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ここ数年、半導体の話題が増えている。半導体といえば、一番ホットな地域が九州。台湾のTSMCが熊本県に半導体工場を建設した。巨大な工場が建ち、周辺に道路やホテルと建設ラッシュが起き、国内外から人が大勢集まっている。 そもそも、なぜ九州に半導体投資が集中するのか。なぜ世界最強と称されるTSMCが九州を選んだのか。九州および日本のものづくりの底力の一端を平岡乾氏のコラムでお届けする。

平岡乾
経済・産業ジャーナリスト
東京工業大学大学院修了後、日刊工業新聞社に入社。群馬で中小企業取材の後、素材産業と経済産業省を担当。インダストリー4.0やTPPなどマクロ経済のほか、パナソニックなどの電機・機械企業を取材。2019年7月から5年間NewsPicks編集部に所属。 現在フリーランスで活動中。
半導体業界の覇者がやって来た
今、九州に半導体旋風を巻き起こしているのが台湾企業のTSMCです。正式名称はTaiwan Semiconductor Manufacturing Company、日本語にすると台湾半導体製造企業。実にわかりやすくて味気ない名称は、IBMの正式名称International Business Machinesを彷彿させます。
そんなTSMCのビジネスとは半導体の「受託生産」。他社が開発・設計した半導体の製造を引き受けることです。
代表例が、アップルのパソコンやスマートフォンの頭脳に当たるCPUと呼ばれる半導体。アップルは自社で設計をし、生産はTSMCに委託しています。また、生成AI向けの半導体で急成長しているエヌビディアも設計開発は自社でやり、製造はTSMCに委託しています。日本のソニーグループもゲーム機・プレイステーション5の中核となる半導体の製造をTSMCに委託しています。
このようにTSMCに生産が集中する理由は、生産規模も生産技術力も同社が世界トップだからです。特に最先端領域の半導体ではTSMCへの生産依頼が殺到して、2026年まで「予約満杯」です。
そんな最強王者が熊本県菊陽町に半導体工場を建て、2024年内に量産・出荷体制に入る予定です。しかし、「日本で作る半導体は10年遅れ」という批判も一部でありました。
確かにこの工場に導入された製造プロセスは懐かしのアップル「iPhone 6s」など2010年代半ばの技術。そこで考えるべきは、熊本工場で作られる半導体が「何に使われるのか」です。
業界世界トップの九州産半導体がある
実は熊本県菊陽町のTSMCの新工場の隣には、すでに大規模な半導体工場が存在します。それがソニーの「イメージセンサー」の工場。カメラの「眼」を担う半導体です。
ソニーというとテレビやゲーム機などの印象が強いですが、実はイメージセンサーで金額シェア40%以上と世界トップ。iPhoneなど高級機種を中心に採用され、スマホなどのモバイル用途に限るとシェア60%に達すると言われています。
ソニーは熊本県のほかに長崎県にも工場を構えており、2工場を中心にこの6年間で1.5兆円もの巨額投資をしてきました。今年5月には、菊陽町に隣接する合志市にも新工場を建てることを発表しました。すでにソニーが地域の半導体産業をけん引していたのです。
イメージセンサーは2030年ごろまで成長が「約束された」有望分野です。モバイルに加え、自動運転の広がりで自動車向けの需要も伸びています。
中でもスマホ向けは、ソニーすら「誤算」と認めるほどの急成長ぶりです。「複眼化」によって、高級機種では1台当たり前面・背面合わせて4〜5つのカメラを搭載と、カメラの採用点数が増加。さらには5000万画素という高精細カメラでは、より大型のセンサーが使われます。スマホの販売台数が同じであっても、スマホ1台当たりの「面積需要」は増加しているのです。
TSMCとソニーの半導体が組み合わさる
このイメージセンサーがTSMCの新工場で作る半導体とどのように関係しているのでしょうか。
イメージセンサーは光を電気信号に変換するタイプの半導体。データ演算用の半導体を精密に張り合わせることで、画像補正処理や画像認識などを即座に行えるようになります。
ソニーはこのデータ演算用半導体をTSMCに生産委託しているのです。そして、年々生産が増加するイメージセンサーに対し、TSMCから調達する半導体が足りなくなる懸念がありました。
こうした中、日本政府がTSMCに補助金を交付したこともあり、TSMCは熊本に工場を新設することを決定しました。TSMCにとって、日本にソニーという大口顧客がいるのであれば、近隣で生産することが理にかなっており、同時にソニーは隣接するTSMCの工場から半導体を安定調達できます。
このほかTSMCの熊本工場では、トヨタなどの自動車に搭載される「マイコン」も生産します。イメージセンサーや車載向けプロセッサーでは、10年前の製造技術が今の最先端です。
もともと、九州は日本有数の半導体産業の集積地です。例えば、ルネサス エレクトロニクスという自動車用マイコンで世界トップクラスの日本企業が、熊本県に工場を構えています。
最近ホットな分野が「パワー半導体」です。ロームは福岡県に、三菱電機は福岡県と熊本県にパワー半導体工場を持っています。この数年間でロームは総額5000億円、三菱電機が総額2600億円をパワー半導体に投資する計画です。
電力変換機能を持つパワー半導体は、ハイブリッドカー・電気自動車(EV)、再生可能エネルギーによって市場が大きく伸びると期待されている分野です。
一般知名度が高いのはコンピューターの頭脳に当たるCPUやGPUなどの「デジタル半導体」でしょう。今後もAIなどデジタルテクノロジーによって市場は拡大します。一方、パワー半導体も再生可能エネルギーなど「グリーン/脱炭素」に向けた投資によって急成長が見込まれる有望な分野なのです。
このように九州ではさまざまなタイプの半導体の工場が集積する「すそ野の広さ」が一つの特徴と言えるでしょう。
半導体産業の「基盤」も集積
別の視点で見ても、九州の半導体産業はすそ野の広さが際立っています。それは、半導体の製造に絶対に欠かせない「装置」と「素材」です。例えば、熊本にあるTSMCやソニーの工場に対し、「窓から見える」ほど近い距離に東京エレクトロンの工場があります。
半導体製造装置で世界トップの一角を占める東京エレクトロンは一時、ソニーを抜いて日本の時価総額で3位になったほどの注目企業。ほぼ半導体製造装置だけで2兆円規模の売上高を誇り、営業利益率は約30%と突出しています。
そのほかにもローツェや荏原製作所、アルバックなど半導体製造装置・部品のトップ企業や、SUMCO(サムコ)がシリコンウエハーという重要素材の工場を九州に構えています。
はっきり言ってこうした企業の一般知名度は低く、日本らしくない企業名であることもしばしば。しかし、いずれも高収益企業で、業界で高い存在感を持っています。装置や素材はその産業における「基盤」です。それらを手がける企業がこれだけ数多く立地するのも九州の強みです。
九州は日の丸半導体の縮図
産業界に詳しい人であればご存じでしょうが、1980年代に隆盛を極めた日本の半導体産業はその後、国際的な地位を下げ続けました。その多くは「メモリ」を筆頭とする、いわゆるデジタル半導体です。その主要舞台は台湾や韓国へと移っていきました。
加えて、日本は歴史的に「CPU」のような演算処理用半導体を不得手としてきました。2000年代にはソニーが「プレイステーション3」の頭脳に当たる半導体「セル」を長崎の工場で生産したことがあったものの、商業的にうまくいかずに撤退。その後、ソニーは半導体をTSMCが生産するものに切り替え、カメラの「眼」であるイメージセンサーというアナログ半導体にシフトし、事業を成長軌道に乗せました。
ソニーに限らず、アナログ半導体にシフトすることで生き残りをかけるのは日本全体の傾向です。このように九州の半導体産業は、日本の縮図でもあります。
ちなみに、TSMCの熊本工場で使う装置や素材の一部は、国内で調達できず、台湾などから輸入しています。なぜなら装置や素材をつくる日本企業も顧客のいる韓国や台湾に工場を移したからです。結果、日本で現地調達できる比率はわずか25%。TSMC熊本工場の運営を担う子会社JASMの堀田祐一社長は日経新聞のインタビューで、国内調達率50%という目標は「野心的な(困難を伴う)数字」と語っています。
装置や素材を含めて、九州および日本の半導体産業の復権はまだ道半ばとも言えます。逆に言うと、こうした装置や素材を国内調達するための投資が、今後も九州を軸に日本で続く機会がまだまだ残っているとも言えるのです。
edit by Tomomi Tamura