
これは、スター社員でもなんでもない、普通のサラリーマンの身の上に起きた出来事。ひとりのビジネスパーソンの「人生を変えた」社内起業という奇跡の物語だ。
増井は、森本の退職後ますます仕事に打ち込むようになった。開発チームのメンバーたちは、彼の鬼気迫る様子に圧倒されながらも彼の強い意志に共感し、プロジェクト成功に向けて一丸となって努力を続けた。
「五十嵐さん、新型アクチュエーターの試作品はいつ頃出来上がるでしょうか?」
増井は、クロスロード・テクノロジーのオフィスで五十嵐に尋ねた。
「順調に進んでいます。来週には最初の試作品が完成する予定です。」
五十嵐は、自信に満ちた表情で答えた。
「それは楽しみです! 松田教授のアクチュエーター技術と五十嵐さんのセンサー技術が融合すれば、きっと素晴らしいものができるはずです!」
増井は、期待に胸を膨らませた。
「私もそう思います。このプロジェクトが成功することを心から願っています。」
五十嵐もまた、プロジェクト成功への強い思いを抱いていた。
増井は、クロスロード・テクノロジーのオフィスを後にする際、ふと、窓の外に目をやった。ビルの谷間に広がる空はどんよりと曇り、冷たい風が吹き荒れていた。
増井は、自身の胸騒ぎを振り払うように首を振った。
(何か、嫌な予感がする)
その夜、増井はいつものように母親の入居する「ひだまりの里」を訪れた。
「お母さん、こんばんは」
増井は、ベッドに横たわる母親に優しく声をかけた。しかし、彼の母親は反応を示さなかった。
「お母さん…?」
増井は不安な気持ちで母親の額に手を当てた。彼女の額はひどく熱かった。
「お母さん! 大丈夫ですか!?」
増井は、慌ててナースコールを押したが、うまく動かない。急いで病室を出ると、全力疾走で看護師を呼びに行った。駆けつけた看護師がすぐに医師を呼び、医師の診察の結果、増井の母親は肺炎を患っていることが判明した。

「肺炎?」
増井は、医師の説明に言葉を失った。
「ええ、高齢者の場合、肺炎は命に関わることもあります。すぐに入院して治療を受ける必要があります」
医師は深刻な表情でそう言った。
増井はその晩、母親の入院手続きを済ませると病院の待合室で一人、不安な夜を過ごした。
(お母さん、どうか無事で…)
彼は、心の中でそう祈り続けた。
一方、その頃。飯島はオフィスで黒田と電話で話していた。
「黒田さん、計画は順調に進んでいます。増井の母親は肺炎で入院しました。これで彼はしばらくの間プロジェクトに集中できなくなるでしょう」
飯島は、冷酷な表情でそう報告した。二人の会話は、増井の知らないところで彼の運命を大きく左右しようとしていた。