大企業とスタートアップの理想的な付き合い方 ──スタートアップのリスクと正しく向き合う

Ambitions編集部

大企業とスタートアップが協業して事業開発を行う、オープンイノベーションの取り組みが増えている。大企業はどのようにスタートアップと付き合っていくべきか。また、どうすればスタートアップのよき理解者、ビジネスパートナーとなれるのか。三井住友海上火災保険でスタートアップ向け保険の開発などを手掛ける藤田健司氏に、大企業とスタートアップの理想的な付き合い方について話を聞いた。キーワードは「スタートアップのリスクアセスメント」だ。

藤田健司

三井住友海上火災保険 ビジネスイノベーション戦略担当部長

1990年入社。営業推進、企業営業などを経て2016年より現職。ベンチャーキャピタル(VC)などとの協業を通じて新たなリスクソリューションを展開し、最新の保険技術を駆使してスタートアップ企業の成長を支援する。また、グループ内のVCと連携してビジネスマッチング、オープンイノベーションなどを手掛ける。一方で、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授 / Plug and Play Shibuya メンターなどを務める。

「スタートアップのリスクアセスメント」とは?

資金繰りの悪化や商品・サービスの不備、顧客情報の流出……少し考えてみただけでも、企業に付きまとう様々なリスクが思い浮かぶ。大企業とスタートアップの協業においてリスクを正しく理解し、回避するためにはどうすればいいのだろうか。そこで知っておきたいのが「リスクアセスメント」という考え方だ。リスクアセスメントとは、リスクを洗い出して評価・分析し、処理方法を決定する一連のプロセスを指す。

スタートアップの中には、経験値が少ないことから自分たちの事業が抱えるリスクを見落としてしまうケースもある。そのリスクを“仕方ないもの”として放置するのは悪手であり、「大胆な挑戦をするにしても、リスクをきちんと捉えておくのが理想的」と藤田氏は語る。リスクは漠然と恐れるのではなく、客観的に評価・分析してコントロールすべきなのだ。

リスクの正体」を暴くための3つのプロセス

リスクアセスメントでは、「1.リスクの洗い出し」「2.リスクの評価と分析」「3.リスク処理方法の決定」の3つのプロセスで、リスクの内容を明らかにする。それぞれの具体的な作業は次の通りだ。

1.リスクの洗い出し

まず、一般的に予見しうる事故などを網羅した「リスクマップ」を使って、顕在化しているリスクを徹底的に洗い出す。加えて、まだ顕在化していないリスクについてもインスピレーションを働かせる。あらゆる状況を想定して、すべてのリスクを洗い出すのが重要なポイントだ。

2.リスクの評価と分析

前工程で挙げられたリスクを「発生頻度」や「被害規模」といった、客観的かつ定量的な基準で評価・分析する。一つひとつの事故リスクを大・中・小といったレベル別に分類していくと、「頻繁に起きるが、被害規模は小さい」「頻発しないが、被害規模が大きい」といった整理ができる。

「被害規模」については、企業の規模によってインパクトが異なることも織り込んでおく必要がある。たとえば、スタートアップにとっては100万円の損害が発生する事故が起きれば、それだけでキャッシュフロー悪化の原因になりかねない。

3.リスク処理方法の決定

リスクの処理方法は「リスクコントロール」と「リスクファイナンス」の2つに分けられる。1つ目のリスクコントロールは、発生しうる事故を最小限に抑えるための防止活動を指す。具体的には、「リスクの回避」「リスクの移転」「リスクの分離」「リスクの予防・低減」という手法に細分化できる。

リスクの回避

損害規模の大きいリスクが頻発する可能性が出てきた際に、事業化自体をやめてしまうこと。

リスクの移転

リスクが発生しそうな工程をアウトソーシングするなどして、リスクを外部に移転する方法。

リスクの分離

リスクが発生した際の被害規模を抑えるための手法。大規模な店舗を作らず中小規模の店舗を複数作る、予備の施設を用意しておく、など。

リスクの予防・低減

リスクの発生を防ぐ取り組みと、起きた事故の被害を最小限に留める備えをしておくこと。防災訓練やスプリンクラーの設置などが該当する。

2つ目のリスクファイナンスは起きた事故への対応方法を指し、自腹で補償する「リスクの保有」と保険に加入する「リスクの転換」の2パターンがある。

これら3つのプロセスを経ることで、起こりうるリスクを把握し、どのように対処するか決められる。「リスクの規模と頻度を把握しておけば、『いつ何が起きるんだろう』『起こったらどうすればいいんだ』と、漠然とした不安を抱かなくてもよくなります」(藤田氏)

「保険は万能ではない」──リスクアセスメントのリアル

リスクアセスメントの基本的な考え方を踏まえて、藤田氏が手掛けた事例をもとに「スタートアップのリスクアセスメント」の具体的な流れを紹介する。

具体例として挙げられた、スタートアップの事業内容は「シェア美容院」。密な環境で施術を受けたくないユーザーと、勤務先が休業してしまった美容師をマッチングさせるという、コロナ禍のニーズから生まれたサービスだ。

まずはリスクの洗い出しだ。この事業では、「悪天候や災害で美容師が出勤できない」「予約やシフトの登録ミス」「薬剤による肌荒れ・炎症」「個人情報の漏えい」といった顕在リスクが挙げられる。その上で、地震や火災などの災害、勤務場所での怪我、美容師からユーザーへのセクハラといった発生頻度が低い潜在的なリスクを洗い出した。

この事例においては、藤田氏は潜在的なリスクに“気付いてもらう”ことを訴えたという。

「こちらからリスクを指摘することもできます。しかし、当事者である事業者が自分たちのビジネスについて想像を巡らせて、予測し得るリスクと向き合うことが大切だと考えています」

次に2つ目のプロセス、洗い出したリスクを具体的に評価・分析する。大規模地震は大きな影響を与えるが、頻度は高くないため「影響度:大/頻度:低」、DMの誤送信や誤字脱字といった事務ミスは「影響度:小/頻度:高」といったように、リスクを一つひとつ分類していった。そしてこれらの評価・分析の結果をもとに、対処すべきものを見定める。たとえば事務ミスのような影響度の小さいリスクは起こりうるものとして扱い、予約やシフトの登録ミスは予約管理システムを入れて予防をすることになった。

この事例で要対処となったのは、サイバーリスクと製造物責任のリスク(ex.薬剤による肌荒れ・炎症)、施設損害リスク(ex.施設側の不備による負傷)、怪我による就労リスクなど。被害規模と発生頻度が中以上のリスクだった。

いずれのリスクも保険を導入することでカバーすることとなったがこのように保険で対応できるリスクもある一方で、注意しておきたいことは“保険は万能ではない”という事実だ。

「実は、保険でカバーできるのはリスク全体の5%ほどなのです。いざというときに保険があれば確かに安心ですが、事故が起きれば被害も出る。保険に頼りきらずにしっかりとリスクアセスメントを行って、事故を防止する対策を立ててください」(藤田氏)

リスクアセスメントはスタートアップの「攻めの一手」になる

きちんとリスクアセスメントを行っていれば、リスクを恐れなくていいというわけではない。リスクの規模と頻度を把握して、正しく恐れることが肝要だ。

大企業の観点で考えると、スタートアップとの協業を進めようとするなかで、「本当に組んで大丈夫なのか?」という懸念の声が上層部から出てくるケースもあるだろう。その際に「このようなリスクを想定していて、こう対処しています」と即答できれば、起きうる事態を想定し、十分な対応策がとられているとして、上層部も安心してプロジェクトを任せてくるはずだと藤田氏は指摘する。

一方、スタートアップの観点で考えれば、リスクをマネジメントできていることを積極的に発信することは、それが協業相手の大企業に伝わり、信頼関係の構築につながる。その結果、協業が加速することもあるだろう。つまり、リスクアセスメントはスタートアップ企業にとっての“攻めの一手”になり得るのだ。

リスクに備えて、正しく恐れる。それが大企業とスタートアップが理想的な関係を築くための、第一歩となる。

edit by Tomoro Kato / photographs by Takuya Sogawa

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