【スナック入り口・田代ママ】日本一のスナック街で挑む、街&店メディアの可能性

Ambitions FUKUOKA編集部

2010年のNTTタウンページ集計において、電話帳に登録されている人口10万人当たりのスナック店の数で日本一を記録した宮崎県。なかでも“日本一のスナック街”と言われるのが宮崎市の繁華街・ニシタチ(西橘通りを中心に、中央通り、恵比寿通り、高松通り、西銀座通りなどを含めたエリア)だ。 そんなニシタチに2020年、新しいスナック「スナック入り口」が誕生した。コンセプトは“スナックを紹介するスナック”。一風変わったこの店の仕掛け人であり“ママ”としてお店に立つのは、田代くるみ氏。在京中に広告や編集の経験を積み、地元・宮崎にUターン。コンテンツプロダクション「Qurumu」を立ち上げ、ローカルビジネスメディア「ひなた宮崎経済新聞」の編集長も務める。 メディアとスナックという2つのビジネスを展開する田代氏に、地域ビジネスの可能性について話を聞いた。

「何もない」と思っていた宮崎。東京で“めちゃめちゃな盛り上がり”を発見

──宮崎県出身の田代さんが、Uターンしてプロジェクトを起こしたきっかけとは?

田代 経緯を辿ると上京した大学時代までさかのぼります。私は生まれも育ちも宮崎ですが、高校生頃までは「宮崎には何もない」「田舎を早く出たい」みたいな思いを抱えていました。それで、運よく東京の大学に行けることになったのが2008年。上京したばかりの私は、新宿にある宮崎の物産館でアルバイトを始めました。

ちょうどその頃、宮崎県知事・東国原(英夫)さんが県知事として活躍していて、空前の宮崎フィーバーが起きていたんです。物産館の中はものすごい大混雑で、「私が知らないだけで宮崎ってめっちゃ盛り上がってる!?」と驚きましたね。同時に「自分が知らないだけで、宮崎には面白いものがたくさんあるのかもしれない!」と、知らなかった宮崎の魅力を掘り起こしたいという気持ちも生まれました。アルバイト先に物産館を選らんだように、やっぱり故郷の宮崎が気になっていたんですよ

──その後、大学在学中にインターンで博報堂ケトルに入社し、ライティング業務を経験。以降は一貫して情報を発信する立場で活躍されています。

田代 広告業界には高校生頃から興味がありました。ケトルは「伝えたい情報をどう編集して世の中に発信するのか」という嶋さん(嶋浩一郎 取締役)のマインドが浸透していた会社で、インターンだった私も「どうすれば人に伝わるコンテンツになるのか」という考え方を叩き込んでもらえました。

この時の経験で、自分の中にメディアの下地ができたと思います。そしてそれとは別に、頭の片隅にはずっと“宮崎の軸”もあって、いずれ自分が宮崎に帰って、経験を生かしたいという思いもありました。

地元で格好よく働く方法は? 先輩宮崎人の活躍がUターンを後押し

──2017年、ついに宮崎へUターンし、メディア事業のQurumuを起業されます。

田代 少しさかのぼって2010年頃の話になるのですが、在京宮崎県人が集まる飲み会兼勉強会「みやざきわけもんフォーラム」という活動の運営に携わるようになったのが、直接的なきっかけです。この活動は「いずれは宮崎に帰りたいけれど、どうやって宮崎で稼げばいいかわからない」という人たちが、宮崎でビジネスに取り組んでいる人たちにその経験を教えてもらう、というものです。

資金は潤沢ではありませんので、ゲストが東京に出張などでいらっしゃるタイミングに合わせて開催しました。そんな活動でも「九州パンケーキ」で知られる一平HD社長の村岡(浩司)さんなど、本当にたくさんの方々が来てくださりました。

宮崎の第一線で活躍されている先輩方から「宮崎で格好良く仕事する方法」を学んでいるうちに、運営メンバーが続々と宮崎に帰り始めたんです。そして次第に「まだ私は東京にいるの?」という空気になって、当時一緒に仕事をしていた編集者と宮崎でやってみようと話になったんです。

田代 ……と、いつも取材ではそう答えているのですが、実は当時付き合っていた彼氏に振られた腹いせで帰ってきたというのも、理由のひとつです(笑)。

強い決意や決心があったわけではなく、周りの動きに影響されたところが大きかったと思います。先輩たちや、イベントで出会った方々が、宮崎を軸足の一つにしながら面白いプロジェクトを手掛けているのを見るうちに「宮崎でもいけるかもしれん」という期待感が持てたんです。

──宮崎にビジネスのチャンスがあった、と。

田代 ええ、宮崎市は人口が40万人なんですけど、その規模感がちょうどいいと感じたんです。具体的にはある程度カルチャーが根付いていて、面白いことをやっている人が各ジャンルで必ず一人はいる、そしてメディアの仕事として発信するネタがあること。

また、周囲にメディアや編集、広告という領域でチャレンジしている人が多くなかったのも理由のひとつです。もちろん地元の新聞やテレビ局などはありますが、Webメディアはまだ少なかった。そこで「ひなた宮崎経済新聞」というメディアを立ち上げ、ローカルに根ざした取材と情報発信を軸に活動を始めました。

ネット時代、“生のレコメンド”の魅力が増す

──地域でメディアを立ち上げた田代さんは、次に全く異なる「スナック」に挑戦します。理由は何でしょうか。

田代 それはもう、語り尽くせないほどスナックが好きだからです(笑)。

まず、お客さんとして宮崎のいろいろなスナックに通いました。仕事でも家でもない自分の場所=サードプレイスみたいですよね。そしてスナックをこんなにも楽しめるのは、宮崎の街の大きな魅力です。

田代 夜のニシタチを歩いてみてください。「こんなにたくさんスナックがあっていいの?」ってくらい、本当にスナックだらけ。決して大都市とは言えないサイズで、これだけのスナックが集積している場所なんてないと思います。

そしてひしめくスナックの一軒一軒、お店の個性もママも違っていて、それぞれが面白いんですよ。すっかり宮崎のスナックカルチャーに魅了されて、「いつかスナックをやりたい」ということを冗談半分、本気半分で周囲に話すようになりました。

10年後くらいかな……と思っていたのですが、ある日博報堂ケトルの先輩に「令和2年度 夜間・早朝の活用による新たな時間市場の創出事業」の募集があることを教えてもらい「田代さん、スナックやりたいって言ってたよね。出してみない?」と声をかけられて。

好きなスナックカルチャーを盛り上げたいと、企画を提案しました。

──田代さんのチームQurumuによる、スナック活性化プロジェクト「#スナックプライド」は見事採択されました。①スナックを紹介するスナック「スナック入り口」のオープン、②スナック紹介Webメディア「スナックアドバイザー」の創刊という、リアルとWebの両方のアプローチが特徴的です。

──“スナックを紹介するスナック”というアイデアにたどり着いた理由は何でしょう?

田代 私と当時Qurumuのメンバーだった先述の編集者と、そんなお店があったらいいなと話していたんですよね。スナックって、外からだとどんな雰囲気なのか、入っていいのか、なかなかわからないじゃないですか。

これまでどうやってスナックに行っていたかを思い返してみると、人だったんですよね。仕事先の相手の行きつけのスナックに連れて行ってもらう、みたいな。ネットの時代でも“生のレコメンド”が主流で、そこで運命的な出会いが起こることが、スナックの面白いところだと思います。

今、物を買うでも音楽を聴くでも、あらゆるシーンでAIに勝手にレコメンドしてもらえる時代ですけど、信頼する人からの情報ってとても貴重だと思うんです。友だちから「このアイドル知ってる? めっちゃかっこいいよ」とか「このお店知ってる? めっちゃおいしいよ」とか。

それを実現する場所が「スナック入り口」です。料金は1時間2500円(飲み放題)のみ。一杯飲む間に、次に行くスナックを見つけるための場所です。私たちスタッフはみんなニシタチのスナックを飲み歩いていますので、お客さんの気分や要望に応じて「それならあのママのスナックがおすすめです」と、生のレコメンドをします。

──ただ紹介する場所ではなく、紹介する場所自体も「スナック」なのがユニークですね。

田代 それは、やっぱりスナックという場所でのコミュニケーションが好きだからです。ただ情報を発信するのではなく、スナックを知る入り口も「スナック」というツールにしたかったんです。

WEBメディアで“ママのストーリー”でスナックの魅力を発信

──スナック入口は、Webメディア「スナックアドバイザー」と連動しています。「#禁煙」「#女性お一人さま歓迎」「#THE老舗」などのタグ付けでスナックの特徴を明確化し、スナックの「わかりにくさ」を解消。さらに各お店の紹介記事は、ママのロングインタビュー。とても充実しています。

スナックアドバイザー
スナックアドバイザー

田代 スナックの情報って世の中にほとんど出ていないんです。検索しても、出てくるのは謎のママがゴルフしてるだけのInstagramとか(笑)。

裏を返せば、情報が出てこないのにこんなに数があってカルチャーとして形成されているって、すごいことですよ。

インタビュー記事では、ママの人生観や、ママのやんちゃエピソード、大恋愛話といった、スナックの魅力であるママのお話を中心に掲載しています。お店の数だけ物語がありますから。

──ちなみにニシタチには何店舗くらいのスナックがあるのでしょうか?

田代 何店舗あるかは、マジで誰にもわからないです(笑)。

ただ、宮崎で定番の焼酎で、どのスナックにも置いてある「木挽」の雲海酒造の営業さんに聞いた話から、この一帯で500~600軒くらいかなと予想しています。

私自身本当に飲み歩いていて、オープン前にはそのおかげで10キロ太ったくらいなのですが、まだまだです。週七で飲み歩いても、網羅できる気はしません(笑)。

──2020年のオープンから3年と少し、手応えはいかがですか?

田代 コロナ禍も落ち着き、ニシタチの町も賑わいが戻ってきました。大変な時期でしたが、すてきなスナックにはやっぱりお客さんがついていて、互いに支え合っているんだと気づいました。

「スナック入り口」は、おかげさまで多くの人に知っていただきました。お客さんは、特に出張で宮崎に来たビジネスパーソンの方が多いかな。外から訪れてきた人たちに、これまでだったら情報がなくて入りづらかった、魅力的なスナックへ行ってもらう。その入り口になることができてきていると思います。

地域ビジネスの魅力は、「届く」という実感

──宮崎の地にUターンし、オンライン・オフラインを活用した情報発信に取り組んでいる田代さん。東京と宮崎でビジネスの経験を積んだ田代さんが感じる「地域ビジネスの魅力」を教えてください。

田代 自分のやっていることが、相手に届いていると実感できること、ですね。東京だと、私以上に会社名の書かれた名刺が大切に感じることもあります。でも宮崎だと、名刺の肩書きよりも「スナック入り口のママの田代」という、やったことで知ってもらえる。「お店見たことあるよ」「知ってるよ」って。

そしてこれは地域性もあると思いますが、会う人会う人が、応援してくれるんですよね。何かをやろうと思い誰かに話すと「それならあの人に話をするといいよ」と、すぐにキーパーソンとつながることができ、最短距離でやりたいことに取り組むことができる。

挑戦のハードルが低く、それを見てくれる人がいることは、新しいことに取り組む上で、大きな励みになると感じています。

くるみママおすすめの芋焼酎「明月」

ビジネススキルとしてのスナック活用術

”飲みニケーション”のような文化は今の若い方たちには嫌煙されがちですが、そもそもビジネスは人と人が一緒に行うもの。本音で話す関係性が大切です。そんな時こそ一緒にスナックに行ってみてください。目的は関係性の構築ですが、注目してほしいのはママが最高のファシリテーターであることです。

多少ぎこちない間柄でも、ママがいい感じに関係性を溶かし、温め、自然なパスをくれますよ。

最近では、スナックなどの飲食を通してコミュニケーションを図る研修も増えてきています。日本にしかない独特な空間だと思うので、ぜひビジネスシーンで活用してほしいです。そしてビジネススキルとして、ママの“懐に入っていく力”や“ファシリ術”を学んでみてはどうでしょう。


text by Michiko Saito / edit by Keita Okubo

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