お菓子の可能性はこんなもんじゃない。価値を最大化し、売れるビジネスを

Ambitions編集部

ハイチュウやミルクキャラメルなどなじみ深いお菓子を、オリジナルのパッケージで作れたら……。そんな願いを「おかしプリント」という新規事業で実現したのが、森永製菓の渡辺啓太氏だ。事業の立ち上げから拡大までを一手に担い、開始から数年で億単位の売上をあげる事業に育て上げている。渡辺氏の熱意の源は、お菓子が持つ可能性を信じ抜く、純粋な思いにあった。

渡辺啓太

森永製菓株式会社

2009年に森永製菓へ入社。名古屋支店の営業として経験を積んだのち、2012年に本社関連事業部イノベーショングループへ異動。アンテナショップ「おかしなおかし屋さん」の運営や商品開発を担当し、その経験をもとに2016年には新領域創造事業部にて「おかしプリント」を立ち上げる。2021年からはダイレクトマーケティング事業部事業推進グループにて「おかしプリント」事業の拡大や、タイ市場でのコラーゲンドリンク販売を担当。現在はコーポレートコミュニケーション部 広報グループに所属。

お菓子は人を幸せにする。その可能性を信じて

お菓子は、人を幸せにするプロダクトだと思っています。お菓子がそこにあると、空気が和みますよね。こうした価値を持っているのは、お菓子だけです。私が森永製菓に入社したのも、お菓子の魅力がきっかけでした。

そもそも、大学時代は学校で経済を学び、マーケティングのサークル活動に没頭。自分でビジネスアイデアを考えて、コンテストで決勝に進んでいたような学生だったんです。でもいざ就職活動を始めてみると、起業したり、ベンチャー企業に就職したりするような覚悟を持てない自分に気づきました。

自分の努力が事業に、そして生活に直結する起業よりも、まずは大きな組織でビジネスを実践したいと考え、菓子メーカーに限らず、大企業を中心とした様々な企業に応募しました。私の就職活動は「迷える子羊」状態だったんです。

そんな中で、森永製菓には特別な思いを抱いていました。文系出身の私は、入社後は総合職として営業の仕事をするのだろうと考えていました。どうせ商品やサービスを売るなら、自分が魅力を感じているものがいい。そう考えたとき、なじみ深く、食べると幸せな気持ちになるお菓子は、商材としてとても魅力的でした。その思いが通じたのか森永製菓に内定をもらい、入社を決めたのです。

厳しい現実、それでもお菓子の可能性を信じたい

森永製菓に入社し、名古屋支店の営業部門に配属されました。自分が好きなお菓子を売る営業。楽しい仕事を想像していましたが、現実はそう甘くありませんでした。

需要に供給が追いつかず品切れを起こしてしまうと、取引先のバイヤーに怒られることも。小売業の人も、お店に来るお客様のニーズに応えなければいけない、という切実な思いを持っているからです。営業の仕事は想像より厳しいものでしたが、今振り返ると社会人としての立ち居振る舞いや、商品の基礎知識はこのときに学んだと感じています。

営業の仕事を続けているうちに、もっと商品の魅力を世の中に伝える仕事がしたい、という思いが強くなっていきました。もちろん、営業も商品の魅力を伝える仕事。でも、営業で扱うのはひとつ数百円のお菓子が中心です。お菓子が持っている本質的な価値は数百円だけなのだろうか。お菓子の価値を最大化して、もっと高く売ることができるんじゃないだろうかと考えました。

そんなとき、社内で新規事業のアイデアを募るコンテストが開催されたのです。私も森永製菓のブランド力を活かしたビジネスプランを考え、応募しました。順位をつけ、実際に事業化することを目的としたコンテストではなかったのですが、これをきっかけに本社の関連事業部へ異動になったのです。

店舗運営と企画で学んだ、事業のつくり方

関連事業部は、新しいビジネスモデルや商品を開発して、新規事業に取り組む部署でした。私が異動したのは2012年でしたが、当時すでに立ち上がっていた「おかしなおかし屋さん」というアンテナショップ事業を引き継いで担当することになりました。

アンテナショップは、東京・お台場にある直営店舗と、商品を卸すだけで販売は小売のプロが担う卸店舗のふたつの形態がありました。消費者から見たら同じ店舗でも、関わる人も、PL(損益計算書)の内容も全然違うんですよね。いろいろな事業構造があること、そして利益を生む仕組み作りが大事なのだと学びました。

このとき学んだことはもうひとつあります。それは、シーンが変われば値段が変わる、ということでした。コンビニやスーパーで買うお菓子と、旅行先のアンテナショップで買うお菓子では、お客様が感じる価値が変わってきますよね。後者は思い出のひとつとして価値が高まります。シーンが変わり、お客様が感じる価値が変われば、値段が変わる。これもアンテナショップの経験から得た大きな学びになりました。

2014年からの1年間は、私ひとりで店舗運営と商品開発を担当していました。すでにあった3つの店舗を運営しながら、沖縄に新しい店舗を出店。開店準備をして、店舗がオープンしたところで、新領域創造事業部に異動になりました。

ビジネスアイデアを実現へ。目指すはお菓子の価値最大化

2015年に異動した新領域創造事業部は、ゼロから新しい事業を立ち上げるために作られた部署。社長直轄で、設立して1年ほどの新しいチームでした。当時、私が異動してから2カ月くらいで退職した同僚がいたんです。退職する直前に、法人向けにお菓子を売るビジネスプランを発表していました。アンテナショップを担当していたとき、オリジナルのお菓子に対する法人のお客様からのニーズを感じていたこともあり、この企画を実現したいと思ったのです。

アンテナショップのお菓子のように、法人独自のパッケージをあしらうことで、お菓子の価値を高める可能性を感じました。しかし、そのビジネスプランを発表した同僚は退職してしまいます。これは私が実現させるしかない、いや実現させたい。そう思って事業化の検討を始めました。

しかし、これまでに私が経験していたのは営業とアンテナショップの運営だけ。Eコマースの知識もなければ、新しいサービスの認知を拡大させた経験もありません。勉強し、悩んだ結果たどり着いた結論は、法人向けのサービスをあえて個人向けに始める、というものでした。

オリジナルパッケージのお菓子は、個人で需要があることをアンテナショップ時代に感じていた上に、売上が立つかわからない新規事業で派手に広告を打つリスクもありました。初めは個人向けにスタートさせることで、個人の発信で認知が広がるかもしれないと考えたんです。

そして2016年、オリジナルパッケージのお菓子販売「おかしプリント」事業をスタート。個人向けに始めたことは、結果として大成功でした。広告費をほとんどかけなくてもメディアに取り上げてもらうなどして認知拡大し、すぐに月の売上が100万円を超えるほどに成長しました。

おかしプリント(オリジナルデザイン)のお菓子のイメージ
おかしプリント(オリジナルデザイン)のお菓子のイメージ

硬い空気を柔らかく。お菓子の可能性は無限大

個人向けのおかしプリント事業が軌道に乗ったタイミングで、注文数が多く、本来のアイデアでもあった法人向けの事業に切り替えました。

そのとき、これまでずっと大切に思っていた「お菓子の価値」について、チームで改めて検討しました。法人向けのおかしプリント事業は、企業のノベルティとして使われるケースがほとんどです。ファイルやうちわなどが競争相手になります。他のプロダクトと比べて、お菓子ならではの強みとは何だろう。議論した結果、「硬い空気を柔らかくできること」ではないかという結論に至りました。

ビジネスの現場は、硬い空気が流れることが多くあります。しかし、会議室の机の上にオリジナルのお菓子が置いてあったら少し和やかな気持ちになりますよね。それをきっかけに、会話が生まれることもあるかもしれません。そんな役割を果たせることが、お菓子ならではの強みになると考えています。

コロナ禍で厳しい時期もありましたが、なんとか売上も回復し、おかしプリント事業は拡大フェーズに入っています。これまでを振り返ると、社内外の様々なメンバーに助けてもらいながら、事業を育ててきました。今は、おかげさまで事業が安定してきていると感じています。

今振り返ると、森永製菓だから今の私があると思います。これまで培ってきた経験から、「起業」という手段でなくても、社会や顧客に幸せを提供できるという実感を持つことができました。森永製菓の一員として挑戦できる環境にいるからこそ、120年続く会社のブランドを背負って、全力投球で新規事業に向き合えると日々感じています。

そして森永製菓にはお菓子以外にも、ゼリー飲料やドリンクなど、人の気持ちを和らげ、幸せにできるプロダクトがたくさんあります。これからは、森永製菓のあらゆるプロダクトを通して、個人だけでなく法人のお客様を幸せにし、価値を感じてもらえる事業展開をしていきたいと考えています。

Q. 大企業で見つけた「夢」は?

A. おかしプリント事業を通して、法人のお客様と仕事をする機会が増えました。個人のお客様にお菓子の魅力を伝える機会はありますが、法人のお客様にも、もっとお菓子の価値を感じてもらいたい。これが現時点での私の夢です。

(2023年1月20日発売の『Ambitions Vol.02』より転載)

text by Mao Takamura / photographs by Yota Akamatsu / edit by Miho Matsuura

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