
外国籍やLGBTQ、生活保護利用者、高齢者、障害者。現在、日本には住まいを借りることが難しい「住宅弱者」が多く存在している。 彼ら・彼女らと、受け入れ可能な不動産会社をつなぐサービスが、「LIFULL HOME’S」の「FRIENDLY DOOR」だ。事業責任者は中国籍の龔軼群さん。住宅弱者の苦しみを、身をもって知っている。 2019年に立ち上がった同サービスは、2026年時点で参画店舗数約7000店に拡大し、今も成長を続けている。 ビジネスの継続・成長が難しいとされるソーシャル事業を、どのように推進しているのか。ソーシャル事業の成功ケース。経営の足取りをたどる。

龔軼群(キョウ イグン)
株式会社LIFULL LIFULL HOME’S事業本部 FRIENDLY DOOR 事業責任者

大久保敬太(聞き手)
Ambitions編集長
就職難に引越し難。「世直し」のため不動産業界へ
大久保:今回は、不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME’S」を運営する株式会社LIFULL発の社内起業家・龔軼群(キョウ イグン)さんのインタビューをお届けします。
龔さんは2010年の新卒入社から16 年、LIFULLの急成長とともにキャリアを歩んでこられました。

龔:振り返ると、だいぶ前ですね(笑)。私が入社した頃はまだ社員400〜500人(2026年3月31日時点、1054人)で、社名も以前の「ネクスト」でした。
社の雰囲気も、「ザ・ベンチャー」という感じでしたね。
大久保:もともと、ベンチャーへの就職を志望されていたのでしょうか?
龔:いえ、全然見ていなかったです。最初は商社に行こうとしていたんですよ。でも最終面接で落ちてしまい、仕方なく就職エージェントに登録したのですが……そこで「国籍の壁」に直面しました。
私、中国籍なんですね。エージェントの方と面談した際、登録内容を見て「中国の人に紹介できる求人はありません」と言われました。
一応、就活では大手商社の最終まで行っていたので、なにかしら職はあるだろうと思っていたんですよ。しかし、実際は紹介すらしてもらえない、と。
……え、嘘!? って。在日の就活は難しいと聞いてはいたのですが、本当にあった、と。
そんな、路頭に迷いそうな時にオファーをくれたのがLIFULLでした。

大久保:商社志望から、不動産へ。業界へのご興味はあったのですか?
龔:これも逆で、不動産嫌いだったんですよ。後の事業につながるのですが、当時中国のいとこが日本に留学にきていて、一人暮らしの家を探していたんですね。私はいとこと一緒に不動産を回っていたのですが、ことごとく門前払いされました。
10店を回って、相談を聞いてくれたのは2店だけ。残り8店は、本当に無駄足でした。
就活と家探し、ダブルの国籍差別を体験したんです。
LIFULLの説明会に行った時、創業者の井上さん(現会長・井上高志)が「不動産業界の不を解消する」と話しているのを聞いて「私、めっちゃ不を経験してるわ」と思ったんです。
私にとって就職とは、一般的な好きな業界や職種でのやりたいことではなく「世直し」だったんですよ。
新卒で即プレゼン。事業化を実現するも、配属は別の部署
大久保:入社前から「FRIENDLY DOOR」の構想はお持ちだったのですね。

龔:最終面接で井上さんに事業案をプレゼンしましたし、入社した4月に社内新規事業ピッチコンテストに出場して優秀賞を獲りました。
大久保:すごい。
龔:これで事業化できる! と思ったのですが、事業の推進は別の先輩チームが行うことになり、新卒の私は営業部門の配属になりました。まあ、そんなに甘くないですよね。
でもそれほど気落ちすることなく、「(新卒なので)営業で修業してきます」と切り替えていたのですが、なんと私が営業にいた間に、その事業が潰れてしまったんですよ。
大久保:自身の事業に関わることなく、撤退。悔しいですね。
龔:プロダクトができたタイミングで集客がうまくいかず、コケたそうです。何のためにこの会社に入ったんだろう? って思いましたよ。
大久保:それから、龔さんはどうされたのですか?
龔:自分で事業を行うには広い業務経験が必要だと考え、異動希望を出して複数の部門を経験しました。アプリ開発に携わって技術を学び、その後は国際事業部に異動して海外でのポータルサイトを立ち上げたりもしました。
大久保:数年後の2019年、改めて「FRIENDLY DOOR」を立ち上げられます。一度会社として撤退した事業を復活させるのは、かなりの胆力が必要だと想像します。
龔:きっかけは、社内のビジネスコンテストです。2018年に思いをもって取り組んでいた国際 事業部が解散になり、もう会社辞めようかとも思ったのですが……最後にリベンジしよう、と。
内容は、住宅弱者と不動産会社をつなぐサービス。コンセプトは同じですが、今度は国際事業でのサービス立ち上げ経験等も活かして環境分析や市場分析をがっつり行い、ビジネススキームをつくりこむことができました。
「前回の失敗は集客。だから今回は、この方法でやりましょう」と提案して、今度は自分の手でやれることになりました。

不の解消先を可視化する。シンプルかつ、求められる情報
大久保:「FRIENDLY DOOR」の事業内容をお教えください。
龔:「住宅弱者」にフレンドリーな 不動産会社や物件を案内するサイトを運営しています。
「外国籍」に始まり、「LGBTQ」「生活保護利用者」「高齢者」「シングルマザー・ファザー」「被災者」「障害者」「フリーランス」などのカテゴリーがうまれました。
※本記事では「FRIENDLY DOOR」に準拠して「障害者」と表記しています
龔:最初は、自分と同じ「外国籍」の家探しをサポートする構想でしたが、実際に現場を見ると、「住宅弱者」の問題は国籍だけではなく、さまざまなマイノリティの方々が直面していることがわかりました。
それら住宅弱者問題の根っこは、不動産会社が入居後のリスクを恐れて拒否するという点で同じです。
住宅弱者を受け入れる先は、存在するんですよ。実際にこれだけ多くの方が日本に暮らしているわけですから。NPOの活動もあります。現場を見ると、相談を受けた担当者が不動産会社や管理会社に一軒一軒電話で問い合わせて相談している状態でした。
「住宅弱者に対してフレンドリーな不動産会社」を可視化すれば、これらの課題を解決できると考えました。

龔:ちなみに各カテゴリーの運営には、それぞれの課題に対して、思いを持って取り組むことのできるメンバーやパートナーが関わっています。
住宅弱者の当事者は、自分たち向けのサービスが本物かどうか、しっかり見ています。常にサービスの本気度を問われていることは意識しています。
ソーシャル事業の実践知①営業はしない。既存事業のオンボーディングに乗る
大久保:「FRIENDLY DOOR」のビジネスモデルは、「LIFULL HOME’S」と同じ(不動産会社からの紹介料)でしょうか。
龔:はい。ユーザーが課金するのではなく、不動産会社にユーザーを紹介するBtoBtoCの仕組みです。
大久保:どのように不動産会社を集めているのでしょうか?

龔:実は「FRIENDLY DOOR」では、会員を増やすための営業は主だって行なっていません。どうしているかというと、既存事業「LIFULL HOME’S」の新規会員に対してオンボーディングを行います。
「LIFULL HOME’S」では、毎月毎月の不動産会社の会員入会が増えています。その際、会員側で「店舗情報」や「物件情報」などを登録する作業が発生するため、担当者がやり方を説明するオンボーディングが行われます。
「FRIENDLY DOOR」ではそれに合わせて「高齢者の相談に対応していますか?」「外国籍の方の相談に対応していますか?」と確認し、該当するようであればチェックを入れてもらう仕組みにしました。
ですから会員獲得は、基本的には地道なオンボーディングの積み重ねです。ローンチ時は500程度からスタートし、現在(※1)は約7000。「LIFULL HOME’S」賃貸会員の約30%ですね。本当に、毎年数百件ずつ伸ばし続けています。
※1 2026年6月時点
大久保:急成長ではないけれど、新たな会員獲得が不要ということですね。
龔:はい、開拓にコストをかけず、「LIFULL HOME’S」に加盟してくださった不動産会社の取り組みを可視化することで参画店舗を増やしています。
大久保:不動産会社側の登録メリットはどこにあるのでしょうか?
龔:参画してくださる企業さんには、サイト掲載の他に「FRIENDLY DOOR」のステッカーをお渡しして店頭で訴求できるようにしています。しかし、もし住宅弱者を受け入れることが困難になったら、自己判断で掲載を外していただいても大丈夫です。
不動産ビジネスを考えると「物件」への問い合わせと、「自社」への問い合わせは、問い合わせの質が全く異なります。ユーザーが求めるものが「物件」だと、対象の部屋が埋まってしまったら、その不動産会社に行く理由はなくなりますよね。しかしユーザーに「相談できるお店」として認知されると、その不動産会社にお客さんが足を運ぶ理由になります。だから、その不動産会社で契約する確率が高まるのです。
今の時代、「FRIENDLY DOOR」に参画しているということが、不動産会社にとってブランディングになるのです。

ソーシャル事業の実践知②大手のドメインを頼る
大久保:「FRIENDLY DOOR」は「新規事業」ではありますが、既存事業の「追加機能」のように見えます。飛地ではなく、既存事業の拡張領域で展開されている意図をお教えください。
龔:「FRIENDLY DOOR」のビジネスモデルは「LIFULL HOME’S」と同じで、ドメインも同じものを利用しています。相互に送客も行っています。
これは社内の新規事業で大切にしていることなのですが、事業領域やビジネスモデルが既存事業からかけ離れていると、既存事業の強みやリソース・知見を活用できず、立ち上げコストがかかりすぎてしまい、マネタイズも非効率になります。
大手での新規事業こそ、成功している既存事業のビジネスとシナジーをつくって、ミニマムコストで大きなリターンを得る仕組みをつくることが成功の鍵です。
大久保:企業内の新規事業では、あえて社名を変えることでリスクを避けるケースもあります。「FRIENDLY DOOR」の場合は逆に、既存サービスがあるからこそ生きるのですね。

龔:やっぱり、大手サービスのドメインパワーやSEOの力は強いです。仮に、独自ドメインをがんばって立ち上げたとしても、ゼロから集客するコストだけで潰れてしまいますよ。
大手のケイパビリティを活用することは、スタートアップにはなかなか真似できないことだと思うんですよね。
本家のビジネスモデルに工夫を加えて、別の売上軸をつくっていく。
目的は起業ではなく「問題解決」。自社の不動産ネットワークを活用する ことで、事業性を担保しながら課題解決を実現していきます。
ソーシャル事業の実践知③ソーシャルインパクトの嘘と、経営のバランス
大久保:2019年のローンチから7年が経ちました。現在の事業フェーズをどう見ていますか?
龔:地道な足取りですが、着実に進んでいます。3期目からは黒字化していて、今も売り上げを伸ばしているところです。
大久保:「ソーシャルビジネス」は、事業の難易度が高いとされています。企業の社会貢献活動ではなく、あくまでもビジネスにこだわる理由はどこにあるのでしょうか。
龔:そんなの当たり前ですよ。「社会的インパクト」や「ソーシャルリターン」という言葉を聞きますが、多くの投資家は「ファイナンシャルリターン」の前提の上に「ソーシャルリターン」を求めています。
社会的にいいことでも、収益がなければ持続できないですし、特に営利企業は利益追求が前提なので売上・利益が増えていかなければ事業投資が入らず、簡単に潰れてします。
ファイナンシャルリターンを生み出すためには、売値に対して仕入れ値が低くなければダメ。経営の原理原則ができないようであれば、営利企業でのソーシャルビジネスはやめたほうがいい。それこそ利益の分配を求めないNPOなどでやるべきです。

龔:ソーシャルビジネスは、やっぱり難しいと思うんですよ。社会課題に直面している層は、お金を潤沢に払うことができないケースが多いものです。同じ外国籍の方向けのサービスでも、富裕層向けのほうが収益化はしやすいでしょう。でも私は、そうではない人たちを主に支援する事業を行っています。
お金を払う人は、支援相手ではなく、その先にいる不動産会社。BtoBtoCの構造をいかにつくるかが大切です。
さらに、マイノリティは市場のパイが小さいので、事業運用に必要な何かをカットしていく必要があります。
先ほどお話ししたオンボーディングによる新規獲得コストのカット。既存事業の優れたビジネスモデルの応用。人が稼働しなくても利益を生むWebビジネスの仕組み──。
これらを組み合わせて、収支のバランスをとる。それによって、事業経営を続けることができているんだと思います。

地上戦、地道、その足取りが競合優位性になる
龔:市場の小さな「社会課題」を大企業のビジネスモデルに組み込むことで、利益を生む。それを7年積み重ねてきました。今では簡単には追随できないサービスになっていると思います。
大久保:確かに、スタートアップでは模倣が難しそうです。大手の競合が攻めてくる可能性はどう見ていますか?
龔:もちろん、他社もLGBTQへの対応を増やしているとは聞きます。
しかしこの(社会課題解決)ビジネスは、時間がかかるんですよ。
「FRIENDLY DOOR」は毎年数百ずつ会員の不動産会社を増やし、現在は約7000店舗 まで伸ばしてきました。お金をかけても一気に増やすことはできず、時間がかかるからこそ、簡単には追い越せません。

大久保:人件費をかけて営業をしたら 採算が合わない。既存事業のオンボーディングにあわせることでカットできるが、時間がかかる。「時間の積み重ね」は追随が難しい、と。
龔:あとは、人です。「FRIENDLY DOOR」ではそれぞれの領域で熱意のある担当者が実際に走り回っていますし、会社もその意義を理解してくれています。
さらに、2026年2月からは国土交通省との「セーフティネット住宅」に関する協業 も始まりました。同じ志を持つ人や組織を味方につけ、着実に拡大を続けているのは、ソーシャルビジネスとしての強みだと感じています。
会社員こそ、エレベーターピッチをせよ
大久保:最後に、「FRIENDLY DOOR」のこれからの展望をお教えください。
龔:立ち上げ期から、社内ではエッジの立った新規事業として活動していました。しかし今はもっと、「LIFULL HOME’S」本体を、住宅弱者にとってフレンドリーな存在にしてしまおうか……みたいなことを考えています。
大久保:既存事業の標準装備になる。
龔:例えば「障害」などは、怪我や加齢、病気などで後天的になるケースも多いものです。
つまり今はマジョリティな存在であっても、皆が何かしらの理由や事情でマイノリティ性を持つこともあります。だから、マイノリティ用に別サービスを設けるよりも、「LIFULL HOME’S」自体がよりフレンドリーになっていけば、世の中はハッピーになると思うんですよ。
「FRIENDLY DOOR」というサービスが不要になる、そんな世界線を目指しています。

大久保:既存事業との連携が深まると、社内での調整や合意形成など「社内起業」ならではのポイントも増えてきそうですね。
龔:それでいうと、私はトップに直接アプローチする人間です。
社長や会長は本当に忙しくて時間が取れないので、移動のタイミングを見て、社内で「エレベーターピッチ」をやったりします。
大久保:社内で、エレベーターピッチをやるんですね。
龔:やります。社内の方がやりやすいですよ。
社内で予算をつくるなら、トップを説得すべきです。トップを落としたら、次は役員、次は……というふうに、社内交渉は片っ端からやります。
大久保:LIFULLさんの環境は、経営陣と社員の距離が非常に近いのですね。それにしてもすごい行動力です。
龔:トップの部屋はガラス張りですし、経営陣はメンバーの隣のデスクに座っています。基本的に現場の声を尊重する環境だと思います。
社内で何かを動かしたいなら、トップや経営陣を引っ張れるかどうかです。それによって説得力も全然違ってきます。これは、どの組織でも同じではないでしょうか。
私は入社からずっと提案し続けていますからね。どんだけ、この事業をやりたいか。
井上(会長)にも言われていますよ。私の場合は「信念」ならぬ、「執念」だって。

photographs by Kohta Nunokawa
