
飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第10回は、香港発のIoTスタートアップ・BeeInventorの日本法人を率いる田中天広氏。建設現場の安全を根本から変えようとする技術と、それを日本市場で根付かせるための“橋渡し役”として奮闘する田中氏の挑戦に迫る。

田中 天広
BeeInventor株式会社 Vice President(日本法人 事業連携・営業統括)
半導体業界での法人営業を経て独立。訪日インバウンド支援や海外企業の日本市場進出支援に従事する中で、台湾発IoTスタートアップBeeInventor(ビーインベンター)と出会い、2024年より同社日本法人の立ち上げに参画。以来、VPとして日本市場での製品ローカライズ、営業戦略、パートナー開拓を主導。建設・製造業のDXを通じて現場の安全性向上と業界の構造課題解決に取り組む。中華圏ビジネスや越境実務に精通し、日本とアジアをつなぐ「事業の架け橋」として活動している。
High Growth Program
Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタマイズして提供する選抜型プログラムだ。
2025年度High Growth Program採択企業
BoutiqueResidence&Co.株式会社 OYASAI株式会社 コースタルリンク株式会社 BeeInventor株式会社 KYEs株式会社 株式会社トイポ 株式会社OneAI カプセルジャパン株式会社
「誰もやらないなら自分でやろう」香港の土木技師が挑んだ建設DX
BeeInventor創業者のハリー・チェン氏は香港出身。もともと香港政府及び民間企業のインフラ管理部門で20年以上にわたり土木技師として現場に携わってきた人物だ。現場では長年労災対策が行われてきたものの、事故件数は一向に減らない。当時最先端のテクノロジーが台頭し始めているのに建設現場には取り入れられていない状況に、彼は強い疑問を抱いたという。
「現場にテクノロジーを入れたら、もっと安全に楽に管理できるはずだ」。そう確信したハリー氏は、「誰もやらないなら自分でやろう」と2017年にBeeInventorを立ち上げた。
幸運だったのは、BtoB製品の開発経験が豊富なエンジニア(デニー)と知り合えたこと。田中氏は「チェンが “こんなのあったらいいな” と考えるのび太くんで、デニーがそれを叶えるドラえもんみたいなもの」と笑う。ユーザー視点の発想と技術者の力がかみ合い、BeeInventorはクラウド管理プラットフォームを備えた建設用「スマートヘルメット」を形にすることになる。
「スマートヘルメット」とは、屋内外問わず、ヘルメットの位置と装着者の身体情報をリアルタイムで得ることのできるソリューションだ。転倒・停止検知をはじめ、心拍数・体温の検出などによって、従業員の健康状態の異常などを可視化する。他にも、禁止エリアへの侵入防止、出席報告やヘルメットの着脱など人事管理にも活用できる。

創業の地・香港で事業を開始したBeeInventorは、その後台湾へと展開し、2022年には日本法人を福岡に設立。さらに2023年にはシンガポールにも進出するなど、アジアを中心に少しずつ拠点を拡大してきた。
「建設業界の課題はどの国でもほぼ共通しています。現場での事故をなくす、安全管理者の負担を減らすといったニーズは各国で一緒なんです」
各国の建設現場で求められる安全管理DXという潮流に乗り、BeeInventorは解決策を提供すべく躍進を続けている。
「ゼロから上場まで、やり遂げてみようと思った」田中氏の想い
そんなBeeInventorの日本展開を率いる田中氏は、どのような経緯で参画することになったのか。田中氏の原動力には、「日本と海外の架け橋になり、日本を元気にしたい」という想いがある。
「2000年頃、北京に留学していたのですが、身に着けていたシチズンの腕時計に現地の学生たちが群がり、『凄い、見せてくれ』と羨望の眼差しを向けられたんです。『たかだか1万円程度の時計なのに、日本ってすごいんだな』と鼻高々になれました」
しかしその後ビジネスで海外を行き来するうちに、店先から日本製品が減り、日本に関するニュースも少なくなり、日本の影響力低下を肌で感じるようになったという。「寂しかったですね。本当に」と田中氏は当時を振り返る。そうした経験から、何らかの形で日本に貢献したい、日本をもう一度元気づけたいという思いがずっと胸にあった。
自分にできることは何か。模索する中で見出したのが、「異文化を理解し商習慣の違いを乗り越える橋渡し役」という自身の強みだった。そんな折にBeeInventorを知り、「ゼロから海外発のスタートアップを日本で上場まで導く」というハリー氏の挑戦を聞いて胸が躍った。
「ハリーと話して印象的だったのは、『日本に親会社を置いて将来は上場までしたい』という言葉でした。その野心に惹かれました」

ハリー氏は日本でのビジネスの商習慣が詳しくないため、日本市場開拓には現地でビジネスを牽引してくれるパートナーが必要だった。田中氏はその話を聞き、自身の心に火が付いたという。
「最初は外部から応援するつもりで話を聞いていたのですが、気づけば『じゃあ私がやります』と手を挙げていました。1社に入り込み、とことん付き合って、ゼロから上場まで立ち上げる。それを自分のミッションにするのも面白いと思ったんです」
2024年初め、日本法人の第1号社員として田中氏はBeeInventorにジョインし、日本での事業立ち上げを託された。

技術流出の懸念と世界3位の市場。創業者が日本を選んだ理由
香港生まれのBeeInventorがなぜアジア戦略の重要拠点に日本市場を選んだのか。その背景には創業者ハリー氏の戦略的な判断があった。
「ハリーは当初、中国本土への展開も検討したそうですが、『技術を盗まれるリスクがある』と懸念しました。また、香港や台湾は市場規模や投資環境の面でグローバル展開の土台には限界があります。そこで欧米進出も視野に入れつつ、まずはどこでIPOを目指すかと考えたとき、日本に白羽の矢を立てたんです」
日本を選んだ理由は大きく2つあるという。それは市場性と日本という環境が持つ特殊性だ。
「日本の株式市場は大きく、建設業界の規模も中国、アメリカに次いで世界第3位です。市場全体は急成長しないとしても、国土交通省など政府の建設業のDX推進政策の後押しで建設DX分野はこれから伸びていくでしょう。さらに、日本は品質や安全性に厳しい市場です。だからこそ、そこで事業を展開すれば製品も鍛えられる。ハリーはそう考えて日本進出を決めました」
実際、BeeInventorが香港・台湾で展開していた製品をそのまま日本に持ち込んでも、すぐには通用しなかったという。
「日本のお客様が求めるレベルは全然違います。日本法人を立ち上げてから、この1年余り品質改善をやり続けてきました」
日本市場で本格的に営業を始めたのは2024年からだが、最初のうちは受注も簡単ではなかった。その背景には、日本ならではの商習慣やニーズの違いがあったという。
「いつもと違うのは嫌だ」突きつけられた日本市場の壁に対応
日本で事業を始めて直面したのは、プロダクト面での現場の厳しい要求だった。
「日本のお客様は本当に細かいところまでこだわります。たとえば充電用のケーブルひとつとっても、海外では『必要なら自分で買ってください』というスタンスでしたが、日本では『製品に付属してきて当然』と考えられます。ヘルメットから音声でアラートを出す機能にしても、日本向けには音量調節ができないと『どうして調整できないのか』と言われますし、『ボタンを押した感触や、押した際にわかるランプ表示が欲しい』など、本当に細かな使い勝手への要望が出てくるんです」
なかでも大きなハードルとなったのが、スマートヘルメットそのものの提供方法だった。BeeInventorは当初、ヘルメットとセンサー類が一体化したスマートヘルメットを販売しようとした。ところが日本の現場ではこの“一体型”が受け入れられなかった。
「日本の建設会社は各社ごとに決まったヘルメットの形やデザインがあって、『うちのヘルメットに後付けできる形じゃないと…』と言われたんです」
スマートヘルメットを分解し、センサー部分だけを取り付け機器として提供することも検討したが、それでは全体のバランスが悪くなり、防水性の低下など新たな問題も生じる。それでも顧客は「いつも使っている形と違うものは受け入れにくい」と譲らず、日本市場での導入は思うように進まなかった。
「まさに、マーケティング用語でいうPMF(プロダクト・マーケット・フィット)です。日本市場向けに、使い勝手の適用、売り方の適用など、この1年、PMF調整を徹底してきました」

顧客の声を直接聞きに行き、本社と開発チームにもフィードバックし続けて、ようやく日本の現場に受け入れられる形が整ってきた。海外発のプロダクトを日本仕様に磨き上げる地道な努力が、少しずつ実を結び始めている。
人手不足・労災多発。アナログな現場にDXの光
建設や製造の現場が抱える課題について、田中氏は「構造的な問題が重なっている」と話す。この20年で日本の総人口が約4%減少したのに対し、建設業就業者数は16%も減少した。加えて、従事者の3分の1が55歳以上と言われている。
「高齢者が多いこともあり、昔ながらのやり方を簡単に変えられない。声かけや人の勘に頼る部分が多くて、デジタルを入れようとしても現場で受け入れられにくいんです」
一方で老朽インフラの補修や大型開発需要は増しており、現場は慢性的な人手不足に陥っている。その影響は数字にも現れており、2025年には未消化の建設工事額が15兆円超と過去最大に膨らんだ。建築業界の市場規模が約60兆円なので4分の1がずれこんでいることになる。人が足りず「受注しても着工できない」案件が山積している。
さらに安全面の問題も看過できない。建設業の労働災害発生件数・死亡者数は他産業より突出して多い。事故が起きれば工事は止まり、管理者の負担はさらに増す。
「現場は期限どおりに工事を進めるだけでも大変なんです。そこに事故対応や報告が入ると、一気に止まってしまう。人は減っているのに、管理する仕事は増えている。このままだと本当に持たないと思いました」
こうした課題を解決すべく、国も動き始めている。国土交通省は建設現場のDX推進に本腰を入れ、ICT活用や安全対策に積極的な企業には公共工事の入札加点措置など支援策を打ち出している。大手ゼネコン各社もデジタル技術導入を加速させつつあり、大手が変われば下請けの中小も追随せざるを得ない。実際、BeeInventorの主要顧客もスーパーゼネコンが中心で、大企業から順に現場DXの波が押し寄せている。
BeeInventorのビジョンは、建設現場を安全にすること。危険と隣り合わせの現場にDXを持ち込むことで、より快適で働きやすい現場に変えていきたいと考えている。

熱中症予防AIで現場を革新、IPOを経て世界ブランドへ
建設現場の課題解決に向け、BeeInventorは今後どのような未来図を描いているのか。田中氏はまず「現場のあらゆる労災対応をカバーできるようにしたい」と語る。現在のスマートヘルメットに加え、他社との協業も含めて、顧客が求める安全ソリューションを一通り揃えていく構想だ。
その一環として開発中なのが、AIによる熱中症予防システムだ。作業員の体調データをAI解析し、熱中症になる前に警告を発する仕組みで、深部体温センサーをヘルメットに組み込むことで精度を高めても装着時の負担を抑える工夫を凝らしている。

労働力不足という構造的な問題に対し、テクノロジーの力で生産性と安全性を飛躍的に高める—。それがBeeInventorの描く未来だ。
「我々は2029年のIPOを目標にしていますが、その後は欧米にも進出し、“スマート建設”の領域で世界に名だたるブランドになりたいと考えています。香港発のスタートアップが日本から真にグローバルな企業へと成長していく。そんな姿を実現したいです」
「翌日には福岡に移転を決めた」東京では得られない支援環境
BeeInventor日本法人は当初東京に登記されていたが、あるイベントで福岡市のスタートアップ支援担当者と出会ったハリー氏は、「東京より手厚く支援できる」「上場も支援する」と熱烈な誘いを受ける。話を聞いた翌日には「福岡に拠点を移そう」と即決したという。
「支援内容は本当に手厚くて、IPOに向けた資金調達のためにVCやCVCを次々とつなげてくれますし、お客様になる企業も紹介いただいています。我々のように人手が限られているスタートアップにとって本当に助かるご支援です」
福岡に本拠を置くことへの懸念はなかったのだろうか。田中氏は首を横に振る。
「東京にも営業担当が2人いて必要に応じて動いてもらえますし、初期の商談ならオンラインでできます。東京にいたら何万社といる中の1社にすぎませんが、福岡ではスタートアップ1社1社にここまで寄り添った支援を受けられるから何も懸念はないですね」
地理的な利点もある。福岡はアジアに近く、香港や台湾との行き来もしやすい。
「先日も創業者のハリーが福岡に来ていたのですが、夜9時の便で台湾に帰って、日付が変わる前には自宅に着いていました。東京とほとんど変わらない距離感ですよね。福岡空港のアクセスの良さは本当に特別です」
地方都市とはいえ、大都市東京と遜色ない利便性でアジア各地と繋がっている点も福岡の強みだ。こうして順調に事業を拡大しつつあるBeeInventorだが、今後の成長戦略でも福岡は重要な位置を占める。
「将来的には東京、名古屋、大阪などにも拠点を広げていきたいと考えていますが、福岡はサービス拠点兼本店として引き続き活かしていきます。特にFGNとのネットワークを基盤に、ここ福岡で事業を伸ばしていきたいですね」
そんな田中氏は、活動に欠かせないアイテムとして「ネットワーク」を挙げる。FGNをはじめとしたさまざまなつながりから、自動車業界や製鉄業界、製造業の企業にも検討してもらえるようになった。

「我々の製品は、建設業以外でも適用できるという実感・手応えがあります。自分たちだけではなく、パートナーシップを組み、代理店も作ったうえで、さらにレバレッジを効かせて拡大したいと考えています」
