocean Acquisition Corporation
今田素子
株式会社メディアジーン 代表取締役 CEO 共同創業者
出版業界で書籍・雑誌の編集発行・海外版権交渉などに関わった後、1994年『WIRED』日本版の立ち上げおよびビジネス・マネージャーを務める。1998年にオンラインメディア企業の株式会社メディアジーンを創業し、2015年にはデジタルエージェンシーの株式会社インフォバーンを新設分割により設立。2023年にTNLメディアジーンを共同創業し、COOおよび社長に就任。2024年にNOK株式会社の社外取締役に就任。
メディアビジネスの未来を探求した経営の3つのフェーズ
とにかく雑誌が好きで、自分でメディアをやりたいという思いがあり、出版社を辞めて仲間と会社を立ち上げたのが1998年のことです。
なぜメディアなのか? それは、良くも悪くも人や社会に対して影響を与えられる存在だと思うからです。
私自身、周囲に馴染めず悩んでいた10代の頃、サブカル雑誌『ビックリハウス』に出合い、自分が夢中になれる世界があると知って救われたんです。以来ずっと雑誌が好きで、自分でもビジネスとして取り組みたいな、と思っていました。
メディアジーンのこれまでの経営は、主に3つのフェーズに分かれます。
ひとつ目は、とにかくビジネスの可能性を模索した時期。90年代後半は雑誌の売り上げが全盛期を迎えていましたが、インターネットをビジネスの軸とすることを目指しました。
これは、出版社時代に日本語版の創刊に携わった『WIRED』の影響が大きかったと思います。すべての情報がアナログからデジタルに変わっていくことが当たり前のように思えたし、実際、紙に印刷するにしろ、すべての情報はデジタルに変わりましたよね。ただ、当時はまだWeb広告などが始まったばかりで、マーケットとして未熟。私たちもメルマガの有料化や会員化などいろいろな挑戦を繰り返しました。
ふたつ目のフェーズは、インターネットと同時に事業が発展した時期。Web広告のビジネスモデルが広がり、企業のコンテンツマーケティングのお手伝いなども始めました。紙の出版事業をすべてやめたのもこの時期です。
当社のWebメディア事業もこの頃立ち上がりました。『ギズモード・ジャパン』をはじめ、今では『ビジネス インサイダー ジャパン』を含む14メディアまで増えました。
複数のメディアを持つのは、雑誌社のイメージです。1社でいくつもの雑誌を発行しているイメージをオンラインでやりたかったんですよ。雑誌はリニアに読んでいく中に広告があり、それも含めて世界観が構築されていますが、オンラインメディアも世界観という点では同じ。『ギズモード』らしさとは何か、『ビジネス インサイダー』ならどういう切り口か。それらすべてがブランドを構成する要素であり、かつての雑誌が持っていた「信頼感」です。これに向き合うことは、AIにはまだできません。
20分で広がった可能性 台湾企業との経営統合
そして3つ目のフェーズは、今。台湾のメディア企業The News Lens Co.(TNL)と経営統合し、グローバルに出ていくところです。
経営者として、メディアビジネスをどう続けていくか、成長させていくか悩んでいたちょうどそのタイミングで、TNLのCEOジョーイ・チャンに出会ったんです。
TNLという企業は、メディアジーンと似ているんですよね。複数の異なるオンラインメディアを運営しているところも、メディアへの真摯な思いも。また、TNLはテクノロジーに強く、アジアをはじめ海外とのネットワークがある点も魅力的でした。
ジョーイ・チャンと初めて会話したときに、「東アジアでふたつの拠点を構え、東南アジアに出ていく」という事業のイメージが湧いたんです。これまでの迷いや悩みが、瞬時に解決したという感じ。統合の意思決定は本当に早かったです。ニュースでは「20分ほどの自己紹介の後に経営統合の話を切り出した」などと書かれていましたが(笑)、それくらい「来た!」という感じでした。
統合後、米国ナスダックへの上場を進めます。メディアの世界では非上場の企業も多くありますし、独立性という意味ではとても理解できます。一方私は「メディアジーンという会社は、パブリックなもの」という考えが強くあり、上場はとても自然な決断でした。会社ってやっぱり「箱」で「生き物」です。たまたま今は私が経営の任務を担っているけど、自分じゃなくても長く続けられる形にどうやって持っていくかが重要なんです。
会社を持って死ねないし、100年働けるわけではないので。上場することでビジネスを続けることは、ごく当たり前の考えでした。
もうひとつ、女性起業家をエンパワーしたいという気持ちもあります。日本で資金調達に至る企業や新規上場企業における女性創業者・社長の比率はわずか1~2%しかなく、ましてや海外での上場の例は非常に少ない。だからこそ、まず私がやることで、うまくいっても失敗しても「やっていいんだ」ということを感じてもらえればいいなと思っています。
日本ではなく、世界市場で上場する理由も、会社の価値をいかに最大化するか、を考えた結果です。「どこに上場すれば、より価値が出るか」という視点で考えると、日本でも台湾でもない。円安の今、ドルで調達し、アジアを中心とするグローバルなビジネスを行うべきだ、と。これも多角的に見れば、ごく当然の決断だと思っています。
9割の失敗は資産。積み重ねて成功を導く
会社経営で私が重視しているのは、「収益の源泉が多岐にわたっていること」「新しいことにトライしていくこと」です。サイクルの早いメディア業界にいるので「半年後はどうなるかわからない」と常に危機感を持っています。どんな事業でもうまくいかなくなるタイミングがあるものです。
そのため、創業時から常に新規事業開発に取り組んできました。思い入れの強い事業は、メディアとユーザーのネット購入をつなげた「コマース事業」。立ち上げ当初はまったく理解されなかったんですよ。でも、今では事業の軸のひとつにまで育っています。
私は、新しいことへのトライは、9割失敗することを前提にスタートしています。でも、失敗はそれで終わりではなく、失敗という経験も資産になっているはず。ダメでも、ピボットさせながら成功を導き出していくイメージですね。アイデア自体はできるだけ排除しないで、挑戦の幅を広めにとっておくようにしています。もちろん、事業開発については「正解」があるものでもないと思っていますし、これからもアップデートしていきます。
あとは情報がいつも入ってくる状態にしておくことも心がけています。最近は海外からのお話が増えたのですが、とにかく何でも聞いてみる。今すぐ形にならなくても、どこかでカチャッとハマることがある。そしてそのチャンスをすぐにつかんで進めていくことを、自分の中でとても大切にしています。
夢は大きく“メディア王”。信頼されるメディアを作り続けたい
世界が急激に変化している今、「日本がいかにいい国か」ということを感じます。スピードは緩やかだけど、仕事が丁寧でいいものをたくさん作っている。海外と比べて卑下するのではなく、その価値を最大化していければいいと思っています。
日本はどんどん人口が減っていきます。市場は必ず海外にもあります。であれば、今グローバルに出ていけるかが、これからの鍵になると考えています。
とはいえ、儲かることだけを考えたら、メディアではなく別のことをやる方がいいと思います。なぜメディアにこだわるかって?最初に話しましたが、私は雑誌に救われたんですよ。原点のメディアで、ビジネスを続けたい。あまり対外的に発信していませんが、社内では「メディア王になる」と話してます(笑)。
text by Michiko Saito / photographs by Kohta Nunokawa / edit by Keita Okubo
Ambitions Vol.5
「ニッポンの新規事業」
ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?