3種の人材を掛け合わす、新規事業の方程式 グルーヴィーなチームの作り方

Ambitions編集部

眼鏡型のウェアラブルデバイス「JINS MEME(ミーム)」や、「世界で一番集中できる場所」をコンセプトにしたコワーキングスペース「Think Lab」などで知られる社内起業家、井上一鷹氏。現在はデジタル・クリエイティブスタジオの株式会社Sun Asteriskで、様々な企業の新規事業を支援しつつ、新規事業のノウハウをまとめた『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』(NewsPicks Publishing)を上梓するなど、活躍の場を広げている。自らの豊富な経験と分析から、新規事業の成否を分ける要因は「チーム作り」にあるという井上氏に、そのコツを伺った。

井上一鷹

株式会社Sun Asterisk Business Development Unit Manager

大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・ディ・リトル・ジャパンに入社。大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略など新規事業立案に従事する。2012年、JINSに入社。商品企画、R&D室JINS MEME事業部マネジャー、Think Lab取締役を経て、JINSの執行役員を務める。JINS退社後、Sun Asteriskに入社、Business Development Unit Manager。著作に『集中力』『深い集中を取り戻せ』『異能の掛け算』がある。

「新規事業がカッコいいと思われる世の中にしたい」

「新規事業がカッコいいと思われる世の中にしたい」。開口一番、そう切り出した井上一鷹氏。現在はSun Asteriskで、様々な企業の新規事業を支援しているが、その中で新規事業担当者の企業内における地位や知名度の低さだけでなく、チームの作り方にも課題意識を感じているという。

「戦略コンサルタント時代にも、たくさんの企業の新規事業に携わらせていただきました。しかし、戦略を一生懸命考えて担当者に喜んでもらえても、そこからチーム内で進まなくなってしまうケースを何度も経験したんです。

その後、自分でも新規事業を作りたいと思い、JINSに転職しました。そこではプロジェクトをご一緒したユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ)のチームの圧倒的なスピード感に驚かされました。なぜ彼らのチームは素早く事業のPDCAを回していけるのか? 観察していて気づいたのが、プロデューサー、エンジニア、デザイナーの三者が、非常に近い距離で連動して動けるチームということだったんです」

既存事業がオーケストラなら、新規事業はジャズバンド

そんな井上氏が見つけた、新規事業のチーム作りにおける方程式が、事業の価値を最大化し持続可能な仕組みを作る「Biz人材(例:ビジネスディベロップメント)」、技術を駆使してプロダクトを作る「Tech人材(例:エンジニア)」、理想的な顧客体験を創造する「Creative人材(例:デザイナー)」という、3種の「異能」を掛け合わせる、というものだった。

「既存事業は、事業を動かすために必要なメンバー、役割、進め方がある程度決まっています。音楽に例えるならオーケストラの演奏に近いかもしれません。一方で新規事業は、メンバーの数も少なく、それぞれが臨機応変にいろんな仕事をしなければいけません。音楽でいえば、ジャズバンドによる即興セッションのようなもの。

ただし即興セッションとはいえ、メンバーがコード進行を無視して、好き勝手に演奏したら曲が成立しません。だからメンバー全員がそれぞれ『Biz』『Tech』『Creative』、どのパートの責任を担っているのかを認識し、お互いの役割を尊重し合った上でセッションすることがとても重要なんです」

特にプロジェクトの初期は、ビジョンに共感したメンバーが手弁当で集まることで、責任分担が曖昧になりがちだ。事業リーダーには、メンバーの個性、強みを冷静に見て、チームをマネジメントすることが求められるのだ。

目指す山の頂上が同じなら、登り方はバラバラでいい

だが、3種類の「異能」なメンバー同士、ぶつかり合うリスクはないのだろうか?

「大事にしている価値観がまったく違うので、普通にしていたらぶつかります(笑)。主語が、Biz人材は会社や事業、Tech人材は技術やプロダクト、Creative人材は顧客やユーザーなんです。例えば、僕のようなBiz人材は、上長にプレゼンして合意形成するために事業の要点を簡潔にまとめがち。でも、それがTech人材やCreative人材からは、本質的ではないと見えることもあるんです。

また、多くの新規事業チームでは、経営陣とタイプの近いBiz人材がプロジェクトリーダーになる傾向があります。その結果、Biz人材がTech人材やCreative人材の活用をプロジェクト実現のための手段だという錯覚に陥ってしまうのは悪い例ですね。異能同士のチームで大事なのは『相互理解』と『尊重』です。スキル、経験などのバイアスを自覚し、相手の世界に興味関心を持つことから始めなければいけません」

また、どんなにスキルの高い人材であっても「ビジョンに共感できない人」をチームに招いてはいけないと井上氏は言う。

「時々、上司からモチベーションを掻き立てられて、新規事業を頑張ろうという人もいますが、これは非常に危険です。だいたい数カ月後にモチベーションが下がって辛くなってしまう。あの山の頂上を目指そう、というビジョンに共感する人だけで集まりつつ、登り方のアイデアはバラバラでいい、というのが理想だと思います」

新しい価値を人が喜んでくれる。それ以上の幸せはない

ところでなぜ井上氏は、新規事業を手がけることにこだわりを持っているのだろうか? 最後に質問した。

「じつはそこだけが言語化できない部分なんです。確かなのは、JINS MEMEを発売したときに、ユーザーがそれを手にとってすごく喜んでくれた。それを見て、これ以上の幸せはない、新規事業を一生の仕事にしたいな、と思いました」

多くの社内起業家は、誰に頼まれるでもなく、勝手な当事者意識と責任感でビジョンを描き、人を巻き込み、新しい価値を持つプロダクトを作っていく。その求道的な姿はアーティストや研究者にも近いと言ったら言い過ぎだろうか。そんなことを感じさせられた取材だった。

【組織の着火法】

新規事業チームは、音楽でいえばジャズバンドの即興セッションのようなもの。メンバーがお互いにどのパートを担っているのかを認識し、尊重し合ってセッションすることが重要です。

(2023年1月20日発売の『Ambitions Vol.02』より転載)

text by Yuta Hagiwara / photographs by Takuya Sogawa / edit by Kohei Sasaki

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