【元・三越伊勢丹 飯島芳之】社内起業、経営、廃業の全記憶。ワークシェア黎明期に見た夢

大久保敬太

社内起業に挑戦する人はいても、そこから「会社をつくり、経営し、畳む」経験をした人はどれほど存在するだろうか? 三越伊勢丹のバイヤーだった飯島芳之さんは、信頼する上司が失脚する中、女性向けの短期アルバイト紹介サービス「ワンデイワーク」を立ち上げた。現在、ワークシェア市場を席巻しているTimeeとほぼ同時期に誕生した新規事業は、一時登録会員10万人のネットワークに拡大した。 黒字化の直前に立ちはだかったのは、新型コロナによって本業に大きな影響が出たことによる、親会社の方針変更だった──。 4期に及ぶ、イントラプレナーの戦いの記憶を記す。

飯島芳之

株式会社アルファドライブ イノベーション事業部 アクセラレーション事業部 リードコンサルタント

2002年に株式会社伊勢丹(現・三越伊勢丹)新卒入社。バイヤー職の経験を経て、2018年に新規事業を起案。2019年10月に三越伊勢丹ホールディングス100%子会社として株式会社ワンデイワークを創業。4期経営後、事業撤退。2023年より新規事業支援の株式会社アルファドライブへジョイン。

大久保敬太(インタビュアー)

Ambitions編集長

ミスター百貨店の薫陶を受けたバイヤー時代(〜2017年)

大久保:今回は元・三越伊勢丹のイントラプレナーで、現在は新規事業開発を支援するAlphaDriveの飯島さんにお話しを伺います。

飯島:はい、聞きたいのは「会社を潰した話」ですね(笑)、いいですよ。皆さんの参考になることができればうれしいです。

大久保:まずは飯島さんのキャリアを教えてください。

飯島: 2002年に三越伊勢丹に入社しました。統合前の伊勢丹側ですね。2023年まで在籍していました。

新入社員の頃から上司だった人物が大西洋さんで、その後社長になりました。若手時代からバイヤー時代も含め本当にいろいろなことを教わりました。

伊勢丹メンズ館ができて男性ファッションブームが起きたり、富裕層向けマーケットの勉強のために豪華クルーズや富裕層向け人間ドックを体験したり、国会議員のファッションコーディネートをしたり……百貨店のバイヤー、マネージャーとして、本当に多くの経験を積ませてもらいました。

大久保:しかし2017年、大西社長は退任されます。

飯島:はい、それが新規事業のきっかけの1つにもなりました。

N=1の課題を解決するアイデアで社内グランプリ(2018年)

飯島:大西さんが社長を退いた年の翌年、社内で新規事業アイデアの募集が始まりました。

大久保:いわゆるボトムアップのビジネスコンテストでしょうか。

飯島:はい、会社として初の取り組みでした。当時は募集テーマやハンティングゾーンは明確に定められていませんでしたが、そこにチャレンジすることにしました。

百貨店の現場では日々新しいサービスを考えて提供してきましたし、事業開発で言われる「顧客300回(※)」にしても、新人の頃から毎日たくさんのお客さんの意見を聞いてきました。これまでのキャリアと事業開発の相性はよかったと思います。

富裕層向けの婚活や終活など、いろいろと考えました。

(※)新規事業開発には、実際の顧客の声を数多く聞くことが大事という言葉。

大久保:百貨店の顧客と相性がよさそうですね。

飯島:でも、結果それらは自分で却下しました。

家庭の話ですが、当時妻が妊娠していて、「復職出来ないかもしれないし、自由に働けない」ことにストレスを感じていたんです。

思うように働けない女性の課題を解決すれば、妻の機嫌も治るかな? と思いついたのが、「女性向けの短期就労マッチング」のサービスでした。今でいうシェアワークです。

大久保:代表格である「Timee」が2017年創業ですので、市場の黎明期ですね。

飯島:そして、この事業アイデアがコンテストのグランプリを獲ります。

大久保:初開催のビジネスコンテストで、事業化を獲得。百貨店ビジネスとは関係が薄そうですが、どのように周囲を説得したのでしょうか。

飯島:業界で働いている割合は圧倒的に女性が多い。課題は絶対あると言い切り誤魔化しました(笑)。でも、目の前の困っている妻を助けるこの事業は、絶対にいけると思っていました。

また、仮説検証を行う中で、社内起業を行うことの使命感が増してきました。日本最古の百貨店だった会社の「古い文化」を変えたいと思うようになりました。

自分で事業を持つことで、百貨店キャリアの新しい道をつくることで変えていきたい、と。

 結果、無事に事業化。同年10月、三越伊勢丹100%出資で会社「ワンデイワーク」を設立しました。

ドブ板、テレアポを繰り返しす(2019年)

大久保:事業化後の動きを教えてください。

飯島:経営企画に移動し、事業を立ち上げることなりました。

メンバーは、育休明けで短時間勤務をしていた女性社員にメンバーに加わってもらいました。僕と2人、手探りでシステムの開発と、サービスの検証を繰り返しました。

しかし三越伊勢丹が持つ富裕層のネットワークは、この事業ではあまり機能しません。

女性へのヒアリングを重ねても、なかなかうまくいかない。

半年ほど経った時、ふと気づくいたんですよ。僕はユーザーである女性の話ばかり聞いていたけれど、雇う企業と向き合うべきだ、と。

そこからはとにかく企業の声を聞き、サービスを導入してもらえるように営業しました。

手法はテレアポと飛び込み営業です。新宿駅周辺のバイト情報誌を集めて、アルバイトを募集している企業に片っ端から当たりました。途中から社内募集でメンバーが4人に増えたのですが、1万社近くアタックしましね。

コロナ禍で、アルバイト需要がふっとぶ(2019-2020年)

大久保:4月の事業化から、10月に会社設立。いよいよ本格的に事業が始まります。

飯島:ところが、ここですごいことが起こります。コロナ禍です。

大久保:きつい……直撃したのですね。

飯島:世の中の求人が、すべてなくなりました。

当時、Timeeも含め、アルバイトを手掛ける人材会社はみんな苦しんでました。ただ、フードデリバリーの需要だけは残っていたので、Timeeはそこに活路を見出した。僕のサービスは主に「女性向け」に絞っており、体力仕事のデリバリーを対象にしていなかった。

もう、まんまとゼロになったんです。類似サービスがいくつか生まれていましたが、この期間で半分以下になりました。

大久保:それで、どうされたのですか?

飯島:ひたすら、ユーザーインタビューだけはやろうと決めました。

コロナ禍で、求人市場はリセットされました。いつか収束するにしても、いきなり正社員雇用が復活するとは考えにくい。まずはアルバイト雇用から回復するはずだ、という仮説を持っていました。

世の中に仕事がない時期でしたので、求職者は増えます。我慢しながら事業を続けた結果、求職者の登録数は大きな広告宣伝をせずに約10万人までいきました。

大久保:そのくらいの人材プールがあると、いろいろなビジネスになりそうですね。当時の活動費はどう工面されたのですか?

飯島:そこは企業内の新規事業のメリットです。最初に親会社から一定借入れをしていたんです。

何ヶ月活動を続けられるか、タイムリミットの中でどうすれば成長カーブを描くことができるか、ギリギリの計算をしていました。

そして2022年の中頃、ようやく求人市場が戻り始めました。来期には黒字化できる。そう思っていました。

本社が決断。新記事業への投資を凍結する(2022年)

大久保:2022年、いよいよV字回復を狙う、というところです。

飯島:しかしここで、またすごいことが起きます。本社である百貨店ビジネスは、まだ回復できずに苦しんでいたんです。

大久保:百貨店の業績回復は2023年あたりから。業種によって回復までに時間差があったのですね。

飯島:さらに、コロナ禍に社長の交代もありました。本業の立て直しに集中しなければいけません。

その結果、百貨店事業以外のすべての投資の「凍結」が発表されました。ちょうどその頃、僕らは人材プールも出来てきたこともあり、セキュリティも含めたシステム投資が必要になってきたタイミングでした。

──ああ、潰れるな。

そう思いました。これから黒字が見えそうだったとしても、さらに成長に向けた投資をしてくださいというのは、もう話が通らないだろう、と。

大久保:それで、どうされたのですか?

飯島:最初は事業の売り先を探しました。

大久保:独断で、ですか?

飯島:はい。幸い、ここまでの3年の活動の中で人材業界だけでなく、幅広い業界に接点ができていました。すぐに事業を買いたいという企業、0からうちで立ち上げなおさないかという非常に良いお誘いも頂ける状況でした。

一方、親会社からはNO、事業は凍結するとの判断でした。

ここで、会社を畳むことが決定しました。これが2022年の本当に年末ぎりぎりでした。

事業は、畳む方が難しい(2023年)

大久保:その後、飯島さんは会社を退社されます。当時の動きを教えてください。

飯島:会社からは新規事業を立ち上げた人材としても評価してもらい、別のポジションを用意してもらいました。一方でこの時点で自分は三越伊勢丹を辞めようと心の中で決めていたのもあり、兼務で新しいポジションの仕事もしながらも、この事業のクローズだけはやりきろうと業務を進めていました。

そこからはとにかく謝罪です。当時アクティブな利用状況だったクライアントに謝罪にいきました。

その後、アプリシステムを閉じたのは翌年2月末だったかな。ホームページもクローズし、その後契約していた銀行もクローズ。法人登記の解散だけは、時間の都合上やりきれなかったため信頼していたメンバーにお願いしましたが、そこ以外はすべてやりました。

大久保:事業の「立ち上げ」と「畳む」では、どちらが難しかったですか?

飯島:畳む方です。

三越伊勢丹は352年の歴史を持つ企業ですが、事業を「畳む」方法は、ノウハウ化されていませんでした。一つひとつ、親会社の関連部門に話を聞いて、弁護士に話を聞いて、銀行に聞いて、対応していきました。

また、立ち上げと撤退では、モチベーションが変わります。立ち上げの時は、周囲も期待してくれる、エールを送ってくれる部分があるものです。しかし畳むことは、あまり誰もやりたくない。結構心が折れる作業でした。

大久保:よく、投げ出さずに遂行されましたね。

飯島:元上司である大西さんから若手のころに言われた言葉の存在が大きかったです。「百貨店業は人で持っている」「人を大事にしなさい」と教わり、僕は社会人として育ってきたんです。

会社を畳むことは、僕が逃げても誰かがやらなければいけない。だったら、自分でやりきろう、と。

ワークシェアの覇権争いをしていた、もしもの未来

大久保:現在、ワークシェア業界は、「Timee」「シェアフル」「LINEスキマニ」などが挙げられます。また直近では「メルカリハロ」の撤退があるなど、競争が激化しています。

もしも、の話ですが。飯島さんの「ワンデイワーク」が割って入る可能性は、どの程度あったと思いますか?

飯島:他社との状況はわかりませんが、事業としての可能性はあったと、今でも思っています。

現在のワークシェアの主なサービスは、労働者優先のプラットフォームです。求人を出していて、求職者が働きたいと思ったら1秒でマッチし、現場に行く。

一方、ワンデイワークは「企業側が採用・不採用を選ぶことができる」機能を持っていました。

飯島:単日アルバイトとはいえ、どんな人が来るかわからないというのは、不安なものです。

求職者からしても同じです。ユーザーヒアリングを行ったところ、たった1日のアルバイトのために、事前に「下見」に行くという方もいらっしゃいました。

「ワンデイワーク」の主な登録者は女性です。子育てに忙しくて、久しぶりに働くという人もいる。そんな方は、フレキシブルなマッチングではなく、事前に選考されて、ちゃんと情報をもらって、安心した状態で働きにいく、ということが価値になる。

それを実現する、唯一のサービスだったと思います。

それでも、事業の立ち上げは、面白い

大久保:社内起業に取り組んだ期間を、改めて振り返っていただきたいです。いかがでしたか?

飯島:事業を4期やっていろいろありましたが、悪い思い出ってひとつもないんですよね。

大久保:事業を畳むことなど、かなりきつそうですが。

飯島:でもこれが結構面白くてですね。「会社の潰し方マニュアル」を作ろうと思ったりね。

大久保:……すごい人ですね。

飯島:サラリーマンのキャリアの中で、事業を立ち上げるなんて、なかなかできませんよね。さらに潰すまでワンセットでやれるって、すごいことじゃないですか。年間何人これを体験できているんだろうって思うんですよ。

これを経験できたことは、本当によかったです。


編集後記

現在、Ambitonsの親会社であるAlphaDriveで新規事業支援を行っている飯島さん。

今回改めて立ち上げと「潰した」ストーリーを伺いました。

4年の間の山あり谷あり、激動のお話、ただただ圧倒されました。

自身の会社を畳む作業を、「苦しい」よりも「面白い」と話していたのが特に印象的。イントラプレナーの皆さんの共有してみられる「状況の捉え変え」のすごさをひしひしと感じました。

#新規事業

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