
人口減少、ドライバー不足、2024年問題、減便・廃止──。 ローカルにおける「バス」は現在、さまざまな課題に直面している。 そんな中、福岡の「西鉄グループ」は、祖業である運輸業(バス・鉄道)を維持しつつも、物流・流通、不動産、レジャーなど、新たな事業を連続的に創出。時代とともに、街と共に自らを変え続けてきた。 変化自在の西鉄グループで、いくつもの新規事業を興し、現在は若きイントラプレナーたちを統率する人物が、森永豪さんだ。 社内の事業開発、オープンイノベーション、M&Aと、複数の手法を組み合わせて事業を生み続けるリーダーに、その手法と視点を聞く。

森永豪
西日本鉄道株式会社 新領域事業開発部 課長
1999年入社。バス部門に所属し、区間内のバス乗り放題サービス「エコルカード」を起案・立ち上げ。「スマートバス停」事業の立ち上げなどを行う。タクシー部門、経営企画部門、経理部門などを経て現職。

大久保敬太(インタビュアー)
Ambitions編集長
「リスク」を重視するインフラ企業を駆り立てる危機感
大久保:西鉄グループは、福岡の人々にとってなくてはならない移動のインフラです。それと同時に、中心地・天神エリアを開発されてきました。まさに、街と一心同体の存在です。
以前、林田浩一社長にお話を伺ったのですが、その時は福岡を軸にしつつも、多様な事業展開で事業拡大を続けられている経営手法に驚きました。
大久保:まずは、西鉄グループの新規事業に対する考えや文化について教えてください。
森永:福岡という土地に根付いた企業ですので、街をよくしていきたいというマインドは強いように思います。
その一方、リスクをしっかりと見る文化があります。バスや鉄道などの事業は「安全第一」であり、サービスの維持が求められる。お客様に迷惑をかける可能性があるような新たな取り組みには、あまり積極的ではありません。
そんな文化ではありますが、私はずっと「今のままじゃダメだ」という危機感を抱えていました。人口減少の時代、運輸業の雲行きは怪しい。

大久保:西鉄グループは、海外への物流事業や、九州外の不動産事業など、エリア外での事業が好調ですよね。それはプラス材料ではないでしょうか。
森永:確かに複数の事業が稼いでくれていますが、本業中の本業であるバスと鉄道がどこまで続くかが見えない。もし10年後にバス事業がより一層厳しくなると……たとえ外で稼いでいても、福岡の企業である西鉄の魅力は大きく落ちるでしょう。
そうなる前に、もちろんバスを続けるためにみんなでめちゃめちゃがんばるんですけど、本業をカバーするだけの事業の柱を、福岡という街でつくらなければいけません。
大久保:それを担うのが、森永さんの所属されている「新領域事業開発部」なのですね。
森永:ええ、私たちは、既存事業に近いところで何かを試すのではなく、まだやっていない「領域」を探り、新しい事業を立ち上げることを目指しています。
手法はスタートアップとの連携、公募制の社内新規事業、M&A。僕の部門では今、すべてを使って事業開発を行っています。
エコルカード、スマートバス停、連続社内起業家としての側面

大久保:森永さんが新規事業に取り組まれている、その背景を教えてください。
森永:もうこれは、たんに異動ですよ(笑)。
しかしまあ、振り返るって見ると、結構新しいことをやってきたなぁというのは思います。
新卒で西鉄に入社してバス部門に配属されたのですが、そこでまずは学生向けのバス乗り放題サービスの「エコルカード」を作りました。
路線が固定される定期券ではなく、エリア内すべて乗り放題になるカードです。当時、結構画期的だったと思いますし、このサービスは今も継続しています。
森永:また、バス停にデジタルサイネージを設置し、リアルタイムに時刻表や広告を表示する「スマートバス停」事業も立ち上げました。こちらはコストの関係でまだ普及が十分ではないですけれどね。
大久保:両方とも福岡で目にしたことがあります。森永さんだったのですね。
森永:他には、北九州市エリアで競合だったJRさんと共創もしました。
かつて、北九州エリアでは、当社のバスとJRの路線が並行して運行しているところがありました。人口減少が進んでいるのに、同じ場所を競合2社がそれぞれ運行するのは、無駄ですよね。
そこで、重複している一部のバス路線を減便にし、代わりにJRさんの駅にピストン運行する路線を設けたんです。

大久保:ライバルから客を取るのではなく、送客するのですね。
森永:先ほどの危機感の話につながりますが、競合なんて言ってる場合じゃないんですよ。お客さまの便利な移動を守るほうが大切です。以降、当社とJRさんとの協業はさまざまな領域で進行しました。
そういう経験が、現在のキャリアにつながっているのかなと思いますね。
多種多様な新規事業チーム、マネジメントのコツは「任せる」こと
大久保:森永さんはプレーヤーとしてだけでなく、社内のイントラプレナーのマネジメントも担われています。
森永:当社には「X-Dream」という新規事業創出プログラムがあり、社員が自らの事業アイデアを起案できます。これに関しては、基本的には起案者の「やりたい事業」が集まってきます。
社長プレゼンを含む審査をクリアすると、そのチームは「新領域事業開発部」に異動し、100%コミットで事業化に向けて取り組むというものです。

大久保:兼務ではなく100%というのが魅力ですね。
森永:ええ、そうなんですよ。自分の考えた事業のためにすべての時間と予算を使うことができます。
現在動いているプロジェクトは4つ。食物アレルギーに配慮したペットフード「UFUFU FOOD」、中国向けライブコマース「OMAKASE Live」、音楽活動支援「muside」。推し活のバスツアープロジェクトです。
各チーム数名のメンバーをマネジメントしています。
大久保:事業内容がバラバラで、しかも“異端”が多いと言われるイントラプレナーチーム。どのように管理されているのでしょうか?

森永:そう、本当にバラバラなんですよ。やってることも、場所も、事業フェーズも。定例や予算承認などは行っていますが……上司としてできることは「任せる」ことだと思っています。
こんなこというと怒られるし、実際に「ちゃんと管理しろ」って怒られたんですけどね。
新規事業って、当然うまくいかないことの方が多いじゃないですか。その時々でお金の面のアドバイスはできますが、大切なのは本人の情熱を持ち続けてチャレンジを続けることだと思います。
みんなの事業状況は追いますし、各事業がやっているイベントなどには出来る限りいくようにはしています。しかし基本的には僕の指示ではなく、当事者が情熱を持ち続けることをサポートするよう心掛けています。
新規事業開発は、最強のリーダー育成ツールだ
大久保:各新規事業チームは、森永さんの下でどのような発展を目指すのでしょうか?
森永:「3年で出口まで」という決まりで進めています。
新規事業が一定育って、グループのひとつの事業として継続するのか、別部門の中に入るのか、あるいは別会社としてスピンアウトするのか……これが実現すると面白そうですよね。もしくは、検証を終えてプロジェクト終了とするのか。
一定期間で検証をやりきるというのもあるのですが、これにはエデュケーションの側面もあるんですよ。

大久保:新規事業の経験は、人材育成になる、と。
森永:ええ、事業開発を経験すると、明らかに「リーダー」になります。
新規事業をすべて自分でやるって、めちゃくちゃ大変なんですよ。
事業を立ち上げ、採用から自分でやり、チーム編成をして、収益をあげる。このすべてを自分で考えてやる。通常の業務ではなかなか得られない経験になります。
仕事量でいうと圧倒的に増えます。それでも、メンバーのエンゲージメントのスコアは高いんですよ。自分のやりたいことを思いっきりできることからきている結果だと思います。
会社史上、最大級のディールを実現
大久保:プレーヤーとしての森永さんの直近の取り組みを教えてください。
森永:今年ずっと取り組んでいたのが、M&Aです。対象はヒノマルホールディングス。肥料や園芸資材を提供する、いわば「農業の裏方」の会社です。
2025年10月から、正式に西鉄グループの子会社になりました。このディールが本当に大変で、取締役会を通った時は涙が出たほどでした。
大久保:なぜ、西鉄グループが「農業」に進出するのでしょうか?
森永:九州には美味しいものがいっぱいありますよね。それを、当社のアセットを使って運び、提供していこうという考えです。
農業って、天候に左右されるものであり、非常にリスクが高いんですよ。ヒノマルさんは長年、生産者の皆さんを支えてきた存在です。
そして西鉄グループは移動や暮らしを支える事業を行ってきました。
2社が一緒になることで、生産者のサポートから、農産物を運び、消費者に提供するところまで一気通貫でできるようになります。

大久保:ヒノマルホールディングスの会社情報を見ると、2025年3月期の売上高は128億4900万円。西鉄グループのポートフォリオの中でもひとつの「柱」候補となりえますね。
森永:この規模のM&Aは、当社の歴史でも最大級だと思います。これはうれしかった。
どんな事業でもシナジーが生まれる強み
大久保:今回のM&Aは「農業」ですが、暮らしのインフラである西鉄グループでは、かなり広い領域で新規事業と既存事業のシナジーが生まれやすそうですね。
森永:ええ、極端なことをいうと、どの領域にいっても、だいたいシナジーが起きるんですよ。
例えば、今年のオープンイノベーションプログラムで、「苔シート」を開発しているグリーンズグリーン九州さんと共創を始めました。
鉄道をはじめ「場所」を多く保持している当社では、雑草を駆除し、管理し続けることに課題がありました。「苔シート」を使えば、雑草問題を解決できる、というのが直接的な目的です。

森永:それだけではありません。例えば、ヒノマルさんと統合で生産者さんとのネットワークができると、農業放棄地で苔の栽培ができます。これは生産者さんたちにとって新たな収入につながります。
できた苔シートは、農産物と一緒に、当社の交通網を使って都心部へ輸送し、販売できる。海外へ輸出することもできる。
大久保:オープンイノベーションとM&Aがつながりますね。
森永:面白いでしょ? M&Aやってオープンイノベーションやって、社内新規事業もやって、めちゃくちゃ大変ですが、それぞれの事業がつながるところが面白いんですよ。
その分、本当に大変でもあります。最近は休日もずっとやっていて、これがもしやらされ仕事なら病んでますよ。でも、楽しいからやりたくなる。

大久保:情熱を持ってプロジェクトを推進される姿勢は、森永さんのチームの新規事業メンバーと同じですね。最後に、これからのビジョンをお教えください。
森永:事業としては、今はやっぱり農業。10年後に「西鉄は、九州の農業の会社」と言われるところまで持っていきたいですね。
またチームの運営の視点で言うと、新しいことにチャレンジする人はたくさん学ぶし、成長することがわかりました。会社全体の文化が変わるには時間がかかるかもしれませんが、チャレンジがどんどん生まれていくような、そんな組織になっていきたいです。

取材後期
新規事業、M&A、オープンイノベーション。それぞれ単独で語られることの多い昨今、森永さんはそのすべてを駆使して、新領域の探索と立ち上げ、そして成長まで取り組んでいます。
ハードな決断や活動の連続だと想像できますが、その上で「おもしろい!」と笑顔で言い切るところが印象的でした。
photographs by Shogo Higashino
