
教育現場のICT導入が進み、GIGAスクール構想第2期に突入した昨今。公教育の議論は、教育のあるべき姿や、教員の働き方、生徒とのコミュニケーションなど、より本質的なテーマに移行している。 鹿児島県第三の都市・鹿屋市は、AIドリル「Monoxer(モノグサ)」を市内すべての小中学校に導入した。 個性と社会性の両方を伸ばし、誰ひとり取り残さず、よき市民を育てる──その実現に向けた具体的なアプローチとは何か。 同市教育長の中野健作氏と、モノグサ株式会社の竹内孝太朗氏が、令和時代の公教育のあり方を議論する。
伝統とICTのベストミックスで、新しい時代の教育環境を築く
──まず、鹿屋市のICT導入の姿勢についてお教えください。
中野 私は鹿児島県内で教諭、校長職などを歴任し、教育長は12年目になりました。
平成29年度、他の地域に先駆けて取り組んだのが、小中高すべての教室に電子黒板を整備することでした。教育の現場には、これまで培ってきたベテラン教員の経験や知恵があります。それらのよい部分を残しながらも、新しいツールは積極的に取り入れていく。伝統と技術をベストミックスしていくことが重要であり、未来に羽ばたく子どもたちへの良い教育につながります。
電子黒板の早期導入によって段階的にICT化が進み、その後GIGAスクール構想下で行った全生徒へのタブレット配布・活用もスムーズに実現できました。
実は、AIドリルの導入も数年前から試みていました。
以前のものは子どもたちにとって、主体的・継続的に使うのが少し難しかったようです。また教員にとっても自分の授業等でうまく活かせなかったようで、導入が「教室の入り口」で止まってしまったように感じました。ただ新しいものを導入すればいいというわけではありません。
本当に現場の課題に適しているか、使う側の状況は整っているか、その両方が大切です。今回のMonoxerの導入は、実際に1年間試行して、その効果を理解した上で決めました。

公教育の環境は、変化している。「個性」と「社会性」をどう両立するか
──現在、教育現場は変革期にあります。お二人は今の課題をどうお考えでしょうか?
中野 年々、教育が難しくなっていると感じます。理由は教育をとりまく環境が変わってきているためです。一人一台のタブレットによる個別最適な学びと、主体的・対話的で深い学び。これらが進む一方で、社会性や協調性という点については、模索が続いています。
公教育の目的は、自己実現のための基礎を培うことと、子どもたちがよき市民として社会に出ていくために必要な「土台」を育むことです。その上で、昨今は「一人ひとりの個性」を大切にして、同時に「誰ひとり取り残さない」ことが求められる時代です。これらをどう両立するか、1クラス20〜30人を見る教員の皆さんは、とても難しい課題に直面しています。
竹内 全国の教育現場に足を運んでいると、昔と今では変わっている部分が多いと感じます。
一概にどちらがいいと言うものではありませんが、私の学生時代には、公教育からこぼれ落ちてしまい、教育を享受できない友人もいました。今の学校現場は、より一人ひとりに向き合う時間を大切にされていますが、先生の働き方の問題も出てきています。
かつて先生たちは夜遅くまで残業をしていました。今の時代に同じことをするのは困難です。先生たちを守りながら、誰ひとり取り残さない教育をいかに実現するか、非常に難しい問題だと思います。
学習=ピーマン論。勉強嫌いを克服する方法は?
中野 教育のスタートは小学校1年生。集団行動の経験が少ない子どもたち30人が教室に集まり、自分の席に座って勉強するというのは、簡単なことではありません。興味関心が10分と持たないこともあるでしょう。
集団の中で社会生活のルールを学ぶということは、そもそも子どもたちの「やりたいこと」ではない場合が多いからです。
しかし、学習により基礎的な力を身に付けることは、やがて個性を開花させることにつながります。そういう意味で「教育の始まりは強制から」という考えもあります。発達段階にある子どもたちが成長していく過程で、避けては通れない問題です。
竹内 私も、近しい経験があります。前職で高校向けに「カリスマ予備校講師の授業動画見放題」という企画を行ったときのことです。
当時の私は「これはケーキ食べ放題のバイキングだ」と自信をもっていました。しかし、まったくユーザーが増えなかったのです。学校現場にお邪魔して生徒さんたちに勧めても、見られない。どうやら、私が提供しようとしていたのは、ケーキではなくピーマンだったと気づきました。
これは例えですが、保護者は子どもにピーマン(勉強)を食べてほしいけれど、子どもはケーキ(遊び)を欲しがります。違いは時間軸です。遊びはその瞬間に楽しいもの。勉強はその瞬間は楽しくないかもしれないけれど、後々自分のためになるものです。
Monoxerは、塾などの「勉強で成果を上げたい」方々から広がっていきました。
しかし、多様な子どもたちが集まる公教育にこそ、誰もがピーマンを食べられるようになり、その成果を享受できるようになることが必要だと考えています。

勉強を好きになる鍵は、「できた!」成功体験の積み重ね
──子どもたちが勉強を好きになるには、何が必要だとお考えでしょうか。
竹内 まず、ちゃんと覚えられること。勉強したのに結果が出なければ、それは失敗体験になってしまいます。AIドリルで成果が出る。この「成果が出る状態を再現できること」こそが、Monoxerがコミットしているポイントです。
そして、覚えたという「成功体験」を繰り返すことです。
勉強の成果を測るものに「テスト」がありますが、こうした大きな成功体験は、獲得までに時間がかかります。AIドリルのMonoxerは、生徒の記憶状態によってAIが難易度を変えて出題します。つまり、正解し続けることができます。
記憶の仕組みでいうと、実は「思い出す」行為が記憶定着につながりやすいのです。自分に合った難易度で、思い出しながら正解を重ね、記憶を定着させることができます。
中野 私は、「感動」こそが「長期記憶」につながると考えています。私たちが、幼い頃の風景をふと思い出すのは、心が揺れ動いたからです。小さくてもいいので、日々の学校生活の中で「できた」とか「すごい」とか、感動することが大切です。
そして、繰り返すこと。ホームランバッターが素振りを繰り返すように、何度も繰り返して基礎を身に付けることが、学びの土台になると考えます。
テストの採点は誰の仕事?
──教育現場のDXについて、現状の課題をお教えください。
中野 とある地域では、日々の「宿題の採点」を各家庭で行うルールがあると聞きました。教員の長時間労働は問題になっており、日々の採点に時間を割くことは困難です。しかし、学校の負担を家庭に渡してしまっていいのかと思うことはあります。
教育熱心な家庭や、ゆとりのある家庭であれば成立するかもしれません。しかし公教育には、さまざまな境遇の子どもたちがいます。そこは学校が効率化することで補う必要があるのではないでしょうか。
また、すべて自動化すればいいわけでもありません。
同じ採点でも「テストの採点」は、子どもたちの変化に立ち会うことができる瞬間でもあります。「あの子がここまで成長した」という教員の気づきは、態度や言葉に表れて、子どもたちに伝わります。ここには大きな価値がある。一方で、業務を圧迫するリスクもある。
竹内 私たちは、Monoxerを導入いただいている先生に「紙の定期テストは無くさないでください」とお願いしています。子どもたちは、AIではなく先生に褒めてほしいんですよ。
勉強の集大成であるテストは、先生に見てほしい。では我々のツールは何を提供するかというと、「過程」の省力化です。
日々の反復学習の採点は、必ずしも人が担う必要はありません。子どもに個別最適化しなければいけない時代、ここはDXを進める領域だと思います。
Monoxerを導入している学校で実際に起きた話ですが、ある生徒がMonoxerのドリルである漢字を書けるようになって、その成果を先生に見てもらうためにノートにたくさん書いてきたそうです。書くことは覚えるためですので本末転倒にも思えますが、成果はやっぱり先生に報告したいものです。
Monoxerは日々のドリルです。学習の過程がデータとして蓄積されます。学習状況がどの程度進んでいるのか、どの程度努力しているのか、これまで見えづらかった部分も、デジタルになることで先生が把握できるようになります。
これも、教育現場のDXの利点だと考えています。

公教育の黒子となり、地域の未来を担う人材を伸ばす
──鹿屋市では令和8年度からMonoxerの本格導入を進めています。これまで話されてきた基礎学力の向上に加え、期待されている点をお教えください。
中野 ひとつは、英語教育。鹿屋市では、地球規模で物事を考え、郷土の魅力を活かし、能動的に行動を起こす「グローカル人材」の育成を掲げています。
具体的には、すべての小中学校で「小中一貫教育」と「コミュニティ・スクール」を実施し、地域とともに子どもたちを育てる学校を目指しています。
また、小学1年生から英語教育を設けています。さらに、市内の31校が台湾の学校と協定を締結し、オンラインや対面での交流活動を行っています。英語力の向上に期待したいです。
竹内 言語習得は記憶の果たす役割が非常に大きいです。ここでは決定的な結果を出せるでしょう。
中野 もうひとつは、不登校児のサポート。この課題に対しては現在、支援制度の設計や、グループエンカウンターの実施など市全体で取り組んでいます。
未然に防ぐことが大切ですが、授業を受けることができない子どもたちに対してMonoxerで学習機会を提供できると考えています。
竹内 公教育に欠かせない「誰ひとり取り残さない」の中には、当然不登校の子どもも入ります。
AIドリルの強みとして、一人ひとりに個別化できる点があります。一度で覚える人もいれば、何度も繰り返して覚える人もいます。さまざまな環境、状況の子どもたちに対して、適したレベルの学習を提供していきます。
日本の子どもは、世界的に見て自己効力感が低いと言われています。「できた」という体験は、学校現場以外の場所でも大切な機会になると思います。
中野 鹿屋市では何も「基礎」の徹底だけを目標にしているわけではありません。先進的で、主体的、対話的な深い学びを広く実現していく。そのために「基礎が不可欠」だと考えているのです。つまり、手段なのです。
竹内 私たちのAIドリルは、教育の「黒子」です。学校の先生が目指している教育は、もっと先にあります。我々は基礎の部分で成果をお返ししながら、先生が本来向き合うべき教育のために時間を使える環境をつくる。これからの公教育を下支えする、そんな存在でありたいと考えています。
Monoxer
「記憶の定着」に強みを持つAIドリル。日々の学習の中で、憶えるプロセスそのものを最適化する。生徒一人ひとりの解答状況に応じて、出題のヒント(難易度)を自動で調整。それにより「ギリギリ解くことができる」という、最も記憶に残りやすい状態での反復学習を提供する。学習塾での導入はトップシェア。私立校や一般企業などで確かな実績を上げ、近年は自治体単体での導入も広がっている。
- 全問自動出題、自動採点
- 定着状態までの出題回数を個別最適化
- 定着度に応じて全問題のヒントの量を個別最適化
- 一人×一問ごとに忘却速度を予測、復習を個別最適化
photographs by Shogo Higashino

Ambitions REGION VOL.1
「次世代地域創世マガジン」
ビジネスマガジン・Ambitionsから、地域経済にフォーカスする新マガジンが誕生。 全国各地、産業振興の最前線を取材し、現場の「熱」を届け、「構造」を可視化します。 地域ビジネスは、地方自治体の公務員です。巻頭企画では、縦横無尽に越境する「すごい公務員」40名を一挙に紹介します。 特集は「地方“共”創生」。福岡、静岡、京都、岡山、大阪など、官民連携のさまざまな事例を取材。産業振興の設計に役立つ「型」にまとめました。 この他、安宅和人氏のロングインタビュー。 仕事に悩める公務員たちの覆面座談会。 アトツギ経営者のリアルに迫る特別企画。 地方自治体職員、地域の産業振興に携わるイノベーターのための一冊です。