【日鉄興和不動産 白木智洋】大企業が「普通に農業」を始める理由。アグリデベロッパーの未来

大久保敬太

首都圏とローカルの両方で都市開発を行うデベロッパー・日鉄興和不動産。 同社で数々の用地取得や商品開発に取り組み、マンション「LIVIO」のリブランディングを推進した人物が白木智洋さんだ。 白木さんは現在、新規事業開発人材として、事業の探索を行っている。 2025年12月12日、同社は新たに「日鉄興和不動産農業株式会社」を設立した。 事業内容は「農業」。 なぜ、今、大企業が、デベロッパーが、「農業」をはじめるのか。その理由を探る。

白木智洋

日鉄興和不動産農業株式会社 取締役

2017年入社。住宅事業本部の用地部にて用地開拓のキャリアを積む。同社のマンションブランド「LIVIO」のリブランディングや、社内シンクタンク「Future Style総研」の立ち上げを主導。本業の傍ら、自身の会社「文脈不動産株式会社」を経営する。

大久保敬太(インタビュアー)

Ambitions 編集長

「足で稼ぐ」、営業畑のイントラプレナー

大久保:本日はよろしくお願いします。白木さんはマンションシリーズ「LIVIO」のリブランディングを手がけた人物として、イベントやメディア出演もございます。まずはその話からできればと思いますが、これまでのキャリアについてお教えください。

白木: 2017年、新卒で入社しました。もともと、手触り感のある仕事で、世の中への影響の大きな仕事をしたいと思っていたので、不動産デベロッパーは僕にとってドンピシャな仕事です。

白木:配属は、マンションなど住宅の「用地仕入」の部門でした。

不動産の数百億の事業も、まずは「土地」からスタートします。どこにどういう土地があるのか情報を得て、何をつくるか計画し、その後どう利益をつくるかの枠組みをつくる。建設学部ではない、文系の自分が活躍できる仕事です。

大久保:話題になった『地面師たち』の世界ですね。

白木:まさに、あの世界ですよ。実際、作品の題材になった有名な事件は僕の入社の前年に起きていて、社内でも対策が語り継がれています。

※2017年「積水ハウス地面師詐欺事件」

白木:当時、若手セールスだった僕にできることは「飛び込み営業」でした。

僕は台東区などの23区の東側エリアから千葉エリアが得意だったのですが、その中でひたすらリストをつくってテレアポして営業に行ったり、地域の不動産店を巡っては土地の情報を聞いて回ったり……とにかく足で稼ぎました。事業部の中でも、足を運んだ営業数には、自信があります。

今振り返ると、多分スタートアップの方々は当然のようにやっている、ゼロからのリレーションづくりに近い取り組みだったように思います。

ゼロイチに覚醒──未開の「ブランド」戦略立ち上げ

大久保:そのような営業畑のホープだった白木さんが、なぜマンションのリブランディングに取り組むようになったのでしょうか?

白木:入社から4-5年は、土地を買いまくっていて、個人として土地を買う力は一定ついてきたという実感はありました。それくらいキャリアを積むと、「個人がどう頑張るか」という視点から、「会社として何をすべきか」という視点へと、見える景色が変わってくるんですね。

すると、首都圏を中心とする「マンション」の限界値が近いことが見えてきました。

実際、供給戸数はここ数年で三分の一近くに下がっています。

会社として、より選ばれるマンションをつくり、提供しなければいけない。そう考えた時、これまでほとんど「ブランディング」に力を入れていなかったことに気づいたんです。

白木:以前から当社には「LIVIO」というマンションシリーズがありました。しかしその実情は、物件ごとにロゴが違えば、ホームページの作り方も担当者によってバラバラでした。

思想や世界観はなく、「立地」と「金額」だけで勝負していたんです。

ブランド戦略は絶対にやったほうがいいと確信した僕は、入社同期のメンバー複数人と共にブランディングのプロジェクトを立ち上げることにしました。最終的には広報室なども巻き込み、全社でのリブランディングに取り組みました。

大久保:社内ですでに存在していたブランドを、入社数年の若手社員がリブランディングする──率直に、なかなか難しそうだと感じます。周囲や上司から「何を言っとるんだ君は」とはならなかったのですか?

白木:「何を言っとるんだ君は」と、めちゃめちゃ言われましたよ(笑)。

ブランディングの本丸は「社内」にあり

大久保:そんななか、どのようにリブランディングを推進したのでしょうか?

白木:ロジックの教科書になったのは、社外の成功例です。野村不動産の「プラウド」、三菱地所の「ザ・パークハウス」など、事例はたくさんあります。それは、世の中にブランドの価値が浸透しているということです。

つまり、ブランディングへの注力は正しい。まず、ロジックはそう通しました。

大久保:社内の説得はどうされたのでしょうか?

白木:そこが大切です。ブランディングの本丸は、社内だと考えています。リブランディングを行なっても、実際に販売する全員がその理解していなければ、お客さんにはつたわりません。

マンション事業を行っている部門には150名程度の社員が在籍しているのですが、レイヤーごとに分けてコミュニケーションをとることにしました。

まずトップ。本部長は初期からブランディングの重要性を理解してくれていました。

次に、若手や近い距離の先輩。一緒に飲み会にいく仲ですし、僕が毎日がんばって土地を売っているのを見てくれている人たちですので、協力的でした。

この状態で進めました。クリエイティブチームと連携してブランドを再定義し、2021年に新しいLIVIOを発表。テレビCMも放送しました。

大久保:しかし、トップと若手以外の「中間層」の賛同がなければ、後から揉めそうですね。

白木:そうです。このままだと、「勝手にやりやがって」となります。しかし、成果物がない状態で話すと「何を言っとるんだ君は?」となる。

先に新ブランド公開まで進めたのは、「対外的に発信しているため、中も変わらなければいけない」という力学をつくるためです。

そこから、部門内の全員と1on1やワークショップ等を設けて、ひたすらブランドの重要性を話していきました。また、住宅事業で最も活躍しているマネージャー層を対象に、3月のブランディング講座を開催し、重要性を知ってもらうこともしました。

2021年の公開から、最近まで。数年かけてやり続けたことで、ようやく少しずつ認めてくれるようになりました。

大久保:トップの賛同を得て、世の中に対して既成事実をつくり、とにかくコミュニケーションを重ねる。粘り勝ちですね。

新規事業を探索する「Future Style総研」

大久保:ここから、現在取り組まれている新規事業について伺います。

白木:LIVIOリブランディングのチームが発展する形で「Future Style総研」になりました。

人口減少の時代、不動産業はゼロベースから見直していく必要があります。「Future Style総研」では、暮らしや不動産の未来に関する調査を行うシンクタンクとしての活動と、新規事業を探索し、ゼロイチを立ち上げる事業開発に取り組んでいます。

大久保:特に注目されている領域は何ですか?

白木:「地域」です。

地域の未来については、現在2つの未来予想モデルがあります。

ひとつは都市部への集中型。いくつかの都市圏にインフラ機能を集約し、地域は一般の人の生活の場ではなくなるという仮説。国際競争力の維持を考えると、現実的な選択です。

もうひとつは、地域の自律分散型。ローカルのポテンシャルを活かしながら、多極分散を目指す方向です。

従来のデベロッパーのビジネス構造では、一極集中するエリアに大きな投資することになります。しかし私は、後者の自立分散の世界に賭けたいと考えています。

デベロッパーの新規事業は「普通の農業」?

大久保:地域分散モデルを見据えての事業開発。その内容は何でしょうか?

白木:「農業」です。

大久保:「農業」? 新規事業としての特徴は何ですか?

白木:ちゃんと、農園を経営します。北海道でりんごを栽培します。

大久保:垂直農法など「イノベーション」っぽいものではなく、普通に、農業を始めるのでしょうか?

白木:農業って、実は事業としてとても魅力的なんですよ。

世間一般のイメージでは、農業は決して儲かる事業ではないかもしれません。

なぜかというと、①小規模で行っている、②経営がされていない、だと分析しています。大企業の資本と経営ロジックを持って、農業を正面から経営します。

例えば栽培方法。りんごで言うと、グローバルでは日本の栽培方法の3倍の量が収穫できる手法が確立されています。そういう効率的な手法を取り入れていきます。

作物の選定も重要です。果物は単価が高い。同時に日本の食糧事情への貢献も考え、米もやっていきたい。温暖化の関係で、エリアごとに栽培できる作物も変化しています。ここにも経営的な視点を取り入れていきたい。

収穫量あたりのコスト削減についても、大企業が一定の規模で取り組めば、大きな効果を得られます。

小規模では勝ちづらい現代の農業経営を、体力のある大企業がしっかり行うことで実現する。しっかりと利益が出しながら事業を拡大していきます。

農業とスタートアップは相性が悪い。大企業を使うべき

大久保:近年はアグリテックに注目が集まっています。スタートアップなど競合のプレーヤーとの連携は想定されていますか?

白木:積極的に取り組んでいきます。実際に、今回の事業では株式会社日本農業さんと合弁会社を設立して行います。

農業には新しいチャレンジを始めているプレーヤーが多くいます。しかし、収穫のタームが年に1度の作物が多いため、キャッシュが潤沢ではないスタートアップとは基本的に相性が悪い。

一方、デベロッパー事業のリードタイムは長く、都市開発では「500億円を10年寝かせる」ということもやっています。地域の農業に資金を投入し、地域ごとのプレーヤーと手を組み、中期的に経営する。大企業だからできる方法です。

とはいっても、計画では数年で初期投資を回収。以降は収益が拡大していきます。

大久保:新規事業には、新規性や既存事業とのシナジーが必須というわけではない。大企業だからできる地域へのアプローチに、正面から取り組むということですね。

白木:はい。アセットでいうと、全国に点在する日鉄グループの遊休地を使うことがポイントです。はじめは北海道に5ヘクタール。そこから全国で100ヘクタールまで拡大します。

大久保:ちなみに、この新規事業も、社内のステークホルダーの合意形成をされたと思います。ブランディングの時と同じように「何を言っとるんだ君は?」とはならなかったのですか?

白木:それが、なくなってきたんです。

ブランドやって、総研やって、社内的に「白木=ゼロイチキャラ」が浸透していて、周囲の人も、僕の言うことを「無理に理解しようとしない」という風になっているんですよ。

大久保:すごい、イントラプレナーとして無敵な状態ですね。

白木:経営層の合意はしっかり取っていますよ。

デベロッパーはついつい「箱」をつくりたくなりますが、そうじゃない。これからは「土」から開発していく。大規模な農業経営を、地域の新たなビジネスであり、自社の未来のひとつの事業として根付かせる。そして生産をしっかり拡大させたら、選果場や加工場など農業における次のバリューチェーンにも投資をしていく。この「ハード」への投資により一層デベロッパーとして強みが出てきます。

僕はこれを「アグリデベロッパー」と呼んでいます。

探索活動が、全社に認められる条件

大久保:今回お話しを伺ってきて、改めて日鉄興和不動産の、新規事業探索への本気度と、懐の深さを感じました。

白木:やっと、ですよ。従業員600名くらいの会社では、本業をやっている人が550人くらい。新規事業チームはコストセンターと見られていました。

大久保:どのようにして、今の状況を勝ち取ってこられたのでしょうか?

白木:初期から経営層の理解を得られたことが大きかったです。

全社に向けては、中期経営計画を立てるタイミングでFuture Style総研主導によるワークショップを行うなど、継続的にディスカッションを行ってきました。

そして何よりも、結果ですよね。数年の探索を経て、ようやく複数の新規事業が形になってきています。手応えとしては、組織の雰囲気が変わる、過渡期の一歩目、二歩目。これからしっかり成果を示していかなければいけません。

大久保:白木さんは、行動力や突破力に秀でた人物という印象を受けました。最後に、イントラプレナーとして、ご自身の特徴をどのように捉えているかお教えください。

白木:「ネチっこい」んですよ、僕(笑)。ガツガツよりも、ネチネチ。ずーっとやってる。

最初からうまくいくことはまずないんですよ。1〜2年目は何やってるんだって言われます。でも、営業も企画もリブランディングも、ずーっとやって、気がついたら実現している。

農業も、検討から数えると今2年目。まだまだいろいろあると思いますが、続けていると、4〜5年目頃に一気に形が見える。これを「行動力」と言えるとかっこいいのですが、根本にあるのはネチっこく続けるところだと思います。


編集後記

社内起業家であると同時に、ご自身で会社(文脈不動産株式会社)の経営もされている白木さん。経営者としての「旗を立てる力」と、会社員としての「遂行力」の両方をフルに生かして、不動産に新しい風を生み出しています。

その源がが「ネチっこさ」。優れたアイデア以上に、やり続けて形になるまでやりきるという人の力が、社内起業の重要な鍵なのだと実感しました。

photographs by Kohta Nunokawa

#新規事業#イノベーション

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