
飛躍するスタートアップに共通することはなんだろうか? 福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」事務局長の池田貴信氏は、重要なポイントとして「人」を挙げる。 シリーズ「飛躍するスタートアップ」では、福岡に生まれ、飛躍するスタートアップのファウンダー、その「人」に迫る。 第7回は、「テクノロジーでいつどこでも必要な医療が受けられる世界をつくる」をミッションに掲げる、メドメイン株式会社代表取締役CEOの飯塚統氏。九州大学医学部在学中にメドメインを創業し、がんを瞬時に判断するAIを搭載した病理クラウドシステムである「PidPort」の開発と提供を行ってきた。 創業7年目、病理分野向けの新たなシステムの提供を発表。2024年11月から、病理分野向けのクラウド型医用画像管理システム「NOBORI」の発売をスタートした。「NOBORI」は病理画像だけでなく、CTやMRI、内視鏡などの他の検査種の画像データとの統合管理が可能である。世界に先駆ける病理AIビジネスを展開する飯塚氏のマインドセットを伺った。

飯塚統
メドメイン株式会社 代表取締役社長 CEO
1991年生まれ。東京都出身。18歳のころに腎臓病で長期入院したことをきっかけに医学の道を志す。九州大学医学部医学科に進学し、在学中にAIやWebを中心とした多くのソフトウェア開発を行う。その後ベンチャー企業でWebエンジニアとして実務を重ね、シリコンバレーで開催されたピッチコンテスト「Live Sharks Tank」で優勝を収める。2018年にメドメイン株式会社を設立。2020年にはForbesが発表した「Forbes 30 Under 30 Asia」のHealthcare & Science部門で選出される。
FukuokaGrowthNextが福岡市のスタートアップに対する新たな支援施策「High Growth Program」を始動。Fukuoka Growth Networkに加入するスタートアップのなかから、さらなる成長が見込まれるスタートアップを選抜し、定期的なコミュニケーションを通じて、必要な支援内容をカスタムして提供する選抜型プログラムだ。本シリーズではHigh Growth Program採択企業7社をフィーチャーする。
High Growth Program採択企業(2024年度)
eatas株式会社 株式会社ウェルモ AUTHENTIC JAPAN株式会社 株式会社KOALA Tech チャリチャリ株式会社 Tensor Energy株式会社 メドメイン株式会社
がんの確定診断を行う病理医不足問題をテクノロジーで解決したい
世界中で不足している病理医の診断のワークフローの改善と効率化に向けて、AIでがん細胞の有無を判断するシステム開発に取り組んでいるメドメイン。
そもそもなぜ、飯塚氏は病理分野に特化したビジネスを展開しているのだろうか?

「日本人の死因の1位はがんであり、日本のがんの診断件数は年々増加しています。しかし、がんの確定診断を行う病理医が不足しているため、多くの病院には病理医がおらず、また病理医が一人で診断を担っている病院も多く、現場の労働負荷はとても高い状況にあります。病理診断が他の病院に依頼されるケースも多いですが、がんの診断に時間がかかってしまうと、その間に患者さんのがんが進行する可能性もあります。そのため、病理分野の発展は人間の生死に関わる重要な要素なんです」
メドメインの病理AIは、これまで病理医が行ってきた、人体から採取した組織や細胞から作成されたプレパラートを顕微鏡で観察し、がん細胞の有無を判断する「病理診断」を、スピーディーかつ正確に行う支援ができるとして、医療業界から期待が寄せられている。
その期待値は数字からも見て取れるだろう。創業7カ月で1億円の資金調達を実施し、複数の病院グループやVCなどの支援により、2024年4月時点で累計20.5億円の資金調達を完了。国内外問わず医療機関からの信頼が高く、日本・インド・タイ・アメリカ・シンガポールなど100施設以上の医療機関と病理AIの共同研究を実施。
日本国内では医学部を持つ82大学のうち、23大学がメドメインに病理データの提供やAIに学習させる教師データの作成で協力し、AI開発を支援している。
病理AIの開発は、医療とエンジニアの知識が必要
近年AIの開発技術は進歩しているが、AIで画像からがん細胞を正確に見つける技術は、極めてレベルが高い技術だと飯塚氏は言う。
「患者さんの病理画像からがん細胞を正確に見つけるAIをつくるには、まず医療機関からAIに学習させる病理のプレパラートを提供していただき、それらを画像に変換した上で、専門医が病変部の正確な情報を付与した上で、ディープラーニングによって病理AIの効果的な学習を行うため、医療に対する知識とエンジニアリングに対する知識の両方が揃わないといけません。
また、メドメインで開発を行なった病理AIを病院で診断支援目的でご利用いただくために、現在日本国内での薬事申請の準備を進めています。薬事承認を取得できれば日本初のプログラム医療機器の病理AIとなり、メドメインとしてもビジネスのフェーズが大きく変わる重要な時期なので、しっかり達成したいと思っています」
メドメインが開発したAIによる病理画像解析の精度は「非常に高い」と飯塚氏。子宮頸がんや胃がん、大腸がん、肺がん、膵臓がん、乳がん、前立腺がん、皮膚がんなど、全身の主要な臓器のがんを検出でき、そのカバー率は世界一の広さだという。
「実はそもそも病理AIの開発に取り組む企業が少ないなかで、海外の企業は肺がんだけ、前立腺がんだけなど、特定の臓器のみを対象としてがんを検出するAIの開発を行なっているケースが多いです。しかし病理診断は全身の臓器が対象なので、どれだけ広い範囲をカバーできているのかは実用上とても重要なことだと思っています」
着実に成果を出し続けるメドメインに現状の課題はあるのでしょうか? と質問すると、「対処できていない大きな課題はない」と前向きだ。
「もちろんスタートアップなので事業を成長させていくうえでの課題は満載ですが、どう乗り越えていくかの目処はすべて立っている状態です。今のメドメインをロケットにたとえるのであれば、ロケットが組み上がり終わったところ。あとは盛大に打ち上げるだけというタイミングです」
しかし、すべてが順風だったわけではない。2018年の創業当時は「AI開発に協力していただける医療機関は少なかった」と振り返る。
「当然ですが、私が九州大学在学中に学生起業をして、『大きな面白いチャレンジをしている会社だな』と注目していただきましたが、『学生がスタートしたばかりの会社に本当にAIが作れるのか?』と半信半疑な部分はあったと思います。
そうした中で、当時からメドメインに大きな期待を寄せてご協力いただいた医療機関とAIの開発を行い、論文を出して着実に実績を積み上げてきたことで、『ぜひ一緒にやりましょう』とその輪が広がり、現在に繋がっていると思います。これまでメドメインでは100施設以上の医療機関と連携して病理AIの開発を行い、また開発した病理AIに関して、20本ほどの論文を発表してきました」
九州発スタートアップ。でも目指しているのは世界
隙間時間は、「グローバルに成功するためには必須だと思って」と毎日オンライン英会話でレッスンを行っているそう。仕事のためにやっていたことがいつしか趣味として楽しんでいた、ということがよくあるのだとか。
「努力を努力してると思うと疲れるので、そう思わないようにしていたら、気づいたら好きなことになっているんですよね。だから趣味もすごく多くて(笑)。また私は基本的にポジティブマインドなんです。あんまり落ち込むことがなくて、たまに落ち込んでも寝れば復活するので、ハードシングスの多いスタートアップの経営者に自分は向いてるなって思います(笑)」

メドメインのミッションは、「テクノロジーでいつどこでも必要な医療が受けられる世界をつくる」だ。飯塚氏が目指すのは、日本ではなく世界。足を止めるわけにはいかない。
「メドメインがやっていることは、とても意義があることだと思っています。九州で始まったスタートアップですが、九州や日本だけの医療課題を解決したいわけではありません。よりよい医療が提供される世界を実現させ、世界中の人々の発展に貢献したいと思っています」
【FGN事務局コメント】
学習データを集め、AIに学習させたモデルを作り、正確さを検証し、それを用いたモデルを快適に使えるUI/UXで提供すること。AIについてちょっと学べばそのプロセスはなんとなくわかるような気がしますが、ではそれを実際に実行するとなるとそれはまた別のお話。メドメインの持つ高いAI病理画像解析の技術は、データと技術の両輪を回し続けてきたことの賜物なのだなとインタビューから感じました。薬事承認という大きな山を登るメドメイン。FGNがその山に登るシェルパの一人になれるように頑張ります。
photographs by Shogo Higashino / text & edit by Yuna Nagahama