
──日本をアップデートするのは、企業の中から生まれる新規事業だ。 近年、伝統的な日本企業の中から事業が続々と生まれ、自社のアセットを最大限に活用し、一気に社会実装を進める。そんなダイナミックな変革が起きつつある。 新規事業と社内起業家(イントラプレナー)を表彰する「日本新規事業大賞」が、2026年に第3回を迎えた。本連載では、最終審査のピッチの模様を集中連載で届ける。 今回紹介するのは、日清医療食品株式会社・髙木麻衣氏のプレゼンだ。全国約5,400の施設に毎日130万食を届ける「給食のリーディングカンパニー」が、そのアセットを活かして挑む新規事業「おむかえデリ」。共働き家族の「夕方の課題」に向き合う、若手社員の挑戦だ。
18時、保育園のお迎え。本来、一番幸せな時間のはずが
髙木氏はピッチをこんな言葉で始めた。
「18時、保育園のお迎え。お腹を空かせて泣き出す子どもと、一日中働いて疲れ切った親。この時間は本来、家族にとって一番幸せな時間のはずです。しかし、実際には、これからの家事の負担や、せっかく作ったごはんを子どもが食べなかったりする育児のストレスなど、毎日のように両親への負担が発生しています。共働き世帯が、日本の夫婦の7割を超えた今も、この課題は解決されずに続いています」
「夕食の課題を解決したい」。その思いが、おむかえデリの出発点だ。
保育園のお迎え時に「夕食」を持ち帰る
日清医療食品は1972年の創業以来、50年以上にわたり病院・介護施設・保育園などへの給食受託を手掛けてきた。現在は全国約5,400か所の施設へ毎日130万食を提供する、この分野のリーディングカンパニーだ。
おむかえデリは、その給食ネットワークを活かした新しいサービスだ。
「私たちが提供するのは、保育園のお迎え時に夕食を持ち帰れるサービスです。生活動線の中で夕食の準備が完結し、家では温めるだけ。スーパーに寄る必要もなく、メニューを考える必要もありません」
単なる「便利な弁当」ではない点がこのサービスの核心だ。
「提供するのは、普段子どもたちが食べている『給食』をベースにした夕食セットです。子どもが違和感なく食べられる味付け、栄養管理、衛生管理が行き届いた安心感。さらに年齢に合わせて食材の大きさにも工夫が施されています。給食提供ノウハウそのものがこのサービスの価値となっています」

実証実験で見えた、子どもたちの変化
保育園のスペースを活用して実際に行った実証実験では、検証販売日の80%を利用する家庭も見られた。平日の夕食のほとんどをこのサービスに委ねた計算だ。
「これは単なる便利だから使うのではなく、生活の一部、なくてはならないインフラとして組み込まれている状態です」
利用者からは、切実な声も届いた。
「疲れている日かどうかにかかわらず、販売している日はすべて利用させてもらいました」
「スーパーだと、望んだメニューがなく、宅配サービスだと家にいて受け取らなければいけない。そのちょうど間のサービスで大変助かりました」
最も驚くべき変化は、親ではなく子どもたちに起きた。
「普段あまり夕食を食べない子が、『夕食を持ち帰る』という体験のおかげで、自ら夕食を食べました」
髙木氏はこう確信する。
「これは単なる利便性の提供ではありません。子どもたちの行動、そして家族の空気を変えるサービスです」

なぜ、日清医療食品が挑むのか? 3つの強み
競合が多い領域に、なぜあえて挑むのか。髙木氏は3つの理由を挙げた。
まず「物流ネットワーク」だ。同社ではすでに全国5,400か所へ、毎日給食サービスを届けている。本事業のために新たに配送網を構築する必要がなく、既存のインフラをそのまま活用できる。
次に「食嗜好データ」。保育園の給食提供を通じて約8万人の子どもたちの食の好みを蓄積することができる。

「どの味付けなら食べるのか、どんな料理なら食べるのか。これを商品に反映できる点が、他社との大きな違いです。子どもたちが本当に食べる夕食を作ることができます」
そして「保育園との信頼関係」。同社はすでに多くの保育園と関係性があるため、新規開拓コストを抑えながら早期の事業拡大が可能だ。
オペレーション面では、保育園に小型の冷凍庫を設置し、予約した保護者がお迎えの際に受け取って持ち帰る仕組みとなっている。
施設の中の食から、暮らしの途中の食へ
同サービスの公式サイトによれば、将来的には通院・通所の動線や、オフィスへの展開も視野に入れており、「働く人々、そしてその家族全体の『食のインフラ』となることを目指す」としている。
髙木氏はピッチをこう締めくくった。
「私たちはこれまで施設の中の食を支えてきました。これからは暮らしの途中にも食を届ける会社へ。その第一歩としてこの取り組みに挑戦しています」
「新規事業は不確実で批判されることも多い領域です。それでも私は、誰を助けるのかを自分で決めることができて、その人の生活を少しでも前に向けられる、とても価値のあるお仕事だと思っています。自分がやりたいと思える未来を誰かに任せるのではなく、自分自身でつくっていきたい、そう思っています」
このサービスが誰かの夕方を少しでも優しい時間に変えられたら──大企業の中にいる一人の若手の言葉に、会場から大きな拍手が送られた。
また審査員からも、「同様の課題解決に取り組んでいるスタートアップや事業会社は確かに存在する。その中でも、日清医療食品ならではのアセットの強さがある」と高い評価を集めた。

審査員との質疑応答
Q:食事以外の課題も多い中で、どこまでの事業拡大を考えていますか?
A:「食育」につなげていきたいと思っています。どのような種類の野菜が入っているかをお子さんに伝えるメッセージカードを同封するなど、協業・コラボも考えています。
Q:保育園側のオペレーション負担はどうですか?
A:現在は保育園に小型の冷凍庫を設置し、予約した方が受け取るオペレーションです。実は「おむかえデリ」は、職員の方にも利用いただいています。現場からのマイナスな意見はいただいていません。
photographs by Kohta Nunokawa
