
飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第5回は、介護業界のDXを推進するウェルモの鹿野佑介氏。世界で最も高齢化率が高いと言われている日本では、介護業界での深刻な人手不足が問題となっている。2040年における介護人材の不足数は約70万人。鹿野氏は、厚生労働省や経済産業省などのプロジェクトや委員会に参加し、ケアテックの推進や介護保険法のDX改革に関わってきた。 「このままでは“介護難民”が出てもおかしくない」と警報を鳴らす鹿野氏が目指す、日本の未来とは? 原動力とは?

鹿野佑介
株式会社ウェルモ 代表取締役会長兼社長 一般社団法人日本ケアテック協会 会長 東京大学 高齢社会総合研究機構 共同研究員
大阪府出身。株式会社ワークスアプリケーションズ(現 株式会社Works Human Intelligence)にて人事領域のITコンサルタントとして従事。その後、介護現場の働きがいに課題意識を持ち8か月間にわたり仙台から東京、福岡まで、計400法人を超える介護事業所にてボランティアやインタビューを実施。2013年ウェルモを創業。2019年経済産業省主催ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト等14賞受賞し、累計43億調達。厚生労働省 ヘルスケアスタートアップ等の振興・支援策検討プロジェクトチーム 介護テックタスクフォース 主査等、各委員会にて介護保険法のDX推進を精力的に行っている。
Fukuoka Growth Nextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズではHigh Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。
High Growth Program採択企業(2024年度)
eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社
介護業界はこのままでは破綻する。ならば僕が動くしかない
テクノロジーの力で介護人材の業務負担軽減と質の高いケア提供の実現を目指しているウェルモ。25,900事業所のユーザーを抱える介護専門職向け情報検索サイト「ミルモネット」、介護業界に特化したコーポレートサイト制作・管理システム「ミルモネットプラス」や研究開発領域ではケアプラン作成支援AI「ミルモプラン」、独居高齢者のAIモニタリング「ミルモリズム」などを展開してきた。
2024年3月20日には、パソコン業務の自動化サービス「ミルモオートメーション」をリリース。「月末作業を25時間以上から30分に短縮した」といったユーザーの声が話題を呼んで申込が殺到し、リリースから7ヶ月で申し込み事業所数は、800件を突破した(※1)。
これまでの資金調達額は、福岡のスタートアップのなかでもトップクラスの43億円(※1)。ざっと数字を並べるだけでも、ウェルモがどれだけ介護業界に貢献し、投資家たちから期待をされているかががわかるだろう。
ウェルモが飛躍する背景を、鹿野氏は「今、日本として絶対に取り組むべき内容だからだ」と答えた。
※1 ともに2024年10月末時点

「2013年のウェルモ創業当時、介護や年金に支払われる社会保障給付費は7兆円でしたが、現在は11兆円を突破しています。今の日本の経済成長率と人口減少を考えると、社会保障給付費の増加を補えるほど、稼ぐ力は追いつかないでしょう。約1700ある地方自治体のうち、4割が財源不足になるといわれていますが、自治体の財政が破綻した場合、病院も介護施設も閉じざるを得なくなってしまうんです。
そんな現実が迫っているのに、2000年に施行された介護保険法は、この24年間デジタル対応に追いていない。解決するために動く人が誰もいなかったからです。
僕はこれまで400法人を超える介護事業所でボランティアをしてきましたが、アナログな作業が非常に多く、業務効率が著しく低かった。介護事業所は、従業員10人以下など小規模でやられているところが9割です。事務作業を社長がやる姿は当たり前。
業務効率化を図り、介護事業所の支出そのものを抑えなければ、このままでは破綻してしまう。それを防ぐ取り組みは国民として今すぐやるべきだろうと、燃えたぎるものがあって、今動いているんです」
介護業界DX化の波が押し寄せている
鹿野氏は介護業界の問題を根本から改善するために、各業界団体などと連携し、政策提言活動を行ってきた。2024年の介護保険法の改定において日本ケアテック協会の会長として提言した11項目のうち7項目が実現。介護業界DX化の波が起き始めている。
「ウェルモ創業11年のなかで、最も介護業界のDX化が進んでいる年です。当初は人口減少の中で、介護現場や自治体などでいかにICTが必要かという思いを伝えるだけでしたが、ちゃんと話を聞いてくれる場所を国が設けてくれるようになり、ようやく社会実装するところまで来ました。これほどうれしいことはないですね。
介護業界は介護保険法という社会保障の市場であり、規制の中で動いている業界です。国の仕事をしているときに、高齢化課題解決における最短ルートである本質的な仕事が出来ているといちばんよろこびを感じるんです。とくに『日本を何とかしたい』『日本をこのまま衰退させるわけにはいかない』と思っている方と出会えたときはすごくうれしい。ここにも同志がいたんだなと」
なぜ日本は衰退の一途を辿っているのか。鹿野氏はその理由を、「国の教育がもたらした、利己と利他のバランス崩壊にある」と、思いを語った。
「僕が小学生のころから感じていたんですが、日本の教育方針は人とチームを組んでやっていくような育て方をやっていない気がするんです。18歳まで個人プレーでがんばってねと。その結果、自分の利益を第一に考える利己的な人が増えて、人と人とのつながりが弱くなってしまった。国家はそもそも郷土愛や家族愛のような自然発生する愛着をもとに、人と人が支え合う文化があってこそ、国は成り立ちますが、利己が強いと、人のために社会のために、国のためにやろうと思う人は少なくなりますよね。結果、国家としてチームプレイが出来ず、足の引っ張り合いで個別最適解がはびこり衰退する。
逆に介護業界は利他(他社利益)意識の高い人がとても多いので、人間らしくていいなって僕はすごく好きなんです。しかし利他が強いと、共依存化するリスクも上がる。これは不健康な心理状態です。
そう考えたときに、利己と利他のバランスを取ることが、人間の成長ひいては日本という国の成長につながるんではないかと思うんです」

世界トップのインフラをつくり、輸出産業として全世界に打って出る
取材者としてお会いする前は、介護業界のDX化と課題の多い分野に果敢に飛び込み、国と正面から向かい合っている鹿野佑介という方はどんな人なのだろう。真面目で寡黙であまり話を引き出せなかったらどうしようとも考えていた。しかし鹿野氏は「実は性格は根っからの関西人なんですよ(笑)」と大きな笑顔で迎えてくれた。
趣味はゲームで、「エーペックスレジェンズ」というバトルロワイヤルゲームでは、上位数%しかなれないマスターランク。休日は釣りに音楽、旅行にスキー、テニスと、「シーズンごとに好きなものがいっぱいあって楽しいんですよ」と好奇心旺盛でパワフルな一面も垣間見れた。
そのパワーは一体どこからやってくるのだろうか?
「うちは二世帯住宅でおばあちゃんと一緒に住んでいたんですけど、おばあちゃんが『できるできると思えばできるから、何でもできると思いなさい!』といつも言っていたんです(笑)。それを口すっぱく言われて育ったからか、やる気しかないんですよね(笑)。座右の銘は百折不撓。とにかく諦めない、もう死んでもやるんだって。それは僕の強みなのかもしれませんね」
では、そんな鹿野氏が諦めたくないこととは?
「高齢化率の高さを武器に、もう一度国家として旗揚げできるのではないかと思っています。高齢者領域のDX化において、世界トップのインフラを作って、それを他の国に輸出する。日本が世界でリードを取れるのは、唯一ここだけだと思うんです。
ただ今の段階は、国内充実が先です。日本で限界までDX化を進める。その後に輸出産業として全世界に打って出る。このツーステップはやり遂げたいなと思ってるので、もう意地でもやるという思いです。
なので、上場は恩返しの通過点としてさらっとやりたいです。それよりも国策としてケアテック市場を確立させ、しっかりエイジングの領域にてグローバルでシェア取れるような会社にしたいと思っています」
【FGN事務局コメント】
介護業界のDXを推進するウェルモ。2023年10月にFGNに本社機能を集約し、事業に集中する体制を整えています。高齢化と介護という日本の深刻な問題に、デジタルを使って取り組み、さらに政策提言活動などを通じてそれを広げようとしています。ゴールはIPOではない、ケアテックを輸出産業として全世界に売っていくという大きなビジョンを「もう意地でもやる」と言ってしまう鹿野さん。その大きなビジョンをサポートするために私たちは何ができるのか。それを考えながらFGNでは支援を続けていきます。
photographs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama