
テレビ局、報道歴20年。 長年、九州の「事件」に向き合ってきたKBC九州朝日放送(以下、KBC)の持留英樹さんは現在、Glocal Kを立ち上げて新規事業プロジェクトに挑んでいる。 テーマは「地域課題×テレビ局」。 広告ビジネスの限界に直面するテレビ局は、探索の先にどのような勝ち筋を掴むのか。 暗中模索、ピボットに次ぐピボット、両利きの経営、その迷宮でもがき続ける、5年間の足取りを詳らかにする。

持留英樹
株式会社Glocal K 代表取締役/コミュニケーションプロデューサー
2000年入社。報道部に配属されANN北京特派員、編集長、報道番組プロデューサーなど歴任。2019年より経営企画部へ異動し、新規事業探索を開始。2020年Glocal Kを立ち上げる。

大久保敬太(インタビュアー)
Ambitions編集長
株式会社Glocal K
九州朝日放送株式会社の100%子会社として2020年4月に設立。地方自治体を対象に、ブランディングやパブリックリレーション、情報発信支援など行う。
報道歴20年、社会におけるマスコミは変化した
大久保:持留さんは福岡のテレビ局・KBCで20年のキャリアを重ね、報道編集長もご経験されました。
メディアの存在が大きく変わった20年間だったと思います。テレビ局が置かれている状況と変化について、考察をいただけますでしょうか?
持留:まず「地方局」という点で言うと、これは大きく変わりました。私自身、福岡出身で大学は東京、就職で地元に戻ってきました。2000年頃はまだ「地方は都落ち」と見られる風潮がありました。しかし近年は、優秀な若者も地域で挑戦することが一般的になってきているように思います。
テレビ局というよりも、社会の固定観念の変化ですね。
大久保:テレビ局としては、いかがでしょう? マスコミに対する世間の見方も変わりつつあると感じています。

持留:転機は、SNSだと思います。誰もが発信できるようになり、これまで独占的に発信していたテレビ局の姿勢が、世の中から厳しく見られるようになった。
とはいえ、報道のあり方に対して不満を感じる人は、以前からいたと思うんですよ。それが、可視化されるようになったということだと思います。
最近思うのですが、僕たちマスコミが、マス“コミュニケーション”だったことって、一回もなかったんですよね。長年に渡り、一方的に「これが正解だ」という発信を行なってきたのです。
当然、報道機関としての社会的責任や、その道にプロが取材した一次情報を期待されている側面もありますし、そう信じて取材や発信を行ってきました。
しかし、自分たちが必ず正しいという意識や、自分たちの都合を押すという姿勢は、問い直すべきだと思います。
大久保:テレビ局にとっては、厳しい時代でしょうか。
持留:僕はむしろポジティブに捉えています。自分の胸に手を当てて、報道機関として大義のある活動できているかということに向き合うのは、本来あるべきことです。
それに、世の中とテレビの関係も、以前のように戻ることはないと考えています。
テレビ局に求められる両利きの経営、その探索

大久保:2020年、持留さんは子会社「Glocal K」を設立されました。経緯を教えてください。
持留:発端は、当時の社長の意思決定です。
かつて、テレビ局の事業は広告収入で成り立っていましたが、年々収入が下がっているのが実情です。
事業が立ち行かなくなる前に、新しい収益源を見つける必要があります。
また、KBCは九州のローカル局です。地域の魅力を再発掘する独自番組を制作していたこともあり、地方自治体との強いネットワークがありました。
地方自治体、地域課題解決、これをキーワードにテレビ局として新しい事業をつくることがミッションとして課せられたのです。
報道局から経営企画部に異動し、半年ほど準備をしてGlocal Kを設立しました。
大久保:先に事業やニーズがあったというよりも、既存のネットワーク上での「探索」のためにスタートしたのですね。
【フェーズ1】探索期。どの地域でも「自然と食」を打ち出している問題
大久保:ターゲットである地方自治体の課題とは、一体何でしょうか?
持留:リサーチを進める中で、テレビ局と相性がいいと感じた課題は「発信」です。
多くの自治体では、町の魅力を広く伝えたいけれど、その手段がない状態です。
テレビ局には番組制作や発信のノウハウがある。そこで最初は、自治体向けに番組制作のスキルを提供するクリエイティブスクールの提供や、プロモーション動画の制作を請け負うことから始めました。

大久保:最初は、ということは、変わっていったのでしょうか?
持留:実際に始めてみると、ただ映像をつくればいいわけではないことが見えてきたんですね。
地方自治体に伺って町の魅力を聞くと、かなりの確率で「自然が豊かで食がおいしい」と返ってくるんですね。しかし、皆が同じことを発信しても、魅力は伝わりませんよね。
町のことを深く紐解いていくと、土地に何百年続く歴史があり、そこから続く文化がある。ただの情報ではなく、その土地の物語を形にして届けることが大切です。
番組でいう「企画」ですね。ここを設計するためには、プロモーション施策の上流から関わっていく必要があると考えるようになりました。
また、KBCグループには映像制作会社もあります。ただの制作業務ではグループ会社とのカニバリになるという議論もありました。
【フェーズ2】企画力を武器に、PR戦略を上流から描く
大久保:物事の核心を捉え、尖らせて発信する「企画」的な発想と、基本的に平等に住民サービスを提供する行政。異なる思想のように見えますが、どのように企画を「通す」のでしょうか?
持留:そこは、番組制作との異なるポイントです。
番組制作の発想で、視聴者の注意を引くポイントを打ち出すことをしても、うまくはいきません。
職員の方々とワークショップを重ねて、自治体として何を大切にしているのか、それは具体的にどういう言葉なのか、ひとつひとつ可視化していきました。
主体である職員の方々が誇りを持って、持続して取り組めるように、さまざまな意見を聞きながら方向性をつくっていくイメージですね。

大久保:企画そのもの以上に、ファシリテーターのスキルが必要そうですね。
Glocal KはKBCというテレビ局の会社であり、もともとコンサルティングファームとしての顔つきではありません。
顧客である自治体の方も、最初は「番組を作る存在」として認識すると想像します。
すでに多くのコンサルや上流設計から手がける広告代理店が存在するなかで、どのようにしてテレビ局が「上流」に入り込むことができたのでしょうか?

持留:はじめに、下流に近い「スクール事業」を行ったことが大きかったです。少ない予算でできるプロジェクトで接点をつくり、コミュニケーションを重ねる中で、上流から設計していくことの重要性を伝えつつ、徐々に大きいなプロジェクトに育てていく。
今、上流から支援している自治体さんでいうと、ここまでくるのに丸2年かかりました。
大久保:長期勝負ですね。事業会社と自治体、スピード感も異なりますよね。
持留:例えば、秋や冬に「来年こういう施策をしましょう」と持っていっても、「来年もってきてください」となる。予算の骨格は秋には固まっているため、新しい提案を行うにもタイミングを見極める必要があります。
ここは苦労しました。時間も作法も違う。それをしっかり把握することに時間を割きました。
【フェーズ3】対話を繰り返し、自治体組織の人材開発にシフト
大久保:改めて、①地方自治体というテレビ局とは異なる文化のターゲットに対し、②ただの発信だけでなく、上流からの支援の必要性を説く。非常にハードモードな探索ですね。
持留:正直に言うと、今もずっと探索を続けています。めちゃくちゃ大変です。
そんな中、直近でひとつ手応えを得ることができました。
福岡県宗像市さんに提供した「ビジョン策定」の伴走支援です。市役所の10の部署全てで、ワークショップを各3回セット、なので合計30回以上をやったんです。
自分たちの目指すことは何か、約束事は何か、どのような行動をしていくか……そういうことを、時間をかけて策定していきました。

持留:そうしてビジョンが完成したとき、窓口として立ってくださった広報の方が感動して涙されたんですね。他にも、最初は乗り気ではなかった部署の方がいきいきと自分たちのビジョンを語る様子も見られました。
情報発信を行うには、自分たちが何をすべきかという部分に向き合い、関係する方々と一緒に考えていく必要がある。そしてそれは、人の成長や、セルフ・エフィカシー、組織開発につながる。
これが、今僕の感じているGlocal Kの可能性です。
探索5年、まだ「正解」は出ていない
大久保:Glocal Kの活動は、「探索」が主だと感じます。しかし別会社となっている以上、事業の収益性も明らかになると思います。事業創出と足元の利益、どちらをより強く求められていますか?
持留:それは両方です。
大久保:利益がマストであれば、出口に近い「映像制作」がわかりやすい商材になります。しかしそれでは既存事業と同じ。上流を探索しようとすると、スケールするまでの収益性は当然ながら既存事業よりは下がる。
それでも、収益性も見られるというわけですね。
持留:正解か不正解かはわからないのですが、これまで大きな先行投資はせず、少人数のメンバーの実働だけで探索をしてきました。そのモデルだから継続できたという点はありますし、一定の成果も得ることができました。
では、そこからさらに大きな投資を行うほどの事業になったかというと、まだそこまでは到達していない。
それが、現時点の正直なところです。

大久保:今後、どのように事業を伸ばしていくお考えでしょうか?
持留:現時点ではお答えできないです。会社を設立して5年、今の方法を続けるのか、ピボットするのか、そもそものあり方を見直すのか、今一度検討すべきタイミングに入っています。
実は今回、取材を引き受けるか迷いました。新規事業では、これから先の確実な話はなかなかできないのです。
テレビ局に生まれた、新規事業のロールモデル
大久保: KBC全体への還元といった視点では、Glocal Kの活動はどのような成果につながっているとお考えでしょうか?
持留:人口減少が進む中、地方自治体の運営はますます難しくなり、単独の自治体だけで解決できないことが増えていくことが予想されます。
そういう方々に、自治体への高い解像度をもって伴走することは、価値が増してくと思います。
Glocal K単独で大きな利益を出すに至ってはいませんが、今後KBCが官民連携や、行政を巻き込んだエリアプロモーションなどを行うときに、これまでのGlocal Kの活動や築いてきた関係性は必ず生きると思います。

持留:また、この5年の間に、KBC社内で新規事業の取り組みが進みました。
僕自身、ゼロイチを経験する中で、「あのときこうすればよかった」「この判断は失敗だった」「あのとき予算を使うべきだった」などの失敗はいくつもあり、やり直せるならもっと上手くいくという確信もあります。経験則から得られる、事業開発に適した方法論は確実に存在します。
そうした学びを社内に還元できたのは大きな成果でした。
現在、社内では10程度のビジネスアイデアの中からいくつかの新規事業プロジェクトが進行しています。それらを間接的に支援できたことは、本当にうれしく思います。
大久保:報道編集長から、ある日突然、新規事業のミッションが下り、5年間何もないところから探索を続ける。そして今も続いている。
見方によっては厳しいキャリアとも言えますが、振り返ってみていかがでしょうか?
持留:こんなに大変だとも思わかなったですよ(笑)。
でも同時に、感謝です。ゼロイチを自ら経験できたことは、めちゃめちゃ感謝しています。

取材後期
官民連携事業という領域内でピボットを繰り返した5年間は、まさに迷宮です。
インタビューを相談した際、迷われながらも「それでも、自分の経験が誰かのためになるのであれば」と快諾いただきました。テレビ局や地域ビジネスの未来が、この探索の先にあると、これからも注視し続けます。
photographs by Shogo Higashino
