【Tensor Energy堀ナナ】マイノリティ経験を武器に、黎明期の再エネビジネスを切り開く

長浜優奈

飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第1回は「持続可能なエネルギーを必要な時に必要なところへ」をビジョンに掲げる、Tensor Energy株式会社の創業者兼共同代表・堀ナナ氏。2021年にTensor Energyを設立し、複雑で属人性の高い再生可能エネルギー発電事業者の業務を、AIを活用して管理する「Tensor Cloud」の開発と運営を行ってきた。「Tensor Cloud」を採用する発電所は年々増加しており、現在170カ所を突破。熊本県の太陽光発電所では、2024年6月から本格運転がスタートしている。 Tensor Energyはなぜ成長を続け、どのようにして周囲の信頼を得てきたのか。堀さんが意識してきたアクションやマインドなどを伺った。

堀ナナ

Tensor Energy株式会社 ファウンダー共同代表

2011年に戦略コンサルタントとして再生可能エネルギー業界へ。蓄電池や太陽光発電、電力のプロジェクトを手掛け、再エネ発電事業会社の立ち上げに参画。事業開発チームをリードし、案件組成から開発、建設、運転、管理を一気通貫でグローバルに行う体制を構築。持続可能なエネルギーを必要なときに、必要なところへ届ける世界を目指して、Tensor Energy株式会社を創業。カーボンニュートラル時代の電力のデジタルインフラを開発している。


Fukuoka Growth Nextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズでは、2024年度のHigh Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。

2024年度High Growth Program採択企業

eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社


2024年、世界中の優秀な人材とともにグローバルに挑戦する

創業から3年間走り続けてきたTensor Energyは今、アジアと米国への進出に向けて、大きく舵を切っている。今年の夏に、グローバル展開を目指すスタートアップの支援プログラムに2つ採択され、タイならびにアメリカの再エネ市場への進出に向けた本格的な支援を受けることが決定したのだ。

日本政府が2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言したことで、再エネの供給量が増加するなか、なぜグローバルに目を向け始めたのだろうか。

「今、日本と同時進行でグローバル展開を進めることはかなりチャレンジだと思っています。ですが、すでに市場が出来た状態で次のマーケットに展開しようとなると、インフラ部分の替えが効かなかったり、別のプロダクトになってしまうといった課題もあるので、あえて同時多発的にやることで、そういった課題を乗り越えられないかと考えています。

米国とアジアは、国土が広く、人口が増えている地域なので、今後電力需要は大きく伸びていきます。アメリカは地域によって再エネのルールが違うなど、複雑でおもしろいマーケットなんです。当然ライバルも多い地域ですが、我々が入り込めるニッチな領域を見つけるべく、今はアメリカで顧客インタビューを仕掛け、ヒアリングを行っています。その隙間を見つけることができれば、非常に取れ高が大きいマーケットなので楽しみにしています」

2024年10月時点の累計資金調達額は7億円を突破。VCからも、グローバル展開に対する期待を感じているという。

「グローバルスタンダードに近づけていこうと考えられているVCが多く、ある意味ともにグローバルに挑戦しようといったマインドを持ってくださっています。我々のチームも、世界の優秀な人材を集結させたグローバルな技術開発チームが揃っており、今年9月から21名体制、メンバーの国籍は10カ国となりました。そういった意味でもグローバル展開への期待は、かなりあるのだろうと感じています」

創業者としてのパッションが道を切り開いてきた

気候変動の課題を再エネという観点で解決に挑む、その課題の大きさと社会に与えるインパクトに対しても、大きな評価を感じているという。

しかし、やはり壁も高い。日本の再エネ市場が拡大するなか、2024年4月に再エネ特措法が改正。需給調整や売電管理といった専門的知識が必要な業務を再エネ事業者が担うこととなった。

再エネ事業者の業務の効率化を図るTensor Energyにとっても、法改正は見過ごせない。制度の変更があるたびに理解を深め、その都度順応してきた。

「そんな複雑な内容を、再エネを専門としていないVCや株主の方々、協業しているビジネスパートナーの方に理解していただくためには、私たちのさらに深い理解が必要です。これまで私たちを信頼してくださってきたのは、継続して丁寧に説明をしてきたからだと感じています。時間をかけながらも、言ったことはきちんと達成する。過剰に大きく見せない。リスクは正直に伝える。そして、オフラインで魂を込めて話す。シンプルですが、やはり最も相手に伝わる方法です。自分にしかできないことなんて、実はそれほどないと思いますが(笑)、『絶対に負けないんだ』という創業者としてのパッションを真摯に伝え続けることが私の役目だと思っています」

マイノリティとしての経験が、自分を成長させてくれた

時おり笑顔を見せながら、力強い言葉で話す堀氏の言葉は、まっすぐ心に響いてくる。つい悩み相談をしたくなるような頼もしさと誠実さを、たった1時間程度のインタビューで感じることができた。何かコミュニケーションにおいて大切にしていることはあるのかと聞くと、「自分が持っている常識や固定概念に捉われないことでしょうか」と堀氏。

「私は学生時代にアメリカのオハイオ州に1年間留学したんですが、そこは日本人がほとんどいない、そもそもアジア人であることがマイノリティな環境でした。日本で生まれ育ち、マイノリティな立場になったことがない私にとって、『自分の当たり前は当たり前じゃないんだ』と気づけた経験は、今も仕事や生活をするうえでの軸となっています。

偶然ですが、Tensor Energyのほとんどのメンバーは、母国を出てマイノリティとして海外生活を送った経験を持っています。外国人の共同創業者も日本で10年ほど暮らしていますが、外国人が日本で暮らすのは簡単ではなく、さまざま障害を乗り越えてきました。

そういった経験は、ひとつの視点に捉われずにいろんな視点でものごとを見る力や、課題解決能力、他人を思いやる気持ちにつながっていると思います。黎明期の業界に飛び込み、文化的にいろいろなバックグラウンドが持ったメンバーが一緒に働いているTensor Energyにとって、そういった考えや思いを持つメンバーの存在は大きいですね」

仕事の必需品は社名と名前入りのマグカップ。「このマグカップはTensor Energyメンバー全員お揃いなんですよ。社員でキャンプに行くときにも愛用しています」

三児の母だから仕事を諦めるなんて選択肢はない

Tensor Energyの共同代表でありながら、三児の母の顔も持つ堀氏。朝4:30に起き、子どもが起きる前に仕事をすることが常だという。そんな多忙を極める生活のなかでも、日々やりがいを感じている。

「私はチームスポーツが好きなので、チームで勝ちにいくというのが単純に楽しくて好きだと思いながら、日々仕事をしています。仕事ってもちろんお金のためでもありますが、楽しくあるべきですし、仕事のその先に自己実現があるからやるべきだなと思うんです。Tensor Energyのメンバーにも仕事を使ってそれぞれが幸せになってほしいですし、みんなが楽しく仕事をできているかどうかという点は、いつも注意を払ってるところです。

私自身もそうです。世代的に『女の子なんだから勉強もスポーツも仕事もがんばらなくていい』と言われてきました。世代的に過渡期にあったのだと思いますが、学生時代には、性別に関係なくプレイヤーとして競争を促される一方で、20代後半以降になるとサポートに回るのを求められるようになることへの違和感がありました。だからこそ『なぜ働いているのか』『なぜ起業しているのか』も含めて、自問自答は繰り返していますし、自分がどこまでやれるかを証明したいみたいな思いは、おそらく根底にあります。その強さは私が女性だから生まれたものかもしれません。母だからって諦めるのも悔しいですからね」

子ども世代にどんな世界を残したいのか?

なぜ自分は働いているのか。ビジネスパーソンであれば誰もが考えるテーマに対して、堀氏は明確な思いを持っていた。

「それぞれの国が持っているエネルギーや資源の偏りが原因で、これまでさまざまな争いが起こってきたじゃないですか。だからエネルギーの問題を解消したいんですよね。そのなかで、太陽光をメインとしているのは、日光があれば発電できるので、地域的な制約をある程度取っ払うことができるから。それゆえに太陽光が好きでやってるんです。

最終的には、自分たちの子ども世代や孫世代に対して、持続可能なエネルギーを届けられる仕組みをつくりたい。子ども世代や孫世代の世界のことを考えたときに、今私たちがしなきゃいけない重要な意思決定ってすごくたくさんあるんです。たとえば原発を再稼働するのか、どこまで再稼働し、どのように廃棄するのか。化石燃料を完全停止するにはどうしたらいいのか。今私たちがした意思決定は、将来的にどのようなインパクトがあるのか。何が最善の選択なのか。考えないといけないことはたくさんあります。Tensor Energyでは、将来的にその最善の意思決定ができるようなシミュレーションモデルを作りたいと思ってます」


【FGN事務局コメント】

まさにグロースフェーズにあるTensor Energy。そこにFGNが提供できる価値は何なのかを考えながらスタッフは支援を続けています。一緒に高い山に登って、そこから見える景色を後ろからでも覗かせてもらうことができたらこんなにうれしいことはないと思うし、そう思わせてくれるスタートアップだと感じています。

2023年冬に福岡市が実施した「Fukuoka City Acceleration Program」の中で、さまざまなVCから「Tensor Energyは仕上がっている」という評価を受けていました。再エネ領域でニーズあるプロダクトをグローバルなチームで開発・提供していて、さまざまな受賞や採択のニュースを聞くことも多く、高い評価を受けていることもその証左でしょう。

FGNスタッフとしては、インキュベーションフロアの見回りを夜にすると、Tensor Energyのオフィスの電気がついていることが多いなという印象です。また福岡市内外のスタートアップイベントや展示会にも数多く参加していて、戦略的に活動されているんだなと感じています。

FGNも戦略的に活用できる支援プログラムをHigh Growth Programを通じて提供できるように頑張ります。

photoglaphs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama

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