【岩嵜博論】日本の「発明」から学ぶ、大企業のイノベーションの法則

大久保敬太

ウォークマン、ファミコン、ウォシュレット、ノートパソコン……これらはいずれも、日本企業から生まれた新規事業であり、社会を、世界を変えた発明だ。 「企業内新規事業はパッとしない」と言われる今、かつての日本企業の事例から、何を学ぶべきだろうか。ビジネスデザイナー・岩嵜博論氏が、大企業のイノベーション、その成功の法則を導き出す。

岩嵜博論

武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授 ビジネスデザイナー

リベラルアーツと建築・都市デザインを学んだ後、博報堂においてマーケティング、ブランディング、イノベーション、事業開発、投資などに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任。ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている。近著『デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド』(日本経済新聞出版)。

破壊され続けてきた日本の発明

歴史的に見て、日本企業は特許を取るような発明技術において、世界に誇れる実績があります。それは現在も同じです。

では、なにが足りないか。イノベーションとは「発明」と「実装」により構成されますが、日本企業の弱点は、社会における「実装」です。ソーラーパネルやメモリなどを見ても、新たな技術をいち早く開発するものの、市場にディスラプターが参画して価格破壊などが起こると、競争に負けてシェアを落としていく。近年の日本企業は、この構造を繰り返してきました。

また、かつては優れた技術が生まれれば、それにあわせて自然に市場が誕生してきましたが、経済の成熟化が進んで人々の暮らしが豊かになるとともに、技術だけではなかなか市場が生まれにくくなってきた。「意味のイノベーション」という言葉がありますが、市場と対話し、新しい価値を形成しなければいけない。技術と市場の橋渡しが必要になってきているのです。

日本企業は、これらの課題と直面しています。しかし私は、日本の大企業には大きな可能性があると考えています。いくつかのケースから、日本企業のイノベーションの法則を探りましょう。

PlayStationに見る、SONYの執着

90年代以降の国産イノベーションの最たる例は、SONYの「PlayStation」でしょう。

1994年に誕生し、後に「世界で最も売れた家庭用ゲーム機」となった、ゲーム業界のイノベーションです。開発の中心人物は、後に同社の副社長兼COOを務めることになる久夛良木健氏。当時の社長は大賀典雄氏、同社の音楽ビジネスをリードしてきた存在です。

SONYがゲーム業界へ参入した本事業のポイントは3点。「統合・執着・スキーム」です。まずは「統合」。新発明というものは、まったくのゼロから生まれるものではありません。世界的メーカーだった当時のSONYには、CD-ROMを作る高い技術がありました。また、グループ内で音楽ビジネスを手掛けており、エンターテインメントの知見があった。この2つを統合して、新たなゲーム事業の構想が生まれたのです。

次に「執着」。PlayStationはもともと任天堂と共同で開発を進めていたというのは有名な話です。しかし途中で連携はご破算に。SONYは未知のゲーム業界に単独で参入するか、開発をやめるか、判断を迫られます。撤退の声が多数だった中、経営陣に強く事業存続を訴えかけたのが、開発者の久夛良木氏でした。企業の新規事業には、多くの反発や障壁があるものです。なにがなんでも実現するという執着心が、最も重要な要素だと言えます。

3つ目が「スキーム」。PlayStationはSONYのグループ会社である株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントから発売されていますが、この会社は株式会社ソニーと株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの合弁により設立されています。つまり、新規事業のチームを「出島」にして、事業の意思決定を本体から離したのです。

自社のアセットを統合し、現場の強い執着で進め、理解のあるトップが最適なスキームを設計する。これらが揃ったことで、PlayStationは世界に誇るイノベーションになりました。

最近では、三井住友フィナンシャルグループが2023年にスタートしたスマートフォン上の総合金融サービス「Olive」も似た構造だといえるでしょう。

Oliveは、銀行口座、クレジット、ポイント、投資などさまざまな機能を統合した新サービスです。自社グループだけでなくパートナー企業も巻き込み、協力体制をつくるには、トップがエコシステムの絵を描き、上意下達で協力体制をつくったことが予想できます。一方の現場では、社内のデザイン組織「SMBC Design Team」が中心となって、顧客中心のサービスデザインをつくりあげました。トップダウンとボトムアップの両方から事業を創造している例として注目しています。

Suicaに学ぶ、社会実装する「場」の力

本章では次のステップ「社会実装」について紹介します。

事例は、JR東日本の椎橋章夫氏(当時)が開発した、ICカードの「Suica」。技術もさることながら、社会に定着した理由は「駅」という、多くの人が必ず利用するインフラを持っていたからです。JRの駅は、当然ながらすべてJRのものです。インフラを持っているJRは、新しいサービスを社会実装しようと思えば明日からでもすぐに実装できます。

少し話はそれますが、2018年に誕生したPayPayは、初期のユーザー獲得のために莫大な費用を投じてキャンペーンを行いましたよね。JRなら、同様のことが自前でできてしまうのです。このような社会実装力を備えているのが、大企業の強みです。

他には、カーナビ、QRコードなど、新サービスが社会に実装されたケースがありますが、これらは単独の事業というより、多くのプレーヤーが利用できるようにしたという点が特徴です。単独の事業として、企業への貢献はそれほど大きなものではないかもしれません。しかしそれも、社会実装のひとつの方法だといえるでしょう。

コンビニが狙う、「場」起点のイノベーション

Suicaにとっての「駅」のように、社会実装の鍵となる存在だと注目しているのが「コンビニ」です。

大手コンビニの関連会社を見ると、ファミリーマートは伊藤忠商事グループで、ローソンは三菱商事、KDDIと資本業務提携を行っています。セブン-イレブンも三井物産と協力関係にあります。飽和状態に近いと言われているコンビニ業界に商社が連携を強める理由は、日本全国に店舗という「場」を持っているからでしょう。

新たなサービスや商品を市場に投下する際、全国何万店に、一気に行き渡らせることができるというのが、社会実装の上でとても重要なのです。

現在、経済は成熟し、先の見えない不確実性の高い時代に突入しています。大企業が新規事業を興すには、既存の市場や常識の枠の外に出る、新たな「価値創造型」の取り組みが必要になってきています。

例えば自動車業界では近年「CASE」というキーワードが使われます。

Connected(通信)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス)、Electric(電気自動車)です。これまで自動車は、ある程度形が決まっていて、ハンドルやエンジンがあって、部品をアップデートすれば新商品になっていました。自動車業界はかつての概念から脱却し、新たな価値を探す取り組みに拡張しているのです。

プロダクトの世界でも、同様の動きが見られます。かつての家電の世界では、ほんの少しアップデートしただけの新商品が、毎年のように生まれてきていました。

そんな中、Panasonicでは近年、デザイン部門と開発部門が協力して、既製品にはない新たな価値を持つプロダクトを発表しています。2023年には、新しい電気シェーバー「ラムダッシュ パームイン」をリリース。持ち手がなく、丸みを帯びたデザインが特徴的で、電気シェーバーというプロダクトの価値をゼロから再定義しようという意思が見えます。

発明とはかつて、ひとりの天才により生み出されるものでした。しかし現在、この動きは「チーム」に移ってきています。属人的なものではなく、方法論・ロジックを共有し、再現性のある取り組みにしなければいけません。Panasonicの事例は、現代の発明の好例だと言えるでしょう。

デジタルとフィジカルが混ざる。発明は次のフェーズへ

現代イノベーションのもうひとつの鍵が、デジタルとフィジカルの接続だと考えています。先ほど、コンビニの「場」の話をしましたが、社会実装のための場所をつくり、フィジカルの領域で、イノベーションの実装を試みる。そんなプラットフォーム型のアプローチが始まっています。

JR東日本は新たな「場」として、高輪ゲートウェイ駅をつくりました。駅周辺の一帯を再開発し、民間企業や行政などと共に、スマートシティサービスの実装を行う計画です(※)。この中心部にできるビルにはKDDIの本社が入り、近隣ではトヨタの新東京本社も開業予定とあり、場を使ったフィジカルなイノベーション創出・実装が期待されます。

ちなみに、デジタルの世界でイノベーションを起こしてきたGoogle(アルファベット)によるスマートシティの開発は頓挫しています。それほど、ソフトからハードへの進出は難易度が高いのです。同じくスマートシティ構想に取り組むトヨタはそれを分析しているはずですので、自身のフィジカルの強みをどう生かしていくか、注目しています。

※ 出典:「高輪ゲートウェイ駅周辺地区 スマートシティ実行計画」

2025年、眠っていた日本企業が覚醒する

2025年、日本経済は変化の時を迎えると考えています。大きな視点で見ると、国内では内閣総理大臣が代わりました。グローバルではアメリカの大統領も代わります。ビジネス環境も、確実に変わるでしょう。

日本の大企業が変わる、その兆しはもう見え始めています。日本を代表する企業のトップが、次々と若い世代にバトンタッチしているのです。トヨタの佐藤恒治氏、JR東日本の喜㔟陽一氏、伝統企業でいうと三越伊勢丹ホールディングスの細谷敏幸氏、皆50代でトップに就任しています。ひとつ前の世代と彼らは、感性も考え方も異なります。若いリーダーがどんどん出てきて、日本企業をリードしていく動きが加速すると、日本企業は大きく変わるのではないでしょうか。

現在、日本企業は海外から“Sleepy”と言われています。2025年から5年ほどの間で、眠っていた多くの日本企業が目覚め、イノベーションが起こる組織へと変革する。そんな未来を予想しています。

text & edit by Keita Okubo

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