福岡市長・高島宗一郎氏に学ぶ、イノベーションの社会実装論

大久保敬太

2010年、地元テレビ局のアナウンサーだった高島宗一郎氏は、福岡市史上最年少の36歳で市長に就任。行政経験ゼロの若手首長による都市経営は「周囲が敵だらけ」のスタートだったという。 それから4期、福岡市を人口増加数や市税収入など、さまざまな指標で政令市一位に導くとともに、開業率全国一(※)のビジネス都市へと改革した。ビジネスと行政をつなぎ、イノベーションの社会実装を進めてきた、その手法を探る。

※ 21大都市比較(福岡市経済観光文化局)

高島宗一郎

福岡市長

1997年KBC九州朝日放送に入社。福岡の朝の顔として番組キャスターを務める。2010年12月に福岡市長就任。2014年、2018年、2022年の選挙でいずれも史上最多得票を獲得し再選、現在4期目。「都市の成長と生活の質の向上の好循環の創出」に沿ったさまざまな施策を展開。特に創業支援に注力し、規制改革等による新しい価値を生み出す環境づくりに取り組む。

出る杭とは、既存勢力にとっての「違和感」

私が福岡市長に就任して14年が経ちました。スタートアップ支援やDXの推進など、さまざまな改革を実行してきましたが、最初からスムーズに進んだわけではありません。行政未経験で突然トップに就任した30代の若者は「出る杭」であり、違和感のある存在です。何をするにしても、市役所内部や事業者、その他さまざまなステークホルダーから多くの反発を受けましたし、マスコミからは批判的に報道されました。

なぜ、そのような状況で改革を実行できたのか。今振り返れば、当初は「知らなかった」ことが大きかったと思います。しがらみの存在などを知らなかった私は、ただただ「福岡を良くしたい」という情熱だけで改革を推し進めてきました。もし、これまでの経緯や関係性など諸事情を知りすぎていたら、いろんなところへの配慮が出てきて、チャレンジできないこともあったと思います。

もう一つは、「ビジョンをわかりやすく伝えて、小さな成功を重ねる」こと。既存の価値観の方々からすると、改革した先にある未来は知らない世界であり、不安になるのも当然です。そういう状態の人に、先のビジョンを話しても伝わりません。

そこで、長期的なビジョンではなく、相手が理解しやすい「半歩先」のことを、丁寧に伝えることに努めました。情報発信や言葉の使い方は、民間のアナウンサー出身ということもあり、私が重要視している部分です。そして、小さくてもいいので結果を出すことにこだわり、成功体験を積み重ねる。地道に繰り返すことで、少しずつ賛同してくれる仲間が増えてきました。

まあ、それでも叩かれますし、ちょくちょく炎上しましたよ(笑)。それに耐えて、孤独と共にごはんを食べることができるのも、イノベーターに必要な素養だと思っています。

グローバルに考え、ローカルにカスタマイズする

街づくりを進めるうえで、私は「グローバルに考え、ローカルにカスタマイズする」という視点を大事にしています。これは行政に限らず、民間でも同じことが言えます。グローバルな視点を持ち、いい事例は行政であれば街に、民間であればサービスに取り入れていく。福岡市でも、海外の事例を参考にしながら、スタートアップ支援や、花や緑、アートなどを街にインストールする取り組みを進めています。

ただ、どの地域・業界にも特性がありますし、資源も限られているので、海外のものをそのまま取り入れるというわけにはいきません。それぞれの地域やサービスに合わせて、カスタマイズしていくことが必要です。

そういった新しいチャレンジをする場合、さまざまな壁が立ちはだかります。例えば地方になればなるほど、地元の重鎮たちからお墨付きをもらわなければ進まない。それならば、飲み会でもなんでも泥臭くやったほうがいい。どこを押すと最も成果が出るのか、その支点・力点・作用点を理解して力学をハックする。それが、既存の社会を変えるためには必要なのです。

ビジネスだけでは、イノベーションは実現しない

民間企業の生み出す新しい技術やスピード感は非常に魅力的ですが、民間だけでは「社会実装」は進みません。いくらピッチ大会で優勝しても、それだけで社会は変わりませんよね。本気で社会を変えたいなら、行政と連携して社会実装する必要があります。

しかしその過程で、法や規制がボトルネックになることがあります。経済合理性があり、メリットも伝えているのに、行政が首を縦に振らずに進まない。理不尽だと憤る気持ちはわかりますし、私も同じでした。しかし行政の中に入って気づいたのは「行政は経済合理性では動かない」ということでした。法律や規制、地方、国を変えるのは、政治です。政治が変わらないと社会は変わりません。

であれば、リスクを取って規制緩和を訴えるような、自分の願いを代弁してくれる政治家を自分たちでつくっていくことが、一番の近道です。

「行政はビジネス感覚を学ぶべき」という声を聞きますし、ごもっともだと思います。そしてそれは逆も同じです。民間の構造力学をそのまま行政に当てはめるビジネスパーソンは多くいますが、行政の力学を理解し、ハックする人は少ない。ビジネスの創出だけでなく、社会を変える政治家を生み出すことも、イノベーションには必要です。競争力のある日本をつくっていくことや、政治家の新陳代謝のスピードアップにつながっていくでしょう。

私が初めて市長に就任したとき、「高島市政はすぐに終わる」と周囲に言われたものです。それでも諦めずに、行政をハックし、コツコツと成功を積み重ねて、次第にできることが雪だるま式に増えていきました。言い続け、チャレンジを続ける。これが福岡市だけでなく、どの世界にも通じる、最短で社会を変える方法だと思います。

出る杭も、出続けていれば、打たれなくなるものですよ。打つ方も、だんだん腕が疲れて、腱鞘炎になりますからね。持久戦に持ち込めば若手は必ず勝てます。

text by Tomomi Tamura / photographs by Shogo Higashino / edit by Keita Okubo

Ambitions Vol.5

ニッポンの新規事業

ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?

最新号

Ambitions Vol.5

発売

ニッポンの新規事業

ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?