岡野バルブ製造、西部ガスに見る、社会×経済の視点。企業がコミュニティナース事業に取り組む理由

大久保敬太

近年、経済的合理性だけを追うのではなく、社会的な活動を通して地域経済とともに発展する、新しい潮流が生まれている。 福岡市に本拠地を置く全国第四のガス会社・西部ガスと、北九州の門司で約100年続く製造業・岡野バルブ製造が、「コミュニティナース事業」を本格的に始動したのだ。それも、ボランティアやCSR活動ではなく、上場企業の新たな「事業」として。2社に話を聞いた。 コミュニティナースとは、地域の中に存在し、元気なうちから住民と関わることで地域全体の心身社会的な健康をサポートする取り組み。株式会社CNCが提唱し、全国各地で社会実装へ向けて取り組んでいる。

短期の利益と、長期の公益は両立する。BtoB企業がコミュニティナースに取り組む理由

岡野武治

岡野バルブ製造株式会社 代表取締役社長

北九州市門司、この地でまもなく創業100年を迎える地場企業・岡野バルブ製造。2024年、CNCと協業してコミュニティナース事業を開始。門司エリアに3人のコミュニティナースを配置した。

「当社は発電所で使われるバルブを作るBtoB企業であり、売上のほとんどは県外や海外。納税や雇用創出という点で地元に還元していましたが、より地域社会に貢献する方法を探していました。このような活動は行政が行うべきだという考えもありますが、現状できていない。それであれば当社が行うべきだと判断しました」と、代表取締役社長の岡野武治氏は話す。

はじめてコミュニティナースの存在を聞いた岡野氏は、即決に近い速度で投資判断を下したという。

「当社は上場企業であり、短期的な投資効果を求められる側面があります。一方コミュニティナースは、20年、30年という長期的なスパンで見た場合に、自社の成長に返ってくるものだと考えています」

2024年11月期の売上高は81億円。創業100周年となる2026年度の売上100億を見据える。さらに岡野氏は、自身の代で事業の非連続的な拡大を目指しているという。

「これからの時代、企業経営でもっとも重要なのは人材です。特に、優秀な人材であればあるほど、金銭的な報酬だけでなく社会貢献や企業理念への共感といった要素を重視する傾向があります。コミュニティナースのような社会的な活動は、優秀人材の獲得につながります」

長期的な社会貢献は地域からの信頼につながり、従業員やその家族、関係者たちの働きがいにもなるという。

また、北九州市は政令指定都市の中でも特に高齢化が進んでいる。この場所で10年後、20年後もコミュニティを継続できる事例を示すことができれば、全国の企業や自治体に展開できる。

「近年、社会善に資する活動に注目が集まっていますが、多くの企業が二の足を踏んでいる状況だと見ています。当社がファーストペンギンになって成果を上げることで、他の企業の参入も促していきたいです」

コミュニティナースを提唱するCNCの矢田明子氏は、岡野氏のことを「公益経営者」と評する。公共的な意識や長期目線を備えた、一般的な営利企業の経営層とは異なる判断基準を持つ存在という。そんな矢田氏の評に対し、岡野氏は次のように語る。

「自分はそんなに善人じゃないですよ(笑)。ただ、公益経営者とは、営利企業として結果を出していることが前提だと思います。赤字経営だったら、当然このような投資はできません。利益の上に公益を行うからこそ、これからの時代、より価値の高い企業になると考えます」

課題先進国で、課題現場と触れる。西部ガスが挑む、公益ビジネス

前田慶太

西部ガスホールディングス株式会社 常務執行役員

成富倫子

西部ガス株式会社 営業本部 都市リビング開発部 まちづくりソリューショングループ

西部ガスの成富倫子氏がコミュニティナースに出会ったのは2019年。活動現場を見学した彼女はその意義を確信し、社内を奔走。同社がまちづくり事業を行う「日の里団地」「さざんぴあ博多」で実証実験を始めた。

「社会的な活動はボランティアに頼るケースが多いのですが、この取り組みは継続してあり続けることに意味があります。事業として取り組むべきだと考えました」(成富氏)

折しも、同社は新規事業への取り組みを模索しており、コミュニティナースは事業開発のプロジェクトに組み込まれることになった。新規事業開発を指揮する前田慶太氏は、同社の事業について次のように語る。

「ガス会社は、毎月すべてのお客様のお宅に検針にうかがいます。また、ガスの点検では、一戸一戸、お客様のご自宅の中へおじゃまします。このように地域の人々の暮らしとの距離が近いのがガス会社なんです。地域の健康の見守りを担うコミュニティナースは、当社こそが行うべきだと考えました」

地域の人々の健康な暮らしは、最終的にはガス会社の利益と重なる。例えばガスの検針の場面で「検針」と「見守り」を同時に行うことでLTV(顧客生涯価値)の向上を目指せないかなど、本業とのシナジーを図る実験も行う予定だ。

「コミュニティナースという存在が、当社のまちづくりやガス事業を強くするツールになることを確信しています。今は、そこから先、単独の事業でどう価値を示せるかに取り組んでいます」(前田氏)

家事サポート事業との連携や、スポンサーの獲得、自治体やパートナー企業との共創など、あらゆる模索が続いている。

2024年、西部ガスではコミュニティナースの人材を2人採用し、福岡市中央区で実証事業を開始。2025年6月に常設拠点をオープン予定だ。ここを「都市型コミュニティナースの拠点」として、高齢者と子育て世代の両方をターゲットに、多世代の場づくりを目指すという。

「都市にはさまざまな問題や心配事を抱えている人がいます。コミュニティナースという場をつくることで課題を集め、解決する、ガス会社の新たなモデルケースを築きたいです。コミュニティナースと出会って6年、当社が取り組む意義やマネタイズを考え続けてきましたが、今回の実証事業が持続可能な活動にする答えを見出すラストチャンスだと考えて真剣に向き合っていきます」(成富氏)

photographs by Shogo Higashino

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