飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第4回は、管理栄養士の価値向上を目指す、eatas株式会社の手嶋英津子氏。パーソナル食事指導アプリ「eat+」や管理栄養士向けのコミュニティ「eat+ community」など、テクノロジーと栄養管理メソッドを掛け合わせた独自のサービスを展開している。 管理栄養士としてのキャリアを経て、ビジネスの世界に飛び込んで感じた、同業者からの冷たい視線や有識者からの厳しい言葉。それらを乗り越え、「自分にしかできないこと」を貫いてきた手嶋氏の思いを伺った。
手嶋英津子
eatas株式会社 代表取締役
福岡市生まれ。中村学園大学大学院栄養科学研究科修了。大学助手、企業の管理栄養士を経て、2015年より大学講師として勤務し、全国初の授業用食育アプリを開発。アプリを活用した教育実践が評価され、管理栄養士で唯一のApple Distinguished Educatorに選出される。2021年3月にeatas株式会社を設立。
Fukuoka Growth Nextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズではHigh Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。
High Growth Program採択企業(2024年度)
eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社
eatasに賛同してくれる管理栄養士に出会いたい
経済産業省によるスタートアップ支援プログラムJ-Startupの地域版「J-Startup KYUSHU」や、スタートアップ都市推進協議会が主催するマッチングイベント「JAPAN STARTUP SELECTION 10th」での選出、九州最大級のピッチイベント「StartupGo!Go! x 10th The Pitch」で福岡県ITスタートアップビジネス賞を受賞。
福岡で開催される数々のビジネスコンテストで成果を残し、知名度を上げてきたeatas。
管理栄養士による栄養管理とコミュニケーションを通じて、3カ月で食習慣の改善を目指すサービス「eat+」アプリはリリースから2年で計127の事業者が導入。管理栄養士による栄養管理とコミュニケーションを通じて、食習慣の改善を目指すパーソナル食事指導サービスは大手美容クリニックやパーソナルジムでの導入されている。
管理栄養士向けのコミュニティ「eat+ community」では、無料のセミナーを開催し、管理栄養士の学びの場を提供するなど精力的に活動を続けてきた。
「パーソナル食事指導サービス『eat+』は、『eat+ community』に登録している管理栄養士が利用者一人ひとりに寄り添いながら、オーダーメイドの食習慣を一緒につくり、利用者の健康づくりをサポートしています。
つまり、私たちが提供するサービスは管理栄養士がいて成り立つもの。前向きで成長意欲が高く、利用者の健康づくりを真剣に考えられる仲間に出会うために、セミナーを多数開催してきました。2024年の開催目標は100回。ハードなので自分でも苦しんでいますが(笑)、eatasがやりたい食事指導や私の思いに共感してくださる方と仕事をするために、質の高い管理栄養士の人材確保と育成に力を注いでいます」
業界からの反発や批判を恐れたことも。でも自分が変えるしかない
創業4年目、事業が軌道に乗り始めてきた。しかし、これまでを振り返ると不安も多かったと話す。
「一番怖かったのは、管理栄養士からどう思われるのかということでした。大学講師として全国初の授業用食育アプリをつくったときもそうでしたが、ちょっと周りと違うことをしていると冷ややかな目で見られることがあるんですよね。栄養業界から反発があるんじゃないか、批判されるんじゃないか……。今まで何度もネガティヴな空気や視線を感じてきたので、ちょっと敏感になっていたのかもしれません。
でも、自分が管理栄養士として働いていたとき、業界に対して感じていた不満は、そのままにしておくわけにはいかない。業界を変えたいと思ってるなら、自分で変えるしかないじゃないですか。eatasを起業してここまで成長したから、もうあとは突き進むしかありません。それができるのは、管理栄養士であり、eatas代表の私にしかできないことだと思っています」
起業したからといって、すぐに収益が得られるわけではない。パーソナル食事指導アプリ「eat+」の開発費用や人件費など費用負担は重く、「この3年間で何度も終わりかけた」という。どのようにして乗り越えてきたのだろうか?
「そのときそのときの、人との出会いに救われてきました。私はビジネス面ではやり手じゃないので(笑)、困っていることや自分ではできないことがあったら恥ずかしがらずに正直に言うようにしているんです。
外部の方にこんなことを言ったら、『この人大丈夫かな』って心配されてしまうかもしれないけど、以前先輩の起業家に『手嶋さんはちゃんと相談できるんだね』と評価していただいて。その方いわく、相談ができないまま廃業してしまう人も多いらしいんですよね。親身になって的確なアドバイスをしてくださる人との出会いがなかったら、今のeatasはないです」
管理栄養士の会社として日本一になりたい
自分の弱い部分をさらけ出し、アドバイスを素直に受け入れて、実行する。シンプルなようでとても難しいことを、手嶋氏は真摯にやってきた。しかし社員には「仕事を抱えすぎだ」と指摘されるほど、自分を追い込んでしまうこともあるという。器用なタイプではないけれど、倒れずに突き進むことができたのは、「この会社を続けたい」という強い思いがある。
「eatasを諦める未来は全然ないですね。食べるのがこわい、何を食べていいかわからない、好きなものを我慢しないといけないと食事に対して不安を感じているユーザーが、eatasを通して、悩まなくなってよかった、楽しく食事ができるようになった、この食事だと続けられると食事への認識が変わる人を増やしたいんです。体調が悪かったら病院に行くように、食事の悩みがあれば管理栄養士に相談する、そんな管理栄養士が生活の一部になっている世界を当たり前にしたいです。そのためには、eatasを管理栄養士が生き生きと自信を持って楽しく働ける会社にしたいですし、管理栄養士の会社として日本一になりたい。目標は管理栄養士を価値ある存在にすることですから、上場も必ず成し遂げたいと思っています。」
事業拡大のため、資金調達にも今後より力を入れていく予定だ。資金の主な使い道は、ユーザーが習慣化できる仕組みの開発と、管理栄養士をサポートしていくためのテクノロジー開発。これまで人力で対処していたことをテクノロジーで代用し、管理栄養士の質の担保を目指す。
「あとは、VCや投資家のみなさんの知見をぜひお借りしたいと思っています。私たちにはまだまだ足りないところがたくさんあるので、eatasが描く世界に共感し、ともに歩んでくれる方に仲間に入っていただきたいと思っています。
これまで投資家や有識者の方から『よくあるサービスだよね』『いろいろな人が考えそうなアイディアだよね』『食事指導の領域は難しいよね』と、何度も言われてきたんです。でも私たちを評価してくださっている方は、eatasが着実にビジネスとして進んでいることと、私の思いや熱量に期待してくださっています。『手嶋さんだったらやってくれるんじゃないか』と」
「もうこれは意地なんですよ!」と笑いながら話す手嶋氏。最後に、自分の人生の終わりにどのような人でありたいかを聞いてみた。
「『手嶋さんができたなら自分もできるよね』って、チャレンジする人を後押しできるような存在になりたいですね。私が通っていた学校の創立者が、60代で高校を、80代で大学をつくったんですよ。そう考えると今の年齢なんてまだまだ若い。なんでもできるじゃないですか。難しいと言われている業界でビジネスをしていますが、何か変えることができるかもしれません。それまでは突き進みたいなと思っています」
【FGN事務局コメント】
現在は起業をサポートするプログラムやコンテストは地域によらず、さまざまあります。ただそれらのプログラムを使いこなすのは難しいもの。しかしeatasは官民のさまざまなプログラムに意欲的に参加し、戦略的に活用して事業拡大を続けています。2024年9月には「J-Startup KYUSHU」に採択され、福岡のスタートアップコミュニティをリードする存在になったeatas。高い成長のポテンシャルは十分にあると確信しています。そしてそのポテンシャルは手嶋さんをはじめとしたeatasチームの明るさにあるのではないでしょうか。eatasチームがもっと成長できるような支援メニューを考えて提供していけたらと考えています。
photographs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama