第100話:社内起業という奇跡【100話で上場するビジネス小説】

YO & ASO

これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。 ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。

東京証券取引所。重厚な石造りの建物に朝の光が燦燦と降り注いでいた。今日は、医療機器メーカー「株式会社メロディーライフ」の上場日。待ちに待った初値がつく日だ。取引所内の一室では、増井博之が、感慨深げに取引開始の瞬間を待っていた。彼の隣には取締役としてメロディーライフを支えてきた本条真琴、そして苦楽を共にしてきた有田恭子、鈴木彩音、森本樹理の姿があった。

「もうすぐですね、増井さん。」

有田が、増井の肩にそっと手を置いた。

「ああ、ここまで本当に、長かった。」

増井は、深く息を吸い込み、感慨深げにそう呟いた。

あの新規事業コンテストから、10年の月日が流れていた。10年前、彼らはまだ巨大企業、富士山電機工業のいち社員だった。社内起業という前例のない挑戦。誰もが成功を疑う中で、彼らは諦めなかった。指の不自由な人々に再び音楽を奏でる喜びを届ける。その夢を信じ、情熱を燃やし続けた。

「あの時は、誰も私たちの成功を信じてなかったでしょうね。でも、私たちは諦めなかった。」

本条は静かに言った。いつも冷静沈着な本条だが、今日はどこか感傷的な様子だった。

「あの頃は、まさか本当に上場するなんて、想像もできなかったです。」

鈴木は、目を潤ませながら言った。あの頃、彼女はまだ入社したばかりの新人だった。増井の脳裏には、この10年間の出来事が走馬灯のように駆け巡っていた。

父の無念を晴らすために始めたプロジェクト。 西園寺先生との運命的な出会い。 有田、鈴木、本条、五十嵐、松田、そして森本との熱い友情。 黒田との対決。そして、彼の死。 個人情報漏洩事件という会社の危機。富士山電機工業からの独立。 メロディーアシストの製品化。そして、遠隔医療ロボット「メディカルハンズ」の開発。日米同時承認取得。

それは、まるで、壮大なシンフォニーを奏でるかのような、ドラマティックな道のりだった。

「増井社長、まもなく取引開始です!」

証券取引所の担当者が、緊張した面持ちで部屋に入ってきた。その瞬間、部屋の空気が一気に張り詰めた。

「いよいよだな…」

増井は固く拳を握りしめ、そう呟いた。大型ディスプレイに、メロディーライフの株価が表示される。9時ちょうど、取引開始の合図が鳴り響いた。

「ゴーン…!!!」

次の瞬間、ディスプレイの数字が、一気に跳ね上がった。

「すごい…!」

「ストップ高…!?」

メロディーライフの株価は、公開価格をはるかに上回る価格で取引が始まり、あっという間にストップ高となった。

「値がつかない…!」

有田は、興奮気味に言った。

メロディーライフの株式は、市場から非常に高い評価を受けた。それは、彼らの技術力、そして未来への可能性に対する大きな期待の表れだった。

「俺たちは、社内起業という奇跡を成し遂げたんだ!」

増井は感極まってそう言った。

彼の瞳には、涙が浮かんでいた。

「増井さん…!」

森本は、増井の腕を掴み叫んだ。彼女は、増井に抱きつきたい衝動を抑え、ただ彼の顔をじっと見つめていた。増井は森本の熱い視線に気づき、彼女に優しく微笑みかけた。

「ありがとう、森本…」

彼は、心からの感謝の気持ちを込めて、そう言った。

その夜、増井は一人、ビルの屋上へと向かった。東京の夜景は、宝石を散りばめたように輝いていた。彼は、遠くに広がる東京のネオンを眺めた。

「父さん、お母さん、見ていますか?」


エピローグ

上場から5年後。メロディーライフは、医療機器メーカーとして、世界的な企業へと成長を遂げていた。「メロディーアシスト」は、世界中の音楽家から愛される製品となり、多くの音楽家の夢を叶える力となっていた。また、「メディカルハンズ」は、途上国を中心とした世界中の遠隔地にある病院に導入され、世界の医療格差の是正に大きく貢献。多くの患者の命を救う技術として、高い評価を得ている。

増井博之は、社長として多忙な日々を送っていた。しかし、彼は決して初心を忘れることはなかった。西園寺先生のピアノを弾きたいという願いを叶えるために始めたプロジェクト。その原点を忘れずに、彼は常に患者や顧客の声に耳を傾け、より良い製品を開発するために努力を続けている。

有田恭子は、グローバルに広がるメロディーライフのブランドイメージ向上に貢献していた。彼女は、増井と共に世界中を飛び回り、メロディーアシストとメディカルハンズの魅力を、多くの人々に伝えている。

鈴木彩音は、データ分析部門のリーダーとして、メロディーアシストとメディカルハンズの性能向上に尽力していた。彼女は、増井の右腕として彼の信頼に応えようと日々努力を重ねている。

森本樹理は、UXデザイナーとしてメロディーアシストとメディカルハンズの使い勝手を向上させるために、日々、新たなアイデアを生み出していた。彼女は、増井と共に世界中を飛び回り、ユーザーの声を直接聞き製品開発に反映させていた。彼女は、増井の妻となり、公私共に彼を支えている。

五十嵐は、CTO(最高技術責任者)として、メロディーライフの技術開発をリードしていた。彼は、増井と共に新たな医療機器の開発にも挑戦し世界中の患者に希望を与える技術を生み出そうと、日々努力を重ねている。

石井洋二郎は、富士山電機工業の社長に就任していた。彼は、メロディーライフとの販売代理店契約を成功させ、富士山電機工業を再生へと導いた。彼は、増井たちの成功を、誰よりも強く喜び、そして、彼らを、心から尊敬している。

吉川花子は、富士山電機工業の情報セキュリティ部門の責任者になっていた。彼女は、個人情報漏洩事件の教訓を活かし、二度と、同じ過ちを繰り返さないよう、社内のセキュリティ体制を強化している。

荒川正志は、富士山電機工業を退職した後、故郷に戻り、小さな町工場で働いていた。彼は、過去の過ちを深く反省し、贖罪の日々を送っていた。彼は、もう二度と、人の命を危険にさらすようなことはしないと、心に誓っていた。

飯島真理は、行方不明になっていた。彼女は、すべてを失い、姿を消した。誰も、彼女の消息を知らない。

川島秀一は、富士山電機工業を退職した後、消息不明になっていた。彼は、自分の野望のために、多くの人を傷つけた。そして、彼は、その罪の重さに耐えきれず、姿を消した。

北山製作所は、メロディーアシストのアクチュエーター製造を請け負い、再び活気を取り戻していた。健二は、社長として、工場を率いていた。彼は、増井たちとの出会いに感謝し、メロディーアシストが、世界中の人々に希望を与えていることを、誇りに思っていた。

西園寺先生は、カーネギーホールでの演奏を成功させた後、再び、ピアノ教師として活動を再開した。彼女は、メロディーアシストを使って、多くの生徒にピアノを教え、音楽の素晴らしさを伝えていた。彼女は、増井たちとの出会いに感謝し、彼らが、自分の夢を叶えてくれたことを、心から嬉しく思っていた。

それぞれの登場人物たちが、それぞれの場所で、それぞれの想いを胸に、新たな人生を歩み始めていた。それは、まるで、壮大なシンフォニーの、新たな楽章の始まりだった。そして、その旋律は、これからも、ずっと、世界中に響き渡り、人々の心を癒し、希望を与え続けるだろう。

それは、メロディーアシストが奏でた、希望のシンフォニー。社内起業という奇跡だった。

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