海外はミニマムなお供で。コロナ禍で生活と価値観、感性をリセット

Ambitions編集部

ビジネスやクリエイティブの世界で活躍するトップランナーたち。国内外を飛び回る彼ら彼女らの哲学やこだわりは、移動中や旅先においても発揮されている。では、観光産業の回復をはじめ、これまで以上に「旅」が日常に戻るとされるなか、トップランナーたちはどんな「旅のお供」と各地を飛び回っているのだろうか。移動を楽しむため、時短のため、そして、自分らしくあるため……。特集「わたしが前に進むために。トップランナーに聞く『旅のお供』」では、各自の「お供」に込められた思いを通じて、“前に進む”ヒントを考える。 その気になれば「なんでも揃う」この時代。なにを、どれだけ持って旅に出るかは悩ましいテーマだが、カメラマンの竹沢うるまさんは最小限の「お供」と世界を巡ってきたという。日常と非日常を行き来するなかで、自身が大切にしているもの、そして変わったものとは。

竹沢うるま

写真家

出版社の専属カメラマンを経て、2004年独立。1021日で103カ国を巡る旅を敢行し、写真簗『Walkabout』(小学館)と旅行記『The Songlines』(小学館)を発表。2014年に第3回日経ナショナルジオグラフィック写真賞グランプリを受賞。2021年にはアイスランドの大地を捉えた最新作『BOUNDARY|境界』(青幻舎)を発表した。

カメラ Canon「EOS R5」

長年のキヤノンユーザーで、大小様々な機材を使ってきたが、今のメイン機はこれ。高感度・低ノイズで高い解像性能を持つフルサイズミラーレスー眼で、軽量なため旅に持っていくのにかさばらず、機動力がある点がお気に入り。

本 Paperbacks

どんなジャンルでもいいというわけではなく、大江健三郎や池澤夏樹などの文学作品を必ず持っていく。旅先で心が穏やかになっている瞬間に読むと、登場人物の気持ちや作品内の情景を普段より深く感じ取ることができるため。

竹沢:1年の大半を海外で撮影する僕にとって、コロナ前までは旅こそが「日常」であり、日本での生活が「非日常」でした。貧しくて危険な国や地域も巡ったからこそ、日本に戻るたびにモノの多さに違和感を覚える。だから、旅を重ねるごとにカメラ以外の「お供」は少なくなっていくんですね。

カメラの他には、本さえあれば十分。旅先では普段よりも気持ちをさらけ出すから、そこで読む本は心により深く刺さるんです。以前、 アフリカ滞在中に体調を崩して旅する気力も失いかけた時に読んだのが、詩人 ・ 茨木のり子さんの詩集です。「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」という一節が頭の中に飛び込んできてからは、辛いことを環境や他人のせいにしないよう肝に銘じています。

そんな僕の「日常」も、コロナ禍で皆さんと同じ「非日常」に。海外撮影はすべてキャンセル。当時南太平洋に住んでいた妻と娘に会うことも断念しました。「撮影」と「家族との生活」を一度に失いかけたことで、世の中がどんなに変化してもこの2つだけは守らなければならない、と決めました。

一方で、自分の撮影スタイルや価値観はきれいさっぱり「白紙」にしましたね。そのおかげなのか、2021年6月にトルコのイスタンブール空港を訪れた際、地平線から差した朝日を見て、久々に心が震えました。見慣れた光景のはずなのに“感動する基準”もリセットされたのかなと。一度訪れた場所を、若い頃のような新鮮な気持ちで見られるのは幸せなことで、これからの旅が楽しみですね。

(2023年1月20日発売の『Ambitions Vol.02』より転載)

text by Reo Ikeda / edit by Tatsuto Muro

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