ITサービスと社会インフラを事業の柱に、グローバルに事業を展開するNEC。同社で新規事業開発を牽引するのが、コーポレート事業開発部門事業開発統括部の統括部長を務める松田尚久氏だ。NECの祖業ともいえる通信の領域でキャリアを歩み、既存事業と新規事業の両方を経験。養われたバランス感覚をもとに多様なバックグラウンドのメンバーが集うチームを率い、組織的なイノベーション創出に挑む。
松田 尚久
NECコーポレート事業開発部門 事業開発統括部 統括部長
NECに新卒で入社。通信事業者向け事業に携わった後、2008年から2年間、米国ボストンに駐在、NEC買収後のNetcracker社のPMIに携わる。帰国後、通信を用いた新規事業開発に携わった後、2023年からグローバルイノベーションビジネスユニットで全社の技術戦略策定等に従事、2024年4月から現職。
既存事業と新規事業、両方の経験が無二の強みに
私自身はNEC入社から20年強、通信キャリア向けの事業に従事しました。2008年から2010年にはボストンに駐在し、NECが買収した米国のソフトウェア会社、ネットクラッカーのPM(IPostMergerIntegration、買収後の統合プロセス)に携わりました。昨年からCTOの西原基夫のもとグローバルイノベーションビジネスユニットに移り、今年の4月から事業開発統括部の統括部長を務めています。
長く通信キャリア向け事業に取り組むなかで、既存事業で利益を出しつつ、新規事業創出の両方を経験してきました。大企業のなかでもイノベーター寄りの活動をしてきた点は、意外に強みなのかなと感じています。例えばNetcracker社の買収も、それまで国内中心だった通信事業のグローバル展開という点、通信機器販売ではなく新たにソフトウェアサービスを手がけるという点で、新規事業の一例と言えるでしょう。現在は海外のスタートアップと事業づくりに取り組むケースもありますが、当時の経験は、それに通じる面もあります。
通信事業に携わってきたこともあり、新規事業の重要性については意識して取り組んできました。例えばネットワークも専用のハードウェアを使った大型装置から、汎用化+ソフトウェア化、近年ではクラウド化の流れがあります。こうした技術の変遷に合わせて、次々に新しい事業をつくり、売上や利益を創出しなくてはなりません。いまは好調なNECの業績も、いつまで続くかわかりません。常にNECの次の柱になるような事業の創出を目指し、新規事業開発に継続して取り組む必要があると考えています。
外部からの目線を取り入れ、社内の常識を疑う。NEC変革による変化
事業開発統括部には、社内外から多様なバックグラウンドをもった優秀なメンバーが集まってくれています。その上でNECのもつアセットを活用し、私自身の新規事業の経験を伝えて組織的にイノベーションを起こそうとしています。メンバーは全部で80人ほど。スタートアップへの投資担当、事業開発担当、エンジニア、デザイナー、さらには研究者もいます。およそ半分は、キャリア採用で入社してきたメンバーです。
事業開発統括部の取り組みの一つが、スタートアップとのオープンイノベーションによる新規事業の創出です。NECのCVCである「NEC Orchestrating Future Fund」(以下、NOFF)による投資、アクセラレータープログラム「NEC Innovation Challenge」の主催、米国シリコンバレーに設立した「NEC X」での新事業開発などですね。これらは社内の各部署に点在していたのですが、今年4月の組織変更で事業開発統括部に集約され、一気通貫でオープンイノベーションによる事業開発ができる体制になりました。NEC Xで立ち上げから支援したスタートアップが成長してきたら、NOFFから投資して成長を加速させるといった連携が可能です。
チームメンバーの半数がキャリア採用という点は、少し前では考えられないことで、NECの変革の成果だと思います。他の大企業から加わったメンバーもいれば、異業種から転職してきたメンバー、スタートアップにいたメンバーなどがNECになかった価値観を持ち寄り、強みを発揮しています。こういったメンバーが少数だと大きな影響を及ぼすことが難しく、半数近い割合を構成していることが鍵だと考えています。
外部からのメンバーが一定の割合を占めることで、それまでの「常識」に、健全に疑いの目が向けられるようになるんです。「本当にこれでいいんだっけ?」と考えることで、新しい気づきがもたらされ、大きな化学反応が生まれます。こうしたドラスティックな変化は、挑戦的な人事施策を採り入れた、NEC自体のカルチャー変革も大きな要因ですね。
会社のもつ資産を最大限活用し、事業を生み出す
チームをまとめる立場として心がけているのは、メンバー各々が力を発揮できるようにバランスをとることです。事業開発を担う人はイノベーター気質、起業家精神をもっている必要があるとよく言われます。しかし私は必ずしもそうではないと思っていて、起業家精神をもつ人は、アイデアを考えることはできても、裏付ける技術力をもっていなかったり、アイデアを実行に移し実際にマネタイズしていく能力が足りなかったりするケースがあります。そう考えるとエンジニアやデザイナーはチームに不可欠ですし、各々のメンバーで役割を分けて、チームとしてアウトプットの最大化を目指すことが大切です。
企業で新規事業をつくるときには、事業部がすでにもつアセットやケイパビリティを最大限活用するほうが、大きなアウトプットが出ると考えています。そうした観点で、ビジネスモデルの転換や対象顧客の拡大など、既存の事業部では着手しづらい隣接領域で新規事業を試すことは有効だと思います。
事業部で賛同してくれるメンバーを探して加わってもらい、彼ら・彼女らのもつドメインの知識を掛け合わせながら新しいビジネスモデルをつくるといった取り組みは、今年度から始めています。既存事業と新規事業の両方を経験してきたことが生きていると感じます。「両利きの経営」という言葉もありますが、あまりに拡大解釈し過ぎて既存事業と新規事業を分け過ぎても会社のもつ強みを生かせません。NECの強みを土台にして、その上に既存事業と新規事業が乗り、相互に人材の行き来を生みつつ上手く双方を伸ばしていく、お互い使えるものは使うことができるようになると、NECならではの新規事業開発の形になると思いますね。
イノベーションの担い手に伝えたいこととして、まずは自分ができることを大事にして新規事業の創出に取り組んでもらいたいです。自分の能力がフィットするチームを探す、もしくは自らチームへフィットしにいく形でも構いません。チームでイノベーションを起こすために必要なのは、メンバー各々が力を発揮することです。
何か新しいことをやりたいとき、所属組織だと実現が難しいと考えて、諦めてとどまるか、実現を目指して外に出ていくかという2つの選択肢があると思います。しかし、いまいる場所で環境やルールを自ら変えて実現するという選択肢もあっていいのではないでしょうか。会社のなかで事業をつくるのに課題があるなら、それを解決する努力をして、その先で新規事業を生み出していく。社内の壁を乗り越えてみることが大事ですね。
text by Tomoro Kato / photograph by Takuya Sogawa / edit by Aki Hayashi