
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
増井は、本条から松永の関与の可能性について聞かされた後、激しい怒りと憎しみに駆られていた。父親を陥れた張本人である松永が黒田と手を組み、再び自分たちに牙をむこうとしている。その事実に、彼は激しい憤りを感じていた。
「許せない、絶対に許せない。」
増井は、オフィスで、拳を握りしめながらそう呟いた。
しかし、怒りの炎が燃え盛る一方で、その心には拭いきれない疑念が広がっていた。
(松永は、なぜ父を裏切ったのか。何か、そこにどうしようもない理由があったんじゃないのか?)
増井は、松永の裏切りについてどうしても納得がいかなかった。松永は父を心から尊敬し、慕っていたはずだ。そんな彼が、なぜ父を陥れるような真似をしたのか。
(それに、黒田は一体何を企んでいるんだ? 単に、俺のプロジェクトを潰したいだけなのか? それとも、もっと深い別の目的があるのか)
増井の頭の中は、疑問と不安でいっぱいになっていた。
そんな時、鈴木彩音が増井のデスクに近づいてきた。
「増井さん、ちょっと良いですか?」
鈴木は、何かを言いたげな様子で、増井を見つめていた。
「どうしたんだ? 鈴木」
増井は、鈴木の異変に気づき心配そうに尋ねた。鈴木は、少しの間迷っている様子だったが、意を決したように口を開いた。
「あの、最近、社内で、増井さんの父親に関する噂が流れているんです。」
鈴木は、言葉を詰まらせながら、そう言った。
「噂?」
増井は、鈴木の言葉に、嫌な予感がした。
「そう、増井さんの父親が横領で会社をクビになった、とか。」
鈴木は、目を伏せながらそう言った。
増井は、鈴木の言葉を聞いて、大きく息を吸った。飯島の策略がついに現実のものとなり始めていた。
「鈴木、その件については、確かに当時、会社で父に横領の疑惑がかかったのは事実だ。でも、俺は父を信じている。父は決してそんなことをする人じゃない。」
増井は、静かに、しかしはっきりとそう言った。
「それに、父を陥れた松永という男がいるんだ。」
増井は、松永の存在について鈴木に包み隠さず話した。父を裏切った男への憎しみと、真実を明らかにしたいという強い意志が、彼の言葉に込められていた。
鈴木は、増井の話を聞いて静かに頷いた。
「そうだったんですね。増井さん…」
彼女は、増井の言葉を信じようとしていた。しかし、心の奥底では疑念が拭いきれないでいた。
(本当に、増井さんの父親は無実なの? そして、増井さん自身が不正をしているという噂は…)
鈴木は、その疑念を、増井にぶつけることはできなかった。
その日の夕方、増井と有田は、人事部から森本が退職したことを告げられた。
「森本が、退職…?」
増井は、信じられない思いで人事部の担当者を見つめた。
「ええ、一身上の都合ということですが…」
担当者は、事務的な口調でそう答えた。
「森本、一体何が…」
増井は混乱していた。有田は、増井の肩に手を置き静かに言った。
「増井さん、きっと森本さんには何か事情があったのよ…」
有田は、森本が飯島から増井たちのプロジェクトを妨害するよう命じられていたことを知っていた。しかし彼女は、そのことを増井に話すことはできなかった。
(森本さん、あなたも飯島さんの犠牲者なのね…)
有田は、心の中でそう呟いた。
増井は、森本の退職の知らせに大きなショックを受けた。そして、飯島の策略によって会社を辞めさせられたのではないかと疑いを強めた。
(飯島…!)
増井は、心の中で飯島への憎しみをさらに強くした。そして、必ず黒田と飯島の悪事を暴き、父親の無念を晴らし、森本の無念も晴らすと心に誓った。