イノベーター・高島宗一郎の内なる風景。問いを内包し、変化を味方につける思索と実践

林亜季

福岡アジア美術館でアートと対峙し、思索する福岡市長・高島宗一郎氏。 自らの心のあり方、保ち方と、人間らしさを突き詰め、問いを抱きしめる都市のあり方を、静かに言葉にしていく。思考を開き、葛藤を抱えながら、政治、経済、都市、社会といった枠を超えて、“ひとりの人間”としての使命と向き合うイノベーターのまなざしに迫る。

高島宗一郎

福岡市長

1997年、KBC九州朝日放送に入社。福岡の朝の顔として番組キャスターを務める。2010年12月に福岡市長就任。2014年、2018年、2022年の選挙でいずれも史上最多得票を獲得し再選、現在4期目。都市経営の基本戦略「都市の成長と生活の質の向上の好循環の創出」に沿ったさまざまな施策を展開。特に創業支援に注力し、規制改革等による新しい価値を生み出す環境づくりに取り組む。

アートに触れ、都市に「問い」を育む。立場を超えた使命感、場づくりの極意、未来への展望

美術館にはよく足を運びます。ここ(撮影場所となった福岡アジア美術館)のコレクションでは、中国の現代美術家、ファン・リジュンの作品がとても好きですね。市内にある福岡市美術館の所蔵品では、ナイジェリア系英国人アーティスト、インカ・ショニバレCBEの「桜を放つ女性」が好きという方が多いですよね。私もです。

メッセージ性の強い現代アートに惹かれます。アーティスト自身が「どうしても創らざるを得ない」といった感情に突き動かされて表現した作品に魅力を感じますね。アーティストが何を思ってこの作品を創ったのか、どういった感情や経験が込められているのか。それを想像するのがすごく好きなんです。可視化された絵画や造形といった表現の奥にある、アーティストの「本体」に触れる感覚ですね。国や歴史といった大きな枠組みの中で、アーティストたちが自分なりのやり方で、しなやかに声を上げていくような。

福岡市では今、天神ビッグバンや博多コネクティッドによって、100年に一度の都市のアップデートが進んでいます。

一方で、最先端のビルばかりの無機質で直線的な街にならないよう、有機的な花や緑、そして曲線的なアートを街にインストールする、そんな取り組みを進めています。アートについては、2022年に「Fukuoka Art Next(フクオカアートネクスト)」のプロジェクトをスタートしました。街中で様々なアートイベントや作品展示を行う「FaN Week(ファンウィーク)」を開催したり、アーティストの交流拠点であり、創作活動も行える「Artist Café Fukuoka」を開設したりするなど、市民がアートに触れる機会を増やし、アーティストの活動を支援する取り組みを進めています。

アートを通じて、福岡の街の中に「問い」を受け止められる場所をたくさんつくっていきたい。それぞれのアーティストが何を表現しようとしていて、見る人がどうインスパイアされていくのか。そういう仕掛けを福岡の街の中にちりばめていきたいんです。

アートを通じて、自分自身の変化を味わう

私がアートに関心を持ったのは、一枚の絵を買ったことがきっかけです。絵を買うのは、すごく大きな体験なんです。ホテルや会社の廊下に飾ってある絵をチラッと見るのとは、まったく違う。初めて作品を買うというのは大きなハードルがあるものですが、それを超えると、もう全然違う世界が広がっていくんですよ。

資産形成や投資目的ではなく、私は自分が本当に「いいな」と思った作品を購入しています。学生や若手作家の作品も購入しますが、そういった作品って、まだ完成されてないかもしれない。「これからこの人の表現がどう変わるんだろう」と思いながら作品を持つのが楽しいんですよね。

作家の名前を見ずに作品を選ぶことも多いです。アートフェアなどに行くと、作家さんとお会いして直接話せることもあるので、それも楽しいですよね。

自宅では見ていて気分がよくなる作品やリラックスできる作品を、いつも目に入るところに飾っています。逆に苦悩を表現しているような作品は、意識的に「見よう」と思ったタイミングでじっくり鑑賞できる場所に置くようにしています。

面白いのは、自分が一番好きな作品が頻繁に変わることです。同じ一枚の絵でも、鑑賞する時の自分の置かれた状況によって見方が変わるんです。たとえば女性がちょっと憂いを帯びた表情に見えた絵が、ある時には私のことを心配しているように見えるなど、タイミングによってまったく違うふうに見える。それって、絵ではなく私自身が変わってるんですよね。そういう味わい方があるんです。

解像度を「下げて」発信する理由

アートは、人に何かを伝えるためというより、アーティスト自身が精緻に考えたり噛みしめたりするために表現されたもの、それが高い解像度のまま送り出されたものだと思います。

言語化をあえてせず、そのままアートとして差し出す。見る側に解釈を委ねる。そこに「問い」が生まれる。「怒り」なのか「矛盾」なのか「悔しさ」なのか「愛」なのか。そういった、人間の中にある分かちがたいもの、白か黒かでは分けきれない、正義と悪の間にあるもの……。そうしたことを考えるきっかけになるのが、アートなんじゃないかなと思うんです。

一方で、私が市長として重視する発信力、いわゆる行政情報を送り出すときには、あえて解像度を下げています。物事をある程度シンプルに、粗くしないと伝わらない。あらゆる場合分けをして精緻化しようとすると、発信力って弱まるんですよ。ある程度解像度を下げたほうが、伝わりやすいし、誤解も生まれにくいと強く感じるようになりました。

ちょっと抽象的な話になりましたが、解像度の高い思考の時間があったうえで、発信する時にはあえて解像度を下げてわかりやすく伝える。普段、私自身はその両方の作業をやっています。

「高島家の水炊き」とジャズ

自宅にお客さんが来たときは、私はいつも水炊きをふるまうことにしているんですよ。東京をはじめ各地からいろんな知人が来てくれて、家でおもてなしをするんです。うちは基本的に鍋をお客さんに触らせないルールでやっていて。すべて私が調理するんです。野菜も全部私が入れて、鍋の世話もして、食べてもらう。恐縮される方もいるんですけどね。で、やはりそこには日本酒やワインなど、いろんなお酒を合わせて。

そこにうっすらジャズをかけておくと、会話がすごく盛り上がるんですよ。いろんな音楽がある中で、ジャズは邪魔をしないんです。水炊きとジャズ。この組み合わせがある空間では、いろんな話ができる。リラックスした雰囲気の中で、思いがけないアイデアやコラボレーションが生まれることもあります。

そういう意味では「高島家の水炊き」は、ただの料理じゃなくて、一つの“場”なんですよね。いろんな人とつながるための空間であり、おもてなしの場でもあるし、信頼を深めるための場でもある。そこに音楽が流れていて、美味しい料理があって、いいお酒があると、人は自然に心を開いてくれる。会議室で打ち合わせをする以上に深い話ができる。やはり「食」はすごく大事な要素だと思います。

福岡はほんとに人が集まりやすく、つながりやすい街ですね。「食でつながる」文化が根付いてる街だと思うんです。外食文化もすごく豊かだし、屋台も含めて、食を通じて自然と人が会話できる場所があちこちにある。何が好きかと聞かれると……いや、美味しいものが多すぎて、選べないですよ、正直。

1日をちゃんと生きる。平常心を保つ。自分と向き合うルーティン

座右の銘は「一日一生」。1日の時間の使い方が、そのまま1年になっていく。365日過ごせば1年になるわけで、つまり、今日は1日の積み重ねでしかないんですよね。

年間で「この時期はこういう時期だ」という話ではなくて、1日のうちで寝る時間にどれだけ使って、食べる時間にどれだけ使って……それが、人生すべての時間の使い方につながっている。だから、1日のうちにやり切ること。1日をちゃんと生きることがすごく大事だと思っているんです。

普段、さまざまなことを判断する仕事をしているので、常に平常心でいることを心がけています。疲れ果てていたり、体を壊していたりすると平常心が保てない。感情が揺れていても同様で、怒ったり、喜びすぎたりすると、冷静な判断ができなくなります。

オフの時間では、自分に足りていないものを補うようにしています。睡眠が足りていないなら寝るし、呼吸するという感覚に近いかな。自然と「したいな」と思ったことをする。たぶんその瞬間、自分に必要なことなのだろうから。予定をあらかじめ決めすぎないようにもしています。

思い立って神社に行くことも多いですね。すがすがしい気持ちになり、もう一人の自分と会話するような感覚があるんです。自宅でも神棚のお水を替えるのは毎朝のルーティンですね。習慣であり、自分と向き合う時間です。

挑戦する道を選ぶ思考と、背中を押す存在

自分との向き合い方として、自分自身の物語や伝記を想定し、それを読者として読み進めていくとすると、「この次にどんな展開をする物語を私は読みたいか」と考えるんです。読者としての自分は、登場人物である自分に対して、次にどういうふうに進んだら物語が面白くなるか、読者としてこの主人公を好きになれるかを考えるんですよね。

ある目線では、リアルな人間として、生きていく中での困難をできるだけ避けたい自分がいる。もう一つの目線では、この命とこの身体をいかに使い切ってこの世に何を残すかという目線で見ている自分がいる。そのせめぎ合いが常にあるんですよね。

たとえば「リスクを取ってチャレンジする」ということは、まさに回避したいものと向き合うことでもあるわけです。自分との対話を通じて「大変だし、リスクもあるけど、チャレンジするべきだよね」と問いかける。

私にとってとても大きな存在なのが、アントニオ猪木さんと、安倍晋三元総理。おふたりとも生前、本当にお世話になりました。奇しくも同じ2022年に亡くなられましたが、おふたりと交わした言葉の一つひとつが心に残っているんです。

何か決断をしなきゃいけない時に、「猪木さんだったら、安倍さんだったらなんて言うかな」と思うと、本当に耳元でおふたりの声が聞こえてくるような感じがして、背中を押してくれるんですよね。

社会は柔らかく変化し、挑戦をエンパワーメントする

いま、すごく感じるのは、社会が柔らかくなってきているということ。政治やマスメディアなど、これまで「権威」とか「権力」と思われていた岩盤のようなものが、民間や個人、 SNSの力などで大きく変わろうとしているように感じるんです。

行政と民間の関係性についても、その境界が溶けてきている。これまで主に行政が担うものだと思われていた「社会課題の解決」っていう領域に、民間が、ビジネスの形で入ってきている。あらゆるものが民主化されて、チャレンジをエンパワーメントしている。

お金のあり方自体も変わってきています。ブロックチェーンの技術などで中央集権的な構造が崩れて、国家を介さずにいろんなことができるようになってきている。いま「世界の秩序」とされているものも、実はそんなに昔から決まっていたわけじゃない。さらなる技術革新とともに、これから大きく変わっていくんじゃないかと感じています。

そして、そのあとに何が来るのか。これからどういう社会がつくられていくのか。変化を想像しながら、市政運営はもちろんのこと、自分自身としてもどこを目指していくのか、どうあるべきかを考えたい。未来をどう想像、創造するか。そこにいちばん興味がありますね。

地方がそれぞれの光を放ち、日本を再成長へ導くために

日本が成長できてない理由──高度経済成長を実現した国が、なぜここまで停滞しているのか。戦後に作られたあらゆる仕組み、その基本設計のアウトライン自体が、もう合わなくなって、限界が来ているんです。これまでのやり方では無理がある。

そこをどう変えていくかが日本の未来を決めることになるし、次世代にどんな国を引き継ぐのかが現役世代に課せられている大きなテーマです。

国家レベルで大きく変えていくのも一つの方法ですが、あえて中央集権じゃない形でボトムアップ的に、地域から面白くしていくという方法もある。

制度や仕組みも大事ですが、最終的には人の熱量、動機、信頼関係、そういったもので街は動いていく。最近ではテクノロジーがそれを後押ししてくれている。必要なのは、やる気のあるプレーヤー。どう見つけて、どうつないでいくか。

地域って、一つの正解があるわけじゃない。それぞれの地域にとっての正解があるはずで、その方法論も人の組み合わせも、地域の課題や資源によって全然違ってくる。「こういうやり方もある」という事例をたくさん見せられるような動きができたらいい。

若手首長たちとも勉強会をしています。いま、自治体って本当に大変です。人口は減り、職員の数も減り、財源も厳しい。だけど、そういう状況だからこそ、これまでとは違うやり方を見つけていくしかないし、それが次の日本の希望になるんじゃないかと考えています。

地域が自律的に元気になっていけば、結果として日本全体が次のステージに進めるかもしれない。いまって、そういう“きっかけ”を探しているタイミング。私はその動きの中で、地方がもう一度光を放つ、そんな日本にしていきたいんです。

アートを通じて、問いを内包した都市へ

都市の力って、いろんな人が来て、つながって、そこから何かが生まれるところにあると思っているんです。そういう意味で福岡はすごくポテンシャルが高い。

それって放っておいてできることではない。常に動き続けて、風通しをよくして、いろんな人と交わっていく。都市も、人も、組織も、そういう柔らかさが必要だと思うんです。どこか硬直化してしまった瞬間に、もう新しいものは生まれなくなる。意識的に柔らかくあろうとすることが、いまの時代、すごく大事なんじゃないかなって。

AIやテクノロジーがどんどん進んでいる時代になり、人間がやってきた「考えること」「作業すること」が、少しずつ代替されていく中で、じゃあ、人間らしさって何なのか。やはり「感情」なんですよね。嫉妬、悔しさ、愛情、大好きな気持ち。人間にしかない感情というものが、むしろこれからの時代、より価値を持つんじゃないかと思っているんです。

アートは、そういう「むき出しの人間」を表現するもの。矛盾していて、答えが出ない、でも何かを伝えたい、感じたい、そういう複雑かつ純粋な気持ちを形にしたもの。それを見て、触れて、考えて、自分の中に新しい視点が生まれる。

私自身、学校教育の段階では、手先の器用さこそが美術だと思ってたんですよね。アーティスト本人がどこに疑問を持って、何に感情を突き動かされて創作に向かわせるのかといったことのほうが実は大事だということは、私も年齢を重ねてから知ったことなんです。アートの楽しみ方や味わい方をちゃんと知らなかったなと。

だからこそ、そういうきっかけを街にたくさんつくっていきたい。アーティストの表現から人がどうインスパイアされて、どう受け止めて、自分の中で何を思うのか。たとえば、「平和」という概念はアートと親和性が高いと思っていて。誰にとって何が平和なのか、人によって全然違う。アートは、そういった「問い」を投げかけてくれるんです。AIでは簡単に答えが出ない、「問い」と対話のきっかけを、街のあちこちにちりばめたい。 難しいことである必要はない。アートに詳しくなくても、マニアじゃなくても、「なんか、いいな」って思える。そういう瞬間って誰にでもあると思うし、そういう体験ができる街って、やっぱり面白いんですよ。いまの福岡は、そういうことをやる準備が整ってきた。

これからは、“問いを内包した都市”としての在り方を、しっかり育てていきたいんです。ビジネスが成長していくだけじゃなくて、暮らす人の感受性や、思考、対話の力も一緒に育っていくような、そんな都市にしていきたい。これからの福岡にとって、すごく大切なことだと思っています。

interview by Keita Okubo / text & edit by Aki Hayashi / photographs by Shogo Higashino

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