経済産業省の産学融合先導モデル拠点創出プログラム(J-NEXUS)に採択され、関西の産官学金が結集して大学発スタートアップ・エコシステムの形成を目指して活動する、関西イノベーションイニシアティブ(KSII)。 そして、「協業を科学」し、マッチングで終わらないオープンイノベーションの社会化を目指す、UNIDGE。 両者が連携し、関西エリアの大学発スタートアップに着目。この連載では、世界へ羽ばたこうとする各社の革新的な取り組みを紹介していきます。 第1回は、福岡県に本社を構えるオーシャンリペアです。立命館大学発のスタートアップである同社は、2024年2月に創業。近年深刻化している、海藻が著しく減少・消失してしまう「磯焼け」の問題を解決するため、白身魚を原料にしたドッグフードを開発、事業化しようと取り組んでいます。 代表取締役CEOの光斎翔貴さんに、なぜその解決策へ着目したのか、作りたい未来像や事業について聞きました。
光斎翔貴
オーシャンリペア株式会社 代表取締役CEO
立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構准教授。京都大学エネルギー科学研究科社会環境専攻博士課程修了。博士(エネルギー科学)。立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構助教を経て、2022年より現職。専門分野は、エネルギーセキュリティー、循環経済、ライフサイクルアセスメント、産業エコロジー。炭素制約下における資源の利用・管理に関わる研究に従事。2024年よりオーシャンリペア株式会社代表取締役を兼任。
「磯焼け」を食い止めるため、白身魚が原料のドッグフードを開発
──取り組んでいる事業について教えてください。
現在、日本の海では海藻が生育する「藻場」がなくなり、海藻が消失してしまう現象、いわゆる「磯焼け」が急速に進行しています。
藻場は、温室効果ガスのなかでも大きな割合を占めるCO2を吸収する場である一方、「海のゆりかご」とも呼ばれるように魚類をはじめとした海洋生物が生まれ育つ場所でもあります。生物多様性の保全にも大きく貢献しています。
藻場が消失する理由としては、地球温暖化によって海水温が上昇し、藻が育つことができずに枯れてしまう。本来は南方に多く生息していた草食系の魚が北上し、藻をどんどん食べてしまう、といったものがあります。特に後者の魚類は九州を中心に広く生息しており本州の近海でも増えているのですが、日本ではこれらの魚を食べる習慣があまりありません。
そのため、漁業者にそもそも獲るメリットがなく、たとえ定置網にトン単位で掛かっても、お金にならないということで廃棄もしくは放流してしまいます。結果、藻に被害を与える魚は増え続け、藻の消失が止まらないのが現状です。そういった魚を食用に加工するチャレンジをしている業者もいらっしゃいますが、対象地が非常に限定的であり、波及的成果は限られています。
片や、自治体によっては補助金を出して魚を駆除している例もあります。この場合、獲ってきた魚は産業廃棄物として焼却廃棄されるのですが、廃棄焼却でのCO2排出は避けられず、また倫理的な観点で議論になっています。
こういった過去から、なにか別のアプローチで獲った魚を活用して藻場の消失を食い止められないかと考えていたところ、私たちはドッグフードに着目しました。
犬のアレルギー性皮膚炎の症例が近年増えているのですが、その主な原因は、鶏肉や牛肉を原料にしたドッグフードを食べていることにもあるといわれます。一方、最近の論文などでは、白身魚が低アレルゲンであると多く報告されています。ただ流通しているペットフードに白身魚由来のものが少なく、かつ国産となると数が限られるという状況でした。
そこで、藻場を守るために収穫した白身魚をドッグフードにすることで、犬の健康を守ることと魚を獲ることによるマネタイズの両方が叶うのでは、と考えました。オーシャンリペアでは、食用になりにくいため商品価値が低いものの高たんぱく・低脂質で栄養価の高いイスズミやアイゴといった未・低利用魚を「国産の白身魚」として捉え、原料にしたドッグフードを開発しています。その先には、冒頭でお話した磯焼けの問題を解決しようと取り組んでいます。
目指すのは「環境保全の貢献度」を評価する方法の確立
──光斎さんは大学教員とのことですが、オーシャンリペアを創業したきっかけを教えてください。
普段は立命館グローバル・イノベーション研究機構で「ライフサイクルアセスメント」を専門としています。生産された工業製品やサービスの材料の調達から製造、その廃棄に至るまでのライフサイクルのなかで生まれる環境負荷を定量的に評価することの研究です。
過去にはエネルギーや金属系の材料を研究対象にしていたのですが、2年ほど前に准教授になったタイミングで、資源の対象を食の領域にも広げたいと考えました。その同じ頃に、福岡に住みながら前職に勤めていた現取締役副社長CSOの戸田耕介が、仕事の関わりで地元の漁業関連業者の方々から「磯焼けの問題でイスズミやアイゴの扱いに困っている」と聞いたんです。「一緒に何かできないか」と私に相談をくれたのが始まりですね。
しかし、私自身は藻場や海の環境の専門家ではなく、立ち上げた研究プロジェクトには専門家にも加わっていただきました。私の役割は「海の環境を荒らしてしまう魚をこのように活用すれば、CO2排出量はトータルでこれだけ減らせますよ」という成果を定量的に見せることだと考えています。
いわゆる大学発スタートアップは、研究するなかで新材料や画期的な研究成果が生まれ、それをもとに事業化するケースが多いと思います。一方で私たちの場合、「藻食性の未・低利用魚を獲ることで藻場がこれだけ回復する」という実証研究は、これから取り組まれていく話なのです。
事業の立ち上げもさることながら、その事業によって環境保全にどれだけ貢献したかという評価方法の確立も含めて、自らの専門性も生かしながら統合的に実現していきたいと考えています。
犬の健康に徹底的な配慮、開発に1年半を費やす
──ドッグフードの開発はまったくの専門外だったと思いますが、どのようにして進めていったのでしょうか。
ペットフード製造のノウハウは当然もっていないので、まずは「オール九州」で問題に取り組めればと思い、九州を拠点にする製造業者やOEMの受託企業からパートナーになってもらえる会社を探していきました。そのなかで1社、「ぜひやりたい」とOEMを引き受けてくれるパートナーと出会えたんです。
ドッグフードは、大きく「一般食」と「総合栄養食」に分かれます。私たちは、犬の健康を守ることを目的にしていたので、総合栄養食として基準が満たされるように栄養価などをふまえ、原料を配合しながら試作を進めました。1年半ほどの期間を経て完成させたレシピは、ノンオイルコーティング、小麦グルテンフリー、香料・合成酸化剤無添加と、犬の健康を第一に考えた仕様になっています。
実際に1カ月間、私たちのドッグフードを食べてもらったモニター犬のなかには、もともと皮膚性の疾患を抱えていたところ、2週間ほどで体質が改善され、疾患がなくなった事例も生まれています。
今後は2024年8月に生産を開始、9月からの販売を予定しています。原料となる魚を獲ってもらう漁業関係者の方々の収入を増やすことも目的にしているため、一般的に流通しているドッグフードよりも高価な「プレミアム価格帯」に設定し、その商品群でも中程度の価格を検討中です。まずは私たちの理念に共感してもらえる方々に、ECを通じて販売していく予定です。
また、同じく取り組みに共感いただいているペットフードの卸売業者の方もいらっしゃるので、そちらを経由してドッグフードをペットサロンにも卸す計画が進んでいます。飼い主の方に使っていただきながら、口コミが広がっていくことも期待しています。
──原料となる魚を獲るための体制は、現在どのようになっているのでしょうか。
現在、主にドッグフード用の魚を獲っているのは、長崎県の五島列島の近海です。原料の安定供給のために魚の収穫量を担保する必要があるのですが、イスズミやアイゴはひとつの島のまわりだけで、年間数百トンもの水揚げ量があることがわかっています。これは九州の各地で似たような状況で、5〜6ほどの自治体の方から、「ドッグフードの原料用に我々の地域の海でも魚を獲ってもらえないか」とお声がけをいただいています。
魚の収穫はエリアによって、行政と民間業者の両方と協力しているケース、行政の方に窓口になってもらい現地の魚業者さんに魚を獲ってもらうケース、卸売業者を経由して各地の漁師さんに獲ってもらうケースという、3つのパターンがあります。取り組みを進めながら、どのパターンが地元の漁師や卸売業者、加工会社へ上手くお金を還元できるのかを試行錯誤していければと考えています。
将来は欧米でのドッグフード販売も視野
──今後の事業の展望や、目指しているところを教えてください。
まずはこの活動による環境への影響、ポジティブな面を明確に実証したいと思っています。魚を獲ることで、どれだけ藻場が回復するのか、どれくらい生物多様性の保護に繋がり、また漁師の所得向上を通じてどの程度漁業の復興に貢献できるのか。その確証を得られれば、ほかのエリアに対しても対策の効果を示していくことができます。
例えば現在、補助金を使って魚を獲っている自治体に対してエビデンスをもって有効性を示せますし、もしかしたら国が大きな予算で藻場の回復に向けた対策を講じようという動きが生まれるかもしれません。
事業面では、私たちのつくるドッグフードは、欧米の環境意識やアニマルウェルフェア(家畜の幸福度に配慮すること)といった考え方との親和性が高いと考えています。海外にすでに進出している企業と連携しながら、ドッグフードの販路を海外に広げていきたいですね。
環境保全と地域課題の解決の両立を目指す、新しい経済循環モデルを構築できるよう、励んでいきたいと思います。
オーシャンリペア株式会社
text by Tomoro Kato / photographs by Takuya Sogawa / edit by Kento Hasegawa