芸能界から企業広報へ。キャリアを切り拓いた「分析力」──男性アイドルヲタク・あくにゃん

矢儀田汐理

「アイドルのセカンドキャリア」について、考えたことはあるだろうか。元アイドルたちが進む道はさまざま。自ら事業を立ち上げる人もいれば、企業のインフルエンサーになる人もいる。彼ら・彼女らの活躍をひも解くと、ビジネスパーソンにも通じるキャリア選択のヒントが隠れているかもしれない。 本コラムでは、人材関連サービス運営のパーソルキャリアで広報を務める一方、アイドルについて知見をもつ矢儀田汐理氏が、元アイドルたちにキャリアの歩みを聞き、アイドル経験とビジネス適性の関係について解説する。 第1回は、広告代理店に勤めながら、男性アイドルヲタク・あくにゃんとしても活躍中の、某男性俳優ユニットの元メンバー・阿久津愼太郎さんに話を聞いた。

オーディションでグランプリを受賞、某俳優ユニットで活躍

芸能活動をしていた頃の阿久津愼太郎さん

──まずは芸能活動を始めたきっかけを教えてください。

芸能活動を始めたのは中学生の時でした。当時、ミュージカル「テニスの王子様」が流行っていたのですが、演じていた俳優さんの格好良さに衝撃を受けたのです。

特に、一番憧れだった方は、柳下大さん。私も柳下さんと同じ事務所に入りたいと思い、自らオーディションを受けました。

オーディションの結果、グランプリを受賞し、事務所に所属。某俳優ユニットのメンバーになりました。

──俳優ユニット時代、グループ内ではどのような役割でしたか?

グループ内では最年少でしたが、MCをしたり企画内容を考えたりすることが多かったですね。クリエイティブなことが好きだったので、グッズのデザインもしていました。

当時から、上から言われたことをやるというよりは、「その場で自分の力を発揮できることは何か」を考えて、楽しみながら活動していました。

──なぜ、芸能活動引退を決意したのでしょうか。

一つは、入れ替わりの激しい芸能界に残り続けることへの重圧を感じていたためです。事務所内でも出演枠の奪い合いがあり、後輩が自分よりも大きな仕事を取ることもある。そんな現実を前に、「この環境に身を置き続けるのは、自分にとってベストな選択ではない」と感じていました。

もう一つ大きな理由があります。それは、自分の力でもっと自由に活動をしたいと思っていたからです。

たとえば、新しいアイドルがいろいろと登場しはじめた頃、当時は事務所の都合により、個人での発信活動ができませんでした。しかし、数年も経つと、SNSのフォロワー数が多い人がキャスティングされる時代に。自分が行動したいタイミングで自由に動けず、その結果、チャンスを逃してしまうもどかしさを感じていました。

芸能事務所に所属しなくても、自分でできることがあるのではないだろうか──。そんな思いから退所を決意しました。

YouTubeチャンネル開設、仕事の経験を活かし登録者数は10万人超に

──現在は広告代理店に勤めている阿久津さんですが、最初はアナウンサーを目指していたとか。

退所時は大学3年生だったのですが、就職活動の時期を迎え、最初はアナウンサー試験を受けていました。というのも、これからも表舞台に出続けることをファンの方たちは求めているだろうと思ったから。しかし、大手局からローカル局まで受験したものの、うまくいかず……。

焦りを感じるなか、自分が本当にしたいことは何か、改めて自己分析をしました。そこで気付いたことは、誰かが用意した場で出来上がった台本を演じることは何年間もやってきたけど、イチから企画をする力も身につけたいということ。そこからシフトチェンジし、企画職のある広告代理店の道へと進みました。

──現在は会社員として働く傍ら、男性アイドルヲタクとしてYouTubeで発信活動もしていますよね。

一般企業の会社員になったものの、ファンの方の気持ちに応えたいという想いは胸の中にありました。そこで、アイドルヲタクとして情報を発信する「あくにゃんちゃんねる!」を開設しました。

現在、登録者数は10万人を突破。広告代理店での仕事柄、SNS事情にも詳しくなったこともあり、YouTube活動にもブーストがかかったと思います。

先日も「推しが企業とコラボした時にファンがやってはイケない事」というテーマで、マーケティングや広報の企業視点の動画を発信したのですが、かなり反響がありました。

芸能界で培ったガッツと持ち前の探求心が、企業で働く強みに

阿久津愼太郎さんのお仕事の様子

──芸能界から広告業界への転身となりましたが、採用面接の際はどのような自己PRをされたのでしょうか?

現職の採用試験では、芸能活動の経験をアピールしていました。

実は、アナウンサー試験を受けていた際は、芸能活動について話すことにためらいがありました。面接官から「芸能界で上手くいかなかったから、アナウンサー試験に来たのではないか」と思われたくありませんでしたし、たとえ主演作の話をしても分かる人ばかりではありません。芸能活動の話題は封印することが多かったんです。

ですが、これまでの私を築いていたのは、間違いなく芸能活動ですし、一番の強みです。そこで現職の採用試験では、ただ出演歴や経歴を並べるのではなく、そのときそのときで何を感じ、次にどう生きたのか、今の自分にはどんな影響を与えたのかまでセットで話せるようにしておきました。また、それらの経験を仕事にどう活かせるのかも自己分析し、熱弁しました。

──厳しい芸能界を生き抜いてきたガッツやストレス耐性に加えて、阿久津さんは分析能力が高い印象があります。

普段から物事を深堀りして考えることは好きですね。特に取材をされるわけではなくても、日頃から「なぜ自分はこの思考をしているのだろう」と考える癖があります。

あとは、単純に探求心が強いと思います。大学ではアイドル好きが高じて「仙人とアイドルの関係性」について研究。最近では、推し活の裏側にある思考や消費動向に興味があり、YouTubeで発信したところ、非常に好評でした。


──入社後はどのような仕事を経験してきたのでしょうか?

入社当初は営業プロデューサーとして、顧客の課題解決施策の立案・施策進行・レポート報告などを行っていました。

その後、自ら希望して広報部門に異動。現在は社内外への広報活動として、社員インタビューを実施して記事を作成したり、採用広報として採用施策の企画を行ったりしています。

―広告代理店に入社してから、働き方も大きく変わったと思います。芸能活動をしていたときと現在のスケジュールを教えてください。

高校までは、栃木県に住みながら芸能活動をしていました。日中は県内の学校に通い、放課後は東京で舞台に立つ日々。時間がいくらあっても足りず、忙しすぎて中学校での記憶はほぼないですし、高校時代はテストで赤点しか取れなくて呼び出されたこともありました(笑)。東京への移動中も、休む間もなく台本確認やテスト勉強をしていましたね。

現在は、日中は会社で働き、帰宅後にYouTube動画の編集をしています。自分のなかでは、あまり忙しいとは感じていませんね。

編集が終わったあとは、毎日BLドラマを見ることも日課です(笑)。ちなみに、今のおすすめは「君には届かない」です!

“嫌われ耐性”は営業力に、ラジオMCの経験は広報力に生きた

──芸能活動での経験が今の仕事に役立ったことはありますか?

常に人前に出る芸能人は、一般の方よりも“嫌われ耐性”がついています。そのため、人と話すことや、自分を売り込むことに対して、ネガティブな感情はありませんでした。

芸能界では受け身の姿勢だとチャンスがつかめないので、積極性も植え込まれたと感じています。入社1年目から社内会議にはどんどん参加し、遠慮なく発言していました。主体的に動いて周りを巻き込む力は、一般の方よりもあるのではないでしょうか。

また、広報としてインタビューする機会が多いのですが、自分自身がインタビューを受けてきた経験があるので、どのように質問すれば相手が話しやすいかが直観的に分かります。相手の魅力を引き出す力は、広報の仕事に役に立っていますね。

―YouTubeや書籍を拝見しても、阿久津さんは人をPRすることに長けていると感じます。

芸能活動を始めたばかりの頃は「自分が一番目立ちたい」というタイプでした。集合写真はセンターに立ちたいし、マイクも自分が持ち続けたい(笑)。

相手の魅力を引き出すことを意識しはじめたのは、ラジオでMCをやるようになってからですね。MCを経験して初めて、「自分は今まで、他人に魅力を引き出してもらっていたのか」と実感したんです。

前に出るだけでなく、相手の魅力を引き出す力で評価されることもあると気付き、「どうすれば相手の良さを伝えられるか」を意識するようになりました。

ヲタク活動でも、「推しのファンが増えるためにはどのような魅せ方をすればよいか」をいつも考えるので、PR力が磨かれたのかもしれません。

会社で働くなかで知った、世代を超えて一丸となる楽しさ

──広告代理店での仕事から得たものはありますか?

仕事に取り組む際の意識が大きく変わりました。

芸能活動をしていたときは、「どうすればクライアントの売上を伸ばせるか」よりも、「どうすれば自分が売れるか」ばかりを考えていました。

振り返ると、全く貢献できていなかった仕事もあったのかもしれません。今の仕事を通じて、対クライアントの視点を得られるようになったと感じています。

そのほか、仕事で身に付いたスケジュール管理やイベント運営のノウハウは、YouTuberとして個人でイベントを開催するうえでも役に立っています。

──今の会社で働いてみての率直な感想を教えてください。

オーディションで仕事を取り合う芸能界では、自分が必要とされていないと感じる瞬間を幾度も味わってきました。仕事をもらったとしても1クール(3カ月)で解散。演者だけでなくスタッフの入れ替わりも激しく、チームというより、個で闘っている感覚が強かったです。

それに対して、会社では社長から新卒社員まで世代を超えて一丸となって同じ方向に突き進んでいくので、チーム感があり楽しいです。自分の能力を必要としてもらえることは大変ありがたく、選んでくれた会社に恩義を感じています。

今の職場が好きなので、入社以来、転職を考えたことは一度もありませんでしたね。

──これからの目標はありますか?

仕事も個人の活動も、一番の目標は現状維持です。これは決して「成長を止める」という意味ではありません。近年は変化が激しく、むしろ現状維持が難しい時代。言い換えると、「現状維持=進化」です。

おかげさまで、これまで収入も右肩上がりに伸びています。これからも現状を維持し続けていければと思っています。新しいことをどんどん取り入れて、広報としても一人前になりたいです。

自己ブランディング次第で、キャリアの可能性は拓ける

──現役アイドルや若い世代へ、キャリアの可能性を広げるためのアドバイスはありますか?

芸能界は特殊な世界ですし、「一般企業で通用しないのではないか」と不安を抱くアイドルは多いものです。私もそうでした。しかし、そこでの経験はセカンドキャリアに必ず役に立ちます。

そのうえで、これからの時代、「自己ブランディング力」が問われると思っています。自分がその場でどのような価値を提供できるのかを分析し、アピールする。アイドルなら、用意されたステージをこなすだけではもったいないです。自分の強みを見い出し、その力を存分に活かしてほしいです。

──最後に、キャリア選択で悩んでいる方へメッセージをお願いします。

就職活動では、「周りの人はたくさん内定をもらっているのに、自分だけ内定がない……」と落ち込む場面もあるでしょう。しかし、自分と周りを比べる必要はありません。本当に重要なことは、どの会社に入るかではなく、入社した会社で自分が何を成し遂げるのか。

正直私も、今の会社がこんなに自分にマッチするなんて就活時にはわかっていませんでした。入った会社でどう活躍し、どう会社を良くしていくかが大事だと思います。自分がやりたいことを因数分解し、キャリアを切り拓いてください!

『あくにゃんちゃんねる!』では、最新のミュージックビデオを公開中



【取材を振り返って】
阿久津さんのキャリアにおいて、一貫して発揮されている強みは「分析力」ではないでしょうか。自分の行動を振り返り、次のアクションに落とし込むことで、活躍の場を切り拓いています。加えて、芸能界で厳しいポジション争いを生き抜いてきた経験があるからこそ、“待ちの姿勢”ではなく、自分が提供できる価値を常に考え抜いているのだと感じました。

さらに今回のインタビューで感じたのは、レスポンスの速さとPR力の高さ。現役時代に取材やファンサービスに何度も向き合ってきた阿久津さんは、受け答えに機転が利き、どうすればよく魅せられるかも熟知しています。


現役時代にPR力やプロデュース力が鍛え抜かれた元アイドルにとって、マーケティングや広報はアイドルの経験を活かせる職種の一つ。元アイドルだからこそ発揮できる強みを活かすことで、セカンドキャリアの可能性を広げていくことができるのではないでしょうか。


edit by Tomoro Kato

最新号

Ambitions Vol.5

発売

ニッポンの新規事業

ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?