
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
「森本さん、あなたには失望しました。このチームでのあなたの役割は、もうありません。」
人気のないオフィスの一角。飯島は静かな声で、しかし鋭い視線を森本に突き刺しながらそう告げた。周囲の視線は気にせず、彼女は森本を精神的に追い詰めていた。
「え?」
森本の頭の中は真っ白になった。予想だにしなかった言葉に、彼女は状況を理解するのに時間を要した。
「残念だけど、これが現実よ。あなたは、私の期待に応えられなかった。他のメンバーはあなたよりずっと優秀で役に立つの。だから、もうあなたはこのチームには必要ないわ。」
飯島は、冷酷なまでに淡々と森本の存在価値を否定した。
「で、でも、私は…」
森本は、何かを言おうとした。しかし、飯島は彼女の言葉を遮った。

「異動願いは、もう提出しておいたわ。新しい配属先は、ええっと、確か資料管理室だったかしら。あなたにはあの仕事がちょうどいいんじゃないかしら。」
資料管理室。そこは、社内でも閑職として知られる部署だった。古びた書類の山に埋もれ、誰からも注目されることのない忘れられたような場所。
「し、資料管理室だけは、ちょっと…」
森本は、震える声でそう言った。しかし、飯島は彼女の言葉に耳を貸さなかった。
「心配しないで。あなたにはそれがお似合いよ。それに、もしあなたが異動を拒否すれば、どうなるか。わかるわよね?」
飯島は、そう言いながら森本に意味深な笑みを向けた。その笑顔は、森本にとって脅威以外の何物でもなかった。
(異動を拒否したら、どうなるの? 会社を、クビに…?)
森本の心は、恐怖で凍りついた。彼女は、飯島の言葉の裏に隠された真の意図を理解した。
(私はもう、この会社には、いられない…)
森本は、絶望的な気持ちになった。彼女は、飯島という巨大な権力の前では無力な存在でしかなかった。
(増井さん、ごめんなさい…)
森本は、心の中で増井に謝った。彼女は、彼を助けようとしたばかりにすべてを失ってしまった。仕事も、信頼も、そして増井への想いも。
森本はその夜、一人アパートの部屋で退職届を書いた。ペンを持つ手が震え、涙が止めどなく溢れ出た。
(こんなはずじゃ、なかったのに…)
彼女は、何度も何度も、そう思った。
増井を助けたい、黒田と飯島の陰謀を阻止したい。そんな正義感から行動したはずだった。しかし、現実はあまりにも残酷だった。
(もう、何もかも終わりにしよう…)
森本は、深くため息をつき、退職届を封筒に入れた。
一方、飯島は、オフィスで満足そうに微笑んでいた。
「これで、邪魔者は消えたわ!」
彼女は、冷酷な表情でそう呟いた。そして、次の手を打とうとしていた。それは、増井の父親の横領疑惑を再び社内に広めることだった。
「増井博之、お前も父親と同じ道を辿るのかしらね。」
飯島は、悪魔のような笑みを浮かべながらそう呟いた。
彼女は、社内のゴシップ好きの社員に、匿名で増井の父親の横領疑惑に関する情報を流した。
「聞いた? 増井の父親って、実は横領で会社をクビになったらしいよ。」
「マジ? じゃあ、増井も、怪しいんじゃないか…?」
「親子そろって不正をするなんて、最低だな。」
そんな噂はあっという間に、社内に広がっていった。
増井チームの鈴木彩音も、その噂を耳にした。
「増井さんの、父親が…? そして増井さん自身も…?」

鈴木は、信じられない思いでその噂を聞いた。彼女は、増井の誠実な人柄を信じていた。
しかし、飯島の策略によって増井への疑念の種は、静かに、しかし確実に鈴木の心の中に植え付けられていった。