LayerX 松本勇気に聞く、ビジネスを加速させるテクノロジーの「見極め方」

Ambitions編集部

LLM、ロボティクス、センシング......著しい進化を遂げている最先端テクノロジー。 だがビジネスシーンでは「日常業務への活かし方がわからない」「使いたくてもスピーディーに決裁がおりない」などの課題もある。 どうすればテクノロジーでビジネスを加速させる「テックドリブン経営」を実現できるのか。AlphaDrive CTO(取材当時。現タイミー VPoE)である赤澤 剛氏が、経営と技術、両方の視点を持ったCTO(最高技術責任者)と対談し、そのヒントを紐解いていく。 今回、取り上げるテクノロジーは「LLM(大規模言語モデル)」。 膨大な量のテキストデータを学習することで、人間のように言語を理解し、自然な答えを生成するモデルだ。国内外で次々と最新の研究成果が発表され、LLMを組み込んだ生成AIツールとして代表的なOpenAIのChatGPTやGoogleのGemini(旧Bard)は、一般のユーザーによる活用も進みつつある。 大企業との連携やLLMのビジネスへの実装を推進する株式会社LayerX CTO・松本勇気氏に「ビジネス×テクノロジー」で成果を出す方法を聞いた。

編集部注)本記事は2023年9月30日発売の『Ambitions Vol.3』に掲載の記事へ加筆しているため、所属や内容などが一部当時のものになっています。

松本勇気

LayerX 代表取締役CTO

東京大学在学時に株式会社Gunosyに入社し、CTOとして技術組織全体を統括。またLayerXの前身となるブロックチェーン研究開発チームを立ち上げる。2018年より合同会社DMM.com CTOに就任し、技術組織改革を推進。大規模Webサービスの構築をはじめ、機械学習、Blockchain、マネジメント、人事、経営管理、事業改善、行政支援等、広く歴任。2019年日本CTO協会理事に就任。2021年3月に株式会社LayerX 代表取締役CTOに就任。開発や組織づくり、及びFintechとAI・LLM事業の2事業の推進を担当。

赤澤 剛

AlphaDrive CTO(現:タイミー VPoE) 

2009年に株式会社ワークスアプリケーションズに入社、ERPパッケージソフトウェアの開発とプロダクトマネジメントに従事。2015年よりシンガポール及びインドにてR&D組織の強化、海外企業向け機能開発をリード。その後LINE株式会社での新銀行設立プロジェクト、株式会社アルファドライブ及び株式会社ニューズピックスでの法人向けSaaSの開発に携わった後、2021年1月にアルファドライブ執行役員CTO、2023年4月に株式会社NewsPicks for Business取締役に就任。株式会社タイミーには2024年2月よりジョインし、VPoEとしてフルコミットでエンジニア組織のマネジメントを行う。

PC、インターネット、スマホに次ぐ大発明

赤澤氏 文章の要約から質問応答、コンテンツ生成、さらにはデータ解析、ソフトウェア開発まで、実に様々な領域に活用できるため、LLM(大規模言語モデル)はこれまでの機械学習とは明らかに違うものと言えますよね。

松本さんは、昨年の春にX(旧Twitter)で「GPT-3を触り始めてから、意図的にAIという言葉を使うようになった」と発信されていました。

これは技術革新の一つの節目なのかもしれないと考えていますが、松本さんはどのように見ておられるか、あらためてお伺いできますか?

松本氏 LLMは、PCやインターネット、スマホに次ぐ大発明だと感じました。

それまでの機械学習では、結局、エンジニアがその都度最適なアルゴリズムを考える、つまりサービスを実装するための仕組みを一からつくっていたんですよね。

しかし、LLMという汎用(はんよう)的に扱えるアルゴリズムが登場し、多くのエンジニアがプロンプト(※1)を記入してあらゆる機能を生み出せるようになった。つまり、人の手に頼っていた一定の部分を、人工知能がちゃんと吸収してくれるようになりました。

これまでと違う、完全なパラダイムシフトが起きたのだと、衝撃を受けましたね。

(※1)プロンプト:ユーザーがAIを動かすために入力する指示・質問文

あの投稿をしたのは昨年の3月頃でしたが、今では書籍1冊分のドキュメントを全部読み込ませて1分ほどで解析できてしまうようなモデルも登場しています。例えば、Microsoft社は10億トークンを処理できるモデルを発表しました。

企業が保管している全てのドキュメントをLLMに入れることができてしまう世界になりつつあるので、そうなると、日頃の業務の在り方が変わっていくでしょうね。

強力過ぎるがゆえに、僕らエンジニアを凌駕するプロダクトが生まれる可能性もあります。

ただ、「すべての経済活動を、デジタル化する。」というミッションを掲げるLayerXとしては、「テクノロジーを使って生産性を上げていく」ことを目指すことに変わりはなく、LLMはその強力な武器にもなりうると捉えています。

LLMの限界と可能性に向き合う

赤澤氏 各界のインタビューでは、「LLMは誰でも使える状態になってきてはいるものの、扱う人の能力次第で生産性向上に差が出る」という意見が散見されます。

私自身も非常に共感していますが、松本さんは「LLMと協働・共創できる / できない人材」の格差はどこから生まれているとお考えでしょうか?

松本氏 今は「全ての人がLLMを活用して生産性を上げていこう」という風潮がありますが、そもそもプロンプトを使いこなすこと自体が難しく、万人向けではありません。

LLMに正しく意図を理解させるためには、自分で指示を考えて組み立て、母国語できちんと伝える力が必要です。ボタンをポチッと押すだけで目的が実現できるような、誰にでも簡単に使いこなせるツールではないんですよね。

一方、エンジニアは、日頃から常に物事を構造化し、論理的に捉え、コンピューター言語を使って表現しているので、LLMを適切に活用できる傾向が強いです。LLMと協働するためには、そうしたエンジニア的な思考法「コンピューテーショナルシンキング」を鍛えることが非常に大事だと考えています。ある意味、この思考は「コミュニケーション能力」とも地続きになっています。

そもそも人間はコミュニケーションをとることが上手くない生き物だと思っています。事実、伝えたいことを正しく伝えることができないために、日々、誤解や争いが生まれていますよね。ですから、LLMとうまくやっていくには、コンピューテーショナルシンキングに加え、コミュニケーション能力が不可欠になります。

現時点では、LLMを活用するなら、広く一般向けにすることよりも、特定のプロフェッショナルをエンパワーメントしていく取り組みの方が重要であると考えています。例えば、LLMによって能力の高いエンジニアをアシストする仕組みを作れば、一人当たりにできることが大きく変わり、企業や社会全体の生産性を大きく向上していける可能性を秘めています。

松本流「投資すべき技術の見極め方」

赤澤氏 松本さんは、昨年の春に大規模言語モデルの研究開発チームLayerX LLM Labs を立ち上げ、秋にその組織を元に「AI・LLM事業部」を新設されましたよね。松本さんがLLMに投資する基準や背景について、ぜひ教えてください。

松本氏 「何をもって投資するか」という基準を持つことが大事であり、技術の限界を見極めることが重要だと考えています。

私は大胆に投資するために、シード期、アーリー期といったスタートアップの成長フェーズと同じような考え方で、段階的にハードルを設けています。

最初の研究段階では、「この技術にはどのような意味があるのか」を自分なりに理解することを大事にしていますね。

例えば、メタバースやWeb3.0については、流行を生み出した根幹を成すブロックチェーンそのものに技術的な限界がある。そのため「制約がある中で、何ができるのか」を考えないまま投資し、失敗しているケースは少なくありません。失敗の要因は、「技術を理解していないから」なのです。

LLMについても、「何でもできるのか」「何でも変えられるのか」と過剰な期待を持ってしまう人を見かけますが、自分の中で目的を持った上で、技術の限界を適切に見極めていくことが重要です。「この技術の有用性はここにあり、限界はここにあるが、この使い方をすれば、こんな風に社会を変えていける可能性がある」という仮説をまず持つことです。

次に、それを形にしてワークさせ、プロダクトの実効性や経済性を証明する。一度証明できれば、そこから広げることができるので、より大きく投資するなど、大胆に踏み込む決断ができると思います。

赤澤氏 なるほど。手段として簡単に取り入れられるような技術であっても、その限界と合理性、そして有用・有益なポイントを正確に見極めることが第一にある、と。そして、その技術が目的と合致しているかどうかを判断した上で、然るべきタイミングでアクセルを踏むことが重要なんですね。

現在、LayerXさんでは、具体的にどのような技術に投資されているんでしょうか?

松本氏 LayerXでは、経費精算や請求書処理などを支援するサービス「バクラク」で大きく投資して急成長を狙い、三井物産デジタル・アセットマネジメント(MDM)で大企業との協業に取り組んでいます。

MDMはデジタル技術を活用し不動産投資を提供する、三井物産様などとのJV(ジョイントベンチャー)。こうした共創は一度成功すれば、他の企業にも横展開できる可能性を秘めていると捉え、日々サービスを磨きこんでいます。

そして、LLMについても研究開発からスタートを切りましたが、「眠れる知識をアクティベートする」ことで、日本の産業を大きく変えていけるという可能性を感じました。今はまさにLLMに人も資本も集まっている状況があり、さらに研究開発の速度が上がることも想定できます。LLMには技術的に進化の余地がまだまだある。現在はプライバシー保護技術の研究開発をおこなっていた事業と統合し、AI・LLM事業として本格的に活動しています。

とくに数値・画像・テキスト・音声など複数種類のデータを紐付けて処理できるマルチモーダルモデルに着目しています。企業にはさまざまなデータファイルが存在しますが、これまで活用できていなかった眠れる知識を統合することで、課題解決や生産性の向上に活かすことができるのではないか、と。

現在、MDMでは、AI・LLM事業部が開発した、LLMを用いた文書処理効率化ソリューションを導入検証しています。これにより資金管理や契約管理、投資家へのレポーティングに紐づく大量の文書処理を実現できます。このソリューションはMDM以外の企業様にも活用いただけるよう、プロダクト化を目指して開発を進めています。

LayerXではすべての事業を通して、より多くのユーザーが自然とAIやLLMを活用できるUX(※3)の実現にもチャレンジしていきたいと思っています。

(※2)AI-OCR:活字、手書きテキストの画像を読み込む技術。通常のOCR(Optical Character Recognition/Reader、光学的文字認識)に比べ、AIを活用することで精度高く読み取ることが可能

(※3)UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン:アプリやプロダクトを通じた、ユーザーの体験

記事後編に続く

interview by Go Akazawa / text by Mariko Ueno / photographs by Yoko Ohata / edit by Reo Ikeda

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