
海外での日本食ブームが追い風となり、増加傾向にある日本酒の輸出。 中国や香港、ヨーロッパ、アメリカを中心に好まれ、日本で日本の米を使って造られた「日本酒」だけでなく、海外で醸造される「SAKE」も人気を博している。 そんななか、「繁桝」ブランドで親しまれ、福岡県八女市で300年以上続く酒蔵・高橋商店がインドで地酒造りの挑戦を始めた。 商習慣や文化も大きく異なるインドでの新たな一歩について、十九代蔵元 代表取締役社長の中川拓也氏に話を伺った。
こだわり抜いた福岡の地酒を手作業で
──高橋商店のこれまでの歩みやこだわりを教えてください。
高橋商店は1717年に創業した酒蔵で、300年以上にわたって福岡の地酒を造ってきました。創業以来こだわり続けているのは、麹造りの工程を手作業で行うことです。
かつては全国どこの酒蔵も麹造りは職人の手によって行われていましたが、時代の変化とともに、米を蒸して麹菌を混ぜ合わせる工程を機械化する酒蔵が増えてきたんです。
その背景にあるのが、食品の安全性を確保するためにHACCPに基づく衛生管理が義務化されたことと、働き方改革が求められるようになったこと。麹菌は生きている“菌”のため、発酵をコントロールするために泊まり込みで作業を止めないことが当たり前でした。

でも衛生面と働き方改革の双方を考慮すると、機械を導入して効率的な酒造りに変える選択肢が視野に入りますよね。もちろん機械化は悪いことではないですし、効率的な酒造りは後世に継承しやすいかもしれません。
だけど、麹造りは酒の品質を決めるとても重要な工程。手作業から機械に変えたことで、ちょっとした香りの変化などに気づけなくなると、全く違う酒を造ることにつながってしまうんです。
だから我々は工程を機械化するのではなく職人の数を増やし、無理なく働けるようシフトを組んで手作業での麹造りを継続させました。社員を雇用している酒蔵において、この決断は全国的に見ても希少だと思っています。
もう一つ、我々は個性のある地酒を造ることにもこだわっています。地元・福岡の人たちに飲んでもらって声を聞き、地元の食に合う地酒造りを徹底してきました。隣接する佐賀県や熊本県の食ではない、福岡県の食に合う地酒。この“地酒の精神”を大切に、歴史を重ねてきたのです。
コロナ禍をきっかけに海外進出を決意
──福岡の地酒を造っている酒蔵が、なぜ海外進出を考えたのでしょうか?
きっかけはコロナ禍で飲酒習慣が変わり、売り上げが減少したことです。後世にわたって個性あるこだわりの地酒を造り続けるには、売り上げ規模に応じて組織を縮小するのではなく、販路を拡大して売り上げを担保する必要があります。そこで、2022年から海外進出を考えるようになりました。

ただ、コロナ禍以前から海外進出している日本酒ブランドは多数ありますし、知名度の低い地酒の銘柄が後発で進出しても勝機は薄いでしょう。
実際、マレーシアとフランスに視察に行くと、現地ではたくさんの日本酒が取り扱われており、すでにレッドオーシャンでした。海外に進出するにも工夫が必要だと考えるようになった頃、日本でインド人の輸出パートナー候補と出会い、インドへの進出を検討するようになったのです。
現地に行って調査を重ねると、日本食レストランに高額な日本酒が少し置かれているくらいで、他の国に比べると日本酒市場が未開拓なブルーオーシャンであることがわかりました。
インドは宗教上の理由から飲酒しない人が多いとはいえ、人口約14億人のうち1割に飲酒習慣があれば、それだけでターゲットは日本の人口を超えます。この巨大な市場を開拓できるかもしれないことにワクワクしました。
また、インドはアルコール飲料の関税が高いため、日本から日本酒を輸出すると非常に高額で販売されることになることも判明。日本酒の知名度が低いインドで高い日本酒を販売しても、きっと誰も購入しません。
そこで検討し始めたのが、原材料となる米や水を現地で調達し、現地に酒蔵を建設して現地で地酒造りを行うこと。現地の人たちに飲んでもらって声を聞き、現地の食に合う地酒を造る。しかもそれを関税に影響されない適正価格で販売する。
高橋商店が創業以来こだわり続けてきた“地酒の精神”をインドでも貫きたいと考えたのです。
国内でも伝承が難しい酒造りをインドで
──インドでの状況はいかがでしょうか?
正直、非常に難しい挑戦だと実感しています。2024年2月に現地法人を設立したものの、いろんなトラブルに見舞われたため、現在は現地法人をいったんリセットして再スタートを切るための準備を進めています。
インドでのビジネスにはいくつもの高い壁があり、商習慣や文化、労働者の気質、気候、法律などの違いから、一筋縄にはいきません。しかも、地酒造りは複雑で繊細な仕事が求められるため、現地の人がいくら学んでも簡単には味わいを再現できないこともわかったんです。
そもそも、日本国内で日本酒造りを後世に伝承していくのすらとても難しいのに、それをインドで実現させようと思えば、もっと革新的な工夫が必要。あらためて日本酒造りの難しさを痛感しました。もしかしたら産業がほとんどない貧しい村に酒蔵をつくり、村全体を巻き込んで村の産業として成長させていくような体制を取る必要があるかもしれません。
──かなり難しい挑戦ですね。現地での米や水の調達は問題なさそうでしょうか?
どちらも問題ありません。現地のスーパーで購入した米を日本に持ち帰って実験したところ、問題なく日本酒を造ることができました。水に関しても、浄水技術をきちんと取り入れたら全く問題なく地酒を造れます。
原材料の問題はクリアできているので、3年以内の本格稼働を目指して新たに輸出パートナーを探し、真面目に酒造りと向き合ってくれそうな人材の多い地域選びに注力するのが目下の宿題。
現地の人との酒造りには、まだ見えていないたくさんの課題があると思いますが、選んだ地域で地酒にどんな味わいが求められるのかは楽しみでもあるので、一つひとつ問題を丁寧にクリアしながら、インドの地酒を実現させたいです。

日本酒の価値を国内外、そして未来へ
──十九代蔵元として、今後の野望を教えてください。
私が必ず成し遂げたいのは、高橋商店で300年以上続く伝統の酒造りをきちんと未来に伝承することです。私自身、娘婿として10年前にこの業界に入り、新しい風になるべくチャレンジをしてきたつもりでいました。でも振り返ると日本酒という大きな器の中で転がされていただけで、何も革新的なことは実現できていなかったんです。
酒蔵を未来につなげるために必要なのは、伝統の酒造りを正確に伝えること。これが何より難しい挑戦です。日本酒の本質をしっかりと理解した上で、時代の変化を取り入れながら、きちんと伝承したいと考えています。
今私たちが造っている地酒の味わいは、300年という歴史の積み重ねから生み出されているもので、突然できたものではありません。この唯一無二の価値を後世につなぐ役割は必ず果たしたいと思っています。
また、世界ではいろんな銘柄の日本酒が流通しているとはいえ、ワインのような高い知名度はありません。
だから、インドで非常に難しい地酒造りを実現させ、現地で地酒文化を浸透させることで、その本家である日本酒の価値を世界に伝える一助になりたい。私が生きているうちにはかなわない夢かもしれませんが、世界の未来に日本酒を伝承するために、挑戦し続けます。
text & edit by Tomomi Tamura / photograph by Shogo Higashino

Ambitions FUKUOKA Vol.3
「NEW BUSINESS, NEW FUKUOKA!」
福岡経済の今にフォーカスするビジネスマガジン『Ambitons FUKUOKA』第3弾。天神ビッグバンをはじめとする大規模な都市開発が、いよいよその全貌を見せ始めた2025年、福岡のビジネスシーンは社会実装の時代へと突入しています。特集では、新しい福岡ビジネスの顔となる、新時代のリーダーたち50名超のインタビューを掲載。 その他、ロバート秋山竜次、高島宗一郎 福岡市長、エッセイスト平野紗季子ら、ビジネス「以外」のイノベーターから学ぶブレイクスルーのヒント。西鉄グループの100年先を見据える都市開発&経営ビジョン。アジアへ活路を見出す地場企業の戦略。福岡を訪れた人なら一度は目にしたことのあるユニークな企業広告の裏側。 多様な切り口で2025年の福岡経済を掘り下げます。