100年に一度とされる大規模再開発プロジェクト・天神ビッグバン。スクラップされた街に新しいビルが徐々に生まれ、新しい街の顔が現れ始めている。街が生まれ変わることは、福岡にどのような影響を与えるのだろうか。 イムズ、福ビル・コア・ビブレの跡地で再開発を担うキーパーソンの2人、そこに東京・原宿で開発とカルチャーの融合に取り組むアートディレクター・千原徹也氏を加えた3人で鼎談を実施。都市開発の本質を探った。
草野重徳
三菱地所株式会社 九州支店長
2022年より「Inter Media Station(=イムズ)」の跡地開発を担当し、2024年より現職。イムズは、1989年誕生から32年間にわたり「情報受発信基地」として福岡のカルチャーを牽引。その跡地開発である(仮称)天神1-7計画は、「福岡文化生態系」をコンセプトに、2026 年12 月末の竣工に向けて再開発を進めている。
花村武志
西日本鉄道株式会社 天神開発本部 福ビル街区開発部 部長
都市開発事業本部にて、商業施設「チャチャタウン小倉」館長や賃貸マンション開発、PPPでの児童会館建替え事業や水上公園整備事業などを歴任。2017年から福ビル街区開発部を担当。2022年から現職。「福岡ビル(=福ビル)」「天神コアビル」「天神第一名店ビル(のちの天神ビブレ)」。3つのビルを統合した「ONE FUKUOKA BLDG.」が2025年春に開業予定。
千原徹也
アートディレクター/株式会社れもんらいふ 代表
2024年、東京・原宿にオープンした商業施設「ハラカド」のアートディレクションを担当。デザイン事務所として施設内に入り、アーティストたちが常に集まる「原宿らしさ」を今の時代に再構築している。
ランドマークが変わる、その意味
──まず、三菱地所の草野さんと西日本鉄道の花村さんに質問です。2社が運営されてきたイムズや、福ビル・コア・ビブレは、これまでの福岡にとってどのような存在だったのか、お考えをお聞かせください。
草野氏 イムズができたのは1989年。バブル経済真っただ中で、物もお金もあふれていました。そんな時代に当社は、「情報受発信基地」という斬新なコンセプトを生み出しました。
建物としても先進的で、商業の場としてはもちろん、ショールーム機能の導入のほか、イムズホールや三菱地所アルティアムと名付けたギャラリーで情報・文化を発信し続けてきました。インターネットも携帯電話も普及しておらずリアルな場が重要だった時代に、イムズに来れば発見がある。そんな施設だったのではないかと思います。
花村氏 福ビルは1961年末に誕生しました。基本的にはオフィスビルなのですが、2階と3階には、当時画期的と言われたインテリアショップ「NIC(※1)」があったり、屋上にはビアガーデンがあったりと、一般の人も気軽に立ち寄れる施設だったのではないかと思います。
天神コアは一時期、「ギャルの聖地」と呼ばれた「SHIBUYA109」の福岡版のようになっていましたが、もともとの位置づけは「若者カルチャーの発信地」でした。ビブレも含めファッションの要素が強い施設で、時代に合わせて若者に求められるテナント構成でした。
──長年親しまれてきたランドマークが変わります。千原さんは、街にどんな変化が起こるとお考えですか。
千原氏 街にはそれぞれの文化があります。例えば、若者が服を買いに来るファッションの街や、ギャラリーやレコード店が集まるクリエーターの街に、ある日突然大きなビルができたら、街の人から無視されるか、受け入れられるかのどちらか。
興味がなければ、毎日見ている景色の中に新しいビルができても、気づかない人もいるほどです。ランドマークが変わるときには、その街の文化も取り込んで、地域の人々に共感を持ってもらう必要があります。
天神の人々に愛されたランドマーク
画像提供:三菱地所、西日本鉄道
天神で多様な人や文化が交差する
──福岡市では現在、ビジネスの誘致に力を入れています。未来の福岡は、商都ではなく、ビジネス都市に変わっていく、とお考えでしょうか。
草野氏 まず、天神ビッグバンによって天神という街のキャパシティーが広がると考えています。もともと福岡は大陸や朝鮮半島に近く、古より国内外からヒトやモノが行き交う交流の窓口です。近代になって産業の栄えた北九州の影響もあり、また陸・海・空路がさらに充実したことで、福岡は多様な交流の結節点としての機能が強まり、人口が増えて、商都の地位を確立してきました。
行政機関や日銀のある天神には、商業に加えて金融やサービス業などが集積してきましたが、近年は都市機能の拡充に限界があったのだと思います。
花村氏 福ビル・コア・イムズが面していた渡辺通りは「ショッピング通り」です。しかし、そこに交わる明治通りは、証券取引所やメガバンクなどがある「金融通り」。
天神という街は、以前から商業と金融業が交差していたのです。今回の再開発で、天神エリアがもともと持つビジネスのポテンシャルをより発揮できるようになると考えています。
草野氏 私も、商業とビジネスが「混ざり合う」ことに、さほどギャップは感じません。ショッピングする若者たちが闊歩する隣を、銀行マンが営業に走る、その向かいで外国人観光客が飲食店を探している、そのような光景は、福岡ならではかもしれない。
日常的にインクルージョンであるのが天神という街です。天神ビッグバンによって建物の自由度が高まり、天神のキャパシティーは広がりました。広がったキャパシティーを、今まで足りていなかったビジネスを含む機能の拡充につなげていく、ということだと思います。
花村氏 仕事がオン、買い物がオフだとすると、オンとオフが近い場所にあってシームレスにつながっている都市。その上で、これからはオンのスペースが増えて、さらにホテルといった新しい要素が加わります。それも単なる宿泊施設としてではなく、多様な人が交差する“街のリビング”のような場所が増えていくイメージを持っています。
新しい文化が生まれる循環をつくりたい
──千原さんは、ご自身がアートディレクションを担当された東京・原宿の商業施設「ハラカド」に、ご自身のデザイン事務所を構えています。非常に珍しい取り組みだと思いますが、その意図を教えてください。
千原氏 きっかけは、東急不動産さんから「どのようなテナントが入ったら、原宿らしいクリエーターが集まるビルになるか」と相談を受けたことでした。
これはコンペ案件だったのですが、私は「(テナントを誘致するのではなく、クリエイティブを制作する)私自身が入ります」と提案したんですね。商業施設の中に、オープンで誰でも会話できるデザイン事務所があれば、クリエーターをはじめとするさまざまな人が集まってきます。一過性ではなく、常に人が集まり、常に新しいことが起こる、原宿という街で起きている循環を、ハラカドでつくります、と。
そしたら案が通っちゃって、都心の一等地の賃料が本当に心配でした(笑)。
前例のないことですので、東急さんにも私にも不安があり、ビルが完成するまでとことん話し合いました。ハラカドの開業から数カ月が経ちましたが、本当にやってよかったです。いろいろなクリエーターが遊びに来てくれるし、その人たちを東急不動産さんや施設内の他のプレーヤーに紹介することで新たなプロジェクトが生まれるなど、これまでにないことが起こっています。
──草野さん、花村さん、新しいビルのコンセプトやその狙いについて教えてください。
草野氏 「(仮称)天神1-7計画」で建設する新ビルのコンセプトは「福岡文化生態系」です。文化を「より良くなる」という意味に捉え、新ビルが触媒となって、人々の生活がより良くなるサステナブルな生態系をつくっていきたい。そこで、ビルの足元に広場を設ける建物形状にして、施設が外に開かれた設計としています。また、九州初進出となる「エースホテル」を誘致。宿泊客だけでなく、街にいる色々な人々が自由に利用し交流することで、新しい空間から何かが生まれる。そんな仕組みをつくっていきます。
花村氏 福ビル・コア・ビブレ跡に建つ「ONE FUKUOKA BLDG.」の開発コンセプトは、「創造交差点」です。訪れる人々を常にワクワク・ドキドキさせる場所を目指
しています。建設地は、渡辺通りと明治通りが交わる天神交差点の角で、まさに天神の真ん中。オンとオフの交差点であり、アジアと九州・福岡の交差点でもある。ここを新しいアイデアと出会う場所にしていきたいと考えています。
また、商業部分は地下2階から4階、オフィスは8階から17階。その間に九州最大のスカイロビーを設けます。ここには、ラウンジ空間やコワーキングスペース、カンファレンス、カフェなどを配置。スタートアップを支援するアメリカのCICのオフィスを誘致し、定期的にスタートアップイベントを開催するなど、企業間のコミュニケーションを誘発する空間をつくります。
──街の再開発を「当事者」であり「住人」として体験された千原さんは、この新しい計画実現のために、何が必要だとお考えですか?
千原氏 個人で小さなお店を経営している人たちからすると、「自分たちの街が変わってしまうのではないか」という怖さもあるとは思います。「ハラカド」を例に出すと、私自身が原宿という街に強い思い入れがありましたので、街に新しいビルができると聞いたときはネガティブな印象を抱きました。
デベロッパーの東急不動産さんは、私をはじめ地域で活動するアーティストなどさまざまな人と会話を重ねることに5年近くの歳月をかけたほど。それほどコミュニケーションが重要だったと実感しています。
草野氏 これまで全国のまちづくりに携わってきましたが、共助の精神が息づく天神のまちづくりにおいても周辺の地主・関係者をはじめとしたまちの皆さんと共に意見交換を活発に行い、コミュニケーションを大事にしながら、前向きにまちをつくっていきたいと考えています。
──福岡をより魅力ある都市にするためには、天神がどんな機能、個性を備えていくべきだと思いますか。
草野氏 職住と自然が近接するコンパクトシティの良さを、どのように「訪れやすさ」「過ごしやすさ」「働きやすさ」につなげていくか、を考えています。
例えば、多くのビジネスパーソンがリモートワークを採り入れていますが、通勤時間の長い大都市圏と違って、福岡なら出社することへのハードルもさほど高くはないでしょう。オフィスに集まることが魅力的で、より生産性が高い、そう思える職場づくりが、実現できるのではないか。
さらにそこに、これまで以上に外国の方々が来て、宿泊し、買い物し、飲食し、そして“就業する”ことが日常となる。そんな将来を思い描いています。
花村氏 いま、熊本にTSMCの半導体工場が建設されるなど、九州の経済が盛り上がりを見せています。
海外の企業が福岡にオフィスを構えてビジネスを始め、海外との交流が盛んになってくると、福岡は本当に大きく変わると思います。支店経済都市ではなく、福岡からグローバルの視点で新しいビジネスが生まれる。そんな街にしていきたいですね。
千原氏 福岡のコンパクトさは、これからの時代、非常に価値が増すと思います。
今、世界の広告やクリエイティブ、コミュニケーションなどの動きも、スモール化していっていると見ています。大量にテレビCMを打って広く知ってもらうのではなく、より近い相手にしっかりと届ける。そうした距離感だからこそ、仲間ができ、会話が生まれ、ビジネスに発展していきます。これは私が「ハラカド」で強く感じていることです。
だって、ハラカドの飲食フロアは夜になると、東急不動産をはじめとする関係者の皆さんたちでめちゃめちゃにぎわってるんですよ。
今回、私は原宿の事例をもとにお話ししましたが、人々が街に求めることは福岡でも同じだと感じています。外から無理に他人を呼び込むこと以上に、まずは中心にいる人たちが、使い、楽しみ、そこから継続的な交流が生まれ、街の魅力になる。そう考えています。
天神の新たなランドマーク
※画像はともに完成イメージ 画像提供:三菱地所、西日本鉄道
text by Satoshi Kokubu / photoglaphs by Yasunori Hidaka / edit by Keita Okubo
Ambitions FUKUOKA Vol.2
「Scrap & Build 福岡未来会議」
100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。