【アトツギDNA】春川英広。承継し、倒産し、6800の経営支援で辿り着いた「新・アトツギ経営論」

大久保敬太

かつて、日本の地域経済の大きな論点は、地域の会社を「残す」ことだった。 いつしか、後継を指す言葉は「アトツギ」となり、ベンチャースピリットを持つイノベーターへと、時代ごとに意味合いは変容していった。 その各時代を当事者として駆け抜けた人物が、AlphaDrive新潟拠点長の春川英広さんだ。家業を承継し、畳み、経営者たちへ生きたノウハウを伝え続けてきた。 アトツギ経営者こそ、ビジネスの成熟期を迎える家業を変革する、社内起業が求められるものだ。そして、ファミリービジネスの新規事業には、一般的な企業とは大きく異なるポイントがいくつも存在する。 春川さんが辿り着いた、独自のアトツギ経営論とは何か? 経営者として、経営支援者としての足跡をたどる。

春川英広

AlphaDrive新潟 拠点長/86-Projects株式会社 代表

後継者として、経営不振に陥った家業の再生に取り組むも失敗し倒産。新潟市産業振興財団(IPC)に入職し、地域中小企業の新規事業開発や起業などを支援。在籍10年間で約6,800件の経営相談に対応した。2023 年、自身の会社86-Projects株式会社(ハチロク-プロジェクツ) を立ち上げるとともに、アルファドライブに参画。2025年2月より現職。新潟ベンチャーキャピタル株式会社の執行役員も兼務。

(聞き手)大久保敬太

Ambitions編集長

新潟・柏崎で受け継いだ「ギフト販売」ビジネス

──今回は、新潟エリアを中心にアトツギ経営者の支援を行っている、AlphaDrive新潟拠点長・春川さんのインタビューです。

AlphaDriveには、自ら起業や社内起業を経験した「実業家」が多いのですが、春川さんはその中でも「アトツギ経営者」という出自です。

まずは、春川さんの「経営者時代」についてお聞かせください。

春川 生まれは、新潟の柏崎市です。新幹線の駅はなく、かろうじて高速道路が通っている、「陸の孤島」なんていわれることもあるエリアですね。

自動車関連の製造業が盛んで、主要メーカー向けに部品を製造する企業が多いのが特徴です。

そして、柏崎刈羽原子力発電所の存在はやはり大きい。80年代から97年頃まで建設工事が盛んだった影響で、バブルが弾けた後もしばらくは好景気が続いていました。

──ご家庭は「ギフト販売」の会社を営んでいたと伺いました。具体的にどのような事業でしょうか。

春川 冠婚葬祭の引き出物やノベルティを仕入れて販売する会社です。デパートのない地方特有のビジネスで、デパートの代わりに我々のようなギフト屋がカタログを持って顧客を回るというものです。

例えば、私たちの地域はお葬式の後にお返しをする風習がありましたので、ある家でお葬式があるとカタログを持っていって「どれにしますか?」って選んでもらうんです。

個人向けにも、企業向けにも、BtoCもBtoBも両方やっていました。

同じ地域に競合は4社ありましたが、なかでもうちは小さな方で、父の代はパートの方を入れて8名程度、年商は2億程度でした。

──どのような経緯で事業を継ぐことになったのでしょうか?

春川 2000年頃かな、当時私は関東の夜間大学に通っていたのですが、父親が体調を崩して急遽呼び戻されたんです。

父の体調自体はすぐに回復したので大したことなかったのですが、家業の経営はかなり厳しい状況になっていました。

価格競争とECの台頭。ビジネスモデルが崩れる足音

──戻られた時の経営状況について詳しくお教えください。

春川 まず、地域の競合4社の価格競争が激化していました。

ギフト販売は、仕入れと販売を繰り返すフロー型で、そもそも薄利多売のビジネスです。加えて、カタログからお客さんが選んだものを販売するため、扱っている商品は各社ほぼ同じ。内容で差別化はできません。

そのため「一定金額以上で送料無料にします」「無料で喪中ハガキを印刷します」といった、利益を削って受注をとる戦いになっていくわけです。

取引先は柏崎原発の建設関連のお客様も多かったのですが、97年の建設完了以降は経済が急速に冷え込んできていました。うちでも大口の取引先が引き上げてしまい、年商は最盛期の半分近くに落ち込んでいました。

その頃から資金繰りが悪化し借入が一気に膨らんでいきました。

インターネットによる既存ビジネスの破壊。「じわじわ」苦しくなる経営の難しさ

春川 私が入社し、一時は売上が回復しました。葬儀関連のチェーンと大きな契約が取れましたので、それを売上のベースにして、地域のBtoC需要を積み重ねていく方針を取りました。

──アトツギが入ってのV字回復。アトツギ甲子園などでも見聞きするサクセスストーリーですね。

春川 ええ、しかしうちの場合は、それでも利益は増えませんでした。価格競争の状況は変わらないため、売るほどに経営が圧迫されていきました。

2000年代前半には、さらに大きな出来事が起こります。インターネット通販の普及です。

みんなYahoo!などでものを買うようになると、わざわざパンフレットを見て地域のギフトショップに発注する必要がなくなっていきました。

──デパートのない地域に求められてきた仕入れ・販売事業が、インターネットによって破壊されたのですね。

春川 すでに、ビジネスモデルは終わっていたのです。それでも、中にいると「競合との競争に負けていることが問題だ」というところに目がいってしまいます。

本当は、もっともっと大きな問題、「地域ギフト市場というものが数年でなくなってしまう」ということに目を向けなければいけませんでした。

──ある日突然危機がやってくるのではなく、じわじわと苦しくなってくる。その分、思い切った方針転換は困難だと想像します。

春川 そうなんですよね。さらには転換するリソースもない。当時の現場は、まだ手書きの伝票で回っていました。DXのようなこともしなければいけなかったけれど、現場の反対もあって進まない。わかってはいるけれど、目の前の売上確保に足を絡め取られている感覚でした。

似たような話は、今もありますよね。どの企業でも起こる現象だと思います。

経営は厳しくても、会社はなんとか継続できる。

2006年頃、私が取締役になり事業の再生計画に着手しましたが、すでに会社は死なないだけのゾンビ状態に陥っていました。

社長就任の直後に起きた大規模災害。経営者最後の一日

春川 2009年頃、会社の代表になりました。正式な事業承継です。

経営を続けるための再生計画を金融機関に飲んでもらう条件が、代表交代だったのです。満を持して、というよりも、そうせざるを得ない状況での承継でした。

身内の経営陣はすべて退任し、私と社員・パート3〜4名のスリムな体制での再スタートです。今も覚えているのですが、私が承継したその日、競合で一番大きかった会社が、最初の不渡りを出しました。

それから2年、再生に向けて経営しましたが、2011年の5月に倒産しました。

きっかけは、同年の3月の東日本大震災でした。

──2011年、東日本大震災。繰り返しになりますが、新潟・柏崎には、東京電力・柏崎原発を中心とする産業基盤があります。そこが影響を受けたのでしょうか。

春川 ええ、それもひとつです。当時も東京電力さんはメインの取引先。オリジナルキャラクターをつくるプロジェクトなども進んでいました。その最中に、震災が起こりました。

当然、発注は停止します。さらに予定していた結婚式、法要、企業のイベントなどの多くが中止になりました。入ってくるものがなくなると、何もできなくなる。ここで、倒産を決断しました。

5月28日に閉店のご案内をリリース。31日に正式に倒産を通知しました。

債権者全員に挨拶をおこない、揉めることもありませんでした。

覚えているのが、最後の注文。知人が自分の結婚式用に、声をかけてくれたんですね。すでに倒産は決まっていたけれど言えなくって、最後の最後、ぎりぎりに納品して事業を終わらせました。

──ビジネスモデルの転換と、大きな災害。経営判断云々の前に、構造的にそうならざるを得なかったように思えます。

春川 10年もあったんだから、いくらでも事業変革できただろうって思うんですよ。でも、毎日の繰り返しの中で、それができなかった。この経験が、私のアトツギ経営支援の土台になっています。

「行列のできる経営アドバイザー」への転身

──その後のキャリアについてお教えください。

春川 しばらくはフリーランスとして活動しました。倒産しても、いろいろな手続きに1年ほどかかるものです。

ある時、原発関連の下請けをしていた知人から相談を受けました。職人やエンジニアをいっぱい抱えているのに、原発が停止していて現場がない状態で苦しんでいたんです。

いわゆる経営の伴走支援ですよね。企業の人材やケイパビリティを洗い出して、別の営業先を探して、新しい仕事をもってくる。事業計画の書き方なども、伝えながら資金調達まで一緒にやる。

そういうことをやっていると、話が広まり、いろいろな会社さんから経営相談が入ってくるようになりました。

──その後、新潟市の「ビジネス支援センター」のマネージャーに就任されます。

春川 ええ、当時のセンターは相談員一名だけの小規模な組織でしたが、新たな常駐マネージャーの公募があったのです。

入社試験のテーマは「行列ができる相談所にする方法」。

自分が経営者だった頃を思い出し、やって欲しかったサポートを全部提案したところ、合格しました。

それから10年間、ビジネス支援センターの相談員として、さまざまな経営相談を受けました。

──経営者と、相談員、違いはいかがでしたか?

春川 少し寂しさもありました。自分がもうプレーヤーじゃない、当事者じゃないんだなって。

相談にくる経営者の方々から見ると、公的機関の相談員は守られている「役所側の人間」じゃないですか。

できる限り自分が経験した失敗をオープンにして伝えるようにしていると、次第に私を実務の経験者であるという風に見てくれるようになりました。

公的機関の相談員には専門家が多い一方、私のような実際の経営出身者は珍しいんですよ。開業・起業する人たちの間に口コミが広がり、相談数が増えていきました。

10年で約6,800件。最終年度は1,000近くの相談を受けたと思います。

【新・アトツギ経営論】3つの春川メソッド

──経営支援の中でも、特にご自身と同じ境遇の「アトツギ」の支援に注力されています。アトツギ経営に関するお考えをお教えください。

春川 かつて「事業承継」は「会社を潰さない」「地域に残す」ことが求められていました。

でも自分の体感からすると、「残す」ことそれ自体は何も生み出さない。人口減少の時代、目の前の課題解決だけでは、事業は衰退していくだけです。

2017年頃、「アトツギベンチャー」という言葉が出てきたのを見て「これだ!」と思いました。

ベンチャースピリットを持つアトツギが、顧客と共に未来をつくっていく。それこそが、ローカル経済を救います。

以降、経営支援のイベントなどでアトツギベンチャーの視点を軸にした事業開発について話してきましたし、支援を通して手法をつくってきました。


新・アトツギ経営論
春川メソッド① 先代は課題に、アトツギは創造に向き合う

アトツギが家業に入ると、多くの場合は、目の前の火消しや現業の課題解決に取り組みます。先代経営者にとっては後継者トレーニングという側面もあるのでしょう。

しかし、目の前の業務と、未来の事業創出を同時に行うことは難しく、次世代への変革のプロセスを遅らせることにつながります。

現業の課題は、先代がやりきる。アトツギは長期視点を持って、自分の代の事業をつくることに集中する。最初から役割を分けることが重要です。

春川メソッド② アトツギは、自社の再定義を行う

アトツギ経営者は「継ぐ」以上に、自社の価値をつくり替える視点が重要です。顧客と共に、どのような未来をつくっていくか、自分たちの代のビジョンをつくり、その上で事業を展開していくといいでしょう。代々の社是があっても、私は変えていいと思います。

春川メソッド③ 自社理解と事業開発のロードマップを活用

アトツギベンチャーの思想が浸透してくると、今度は「何でも自由にしていい」と、自社の文脈と関係のないアイデアが生まれるケースが出てきます。それでうまくいくといいのですが、一定規模の会社だと、なかなか難しいのが現実です。

そこで、次のロードマップを開発しました。自社の理解と、アトツギ経営者としての視座を段階的に獲得していくことで、事業の特性やアセットを踏まえた上での事業開発を行えるようになります。

アトツギ経営者が自分の現在地を確認するためのフレームとして、皆さんに提供しています。

また、最近は継ぐ人がいない事業の課題も見えてきています。もちろんすべてを残す必要はないと考えていますが、起業したい、チャレンジしたい人とマッチングして「他者承継」する方法もある。

投資側からも「サーチファンドを地域に展開できないか」と相談をいただいており、新しいアトツギのスキームづくりを進めています。


経営のヒリヒリは、癖になる

──アトツギ経営者として10年、経営支援者として10年、そして現在は、AlphaDrive新潟の拠点長として、またご自身で立ち上げた86-Projects株式会社の代表として、より踏み込んだ経営支援に取り組まれています。

春川 行政という公的な立場では、アドバイスはできても一緒にプロジェクトを行うことは難しかった。だから改めて独立して、より経営に入りこんで支援したいと考えました。

──先ほど「プレーヤーではない寂しさ」とお話しされていましたが、現場に戻ってこられたという理解でよろしいですか。

春川 そうです。やっぱり、プレーヤーでいたい。

──経営には中毒性があるといいます。20〜30代の時に倒産まで経験したにもかかわらず、改めて経営の最前線に惹かれる。その魅力を改めてお教えください。

春川 ……うーん、何なんですかね? 自分でも、これまで言語化できていませんでした。

もちろん、アトツギ経営者に成功してほしいという思いはあります。

でもそれ以上に、経営の渦中にいたい、と感じるんですよ。

残りの資金はどれくらいで、あと何回チャレンジできるかという状況。

もうダメだと何度も思ったけれど、起死回生の一手につながった。

9回ツーアウトのような状況で、当人としてその瞬間、瞬間に向き合う。きっと、自分はそこに、いたいんでしょうね。

photographs by Wataru Shoji

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次世代地域創世マガジン

ビジネスマガジン・Ambitionsから、地域経済にフォーカスする新マガジンが誕生。 全国各地、産業振興の最前線を取材し、現場の「熱」を届け、「構造」を可視化します。 地域ビジネスは、地方自治体の公務員です。巻頭企画では、縦横無尽に越境する「すごい公務員」40名を一挙に紹介します。 特集は「地方“共”創生」。福岡、静岡、京都、岡山、大阪など、官民連携のさまざまな事例を取材。産業振興の設計に役立つ「型」にまとめました。 この他、安宅和人氏のロングインタビュー。 仕事に悩める公務員たちの覆面座談会。 アトツギ経営者のリアルに迫る特別企画。 地方自治体職員、地域の産業振興に携わるイノベーターのための一冊です。